17 顛末
捕らえた者と、捕らえられた者。
サルヴェニア子爵邸の子爵執務室の中、床に押さえつけられたサイラスと、それを見下ろすように立つガイアスは向き合っていた。
「腹いせ。腹いせ、ね。言い得て妙なことだ」
「サイラス」
「私はね、ガイアス卿。別に、サーシャだけじゃない。この土地も何もかも、全部嫌いだったんだよ」
知性を感じさせるその表情に、ガイアスはため息をつく。
サーシャをこの場に連れてこなくて、本当によかった。
ガイアスは、今まで全力で走り続けてきた妻に、これ以上、余計なものを背負わせたくはなかった。
「あの子ごと、こんな子爵領、つぶれてしまえばよかったんだ」
「……子爵領に関しては、その気持ちも分からないではないが」
「あの子が潰れたところで、適当に引き揚げるつもりだったんだ。何しろ、九歳の女の子だぞ? 統治なんかできると思うものか」
「……」
「なのに、あの子が想像以上に頑張ってしまった。子爵領は、つぶれるどころか、若干持ち直していた。天賦の才だよ、あれは。私にとっても想定外だった」
話すべきではないと思うのに、言葉が口から次々とあふれ出てくる。
サイラスは、自分のことながら相当我慢し、溜め込んでいたのだと、失笑した。
「だから、あの子が長く苦しむことは、私の本意ではなかった。……とはいえもちろん、天才のあの子が苦しんでいる姿を見て、胸が空くような思いもあったさ。父と兄が望んで選んだこの土地が、彼らの大切な嫡子であるサーシャを苦しめている。そう思うと、馬鹿な奴らだと、笑いが止まらなかったね」
「なるほどな」
「私が阿呆のフリをしていることにも気が付かないまま、勝手に早死にした、馬鹿な奴らだ」
「――それは違うぞ」
は、と動きを止めたサイラスに、ガイアスは肩をすくめる。
「現宰相閣下に聞いたよ。彼は、あんたの本質を見抜いた上で、歴代サルヴェニア子爵の二人に聞いたらしい――何故、あんたが、能力を隠しているのかってな」
「はっ、な、何を……」
「宰相閣下だけじゃない。あんたの親父も兄貴も、あんたが能力を低く見せていることに気が付いていた」
「そんな馬鹿な! 父も兄も、何も言わなかった! そんなことは、一言も……」
「あんたの親父と兄貴は、あんたのことを理解した上で、申し訳なく思っていたそうだ。だけど、この子爵領を捨てることができないと。……これ、二人があんたのために貯めてた金だろ。あんたの作った口座を探す時に一緒に出てきたよ」
ガイアスは、もう一枚の架空の口座の証書を見せる。
随分な大金がそこには記帳されていた。
口座の名義人は、サイ=ラス。
「あんた達家族は本当に、色んな口座を作るのが好きだよな」
「何だ、これは……」
「あんたさ、何でもっと早くに、この土地を出なかったんだ?」
息を呑むサイラスに、ガイアスは続ける。
「この金はおそらく、あんたが独立したいと言い出した時のために、あんたの父と兄が貯めていたものだ。宰相閣下にも、『この土地に縛りつけられた幼少期を過ごさせて、申し訳なかった』と言っていたらしいからな。……でも、あんたはこの土地から出ていかなかった。父と兄の側で、自堕落に過ごす方を選んだんだ」
「わ、私は……」
「あんた本当は、親父と兄貴のこと、結構気に入ってたんだろう」
「違う!!」
(違う。そんなはずがない! 私は、父さんと兄さんを、憎んで……)
憎んで、その生き方が許せなくて、手本を見せていた。
見せしめのように、自堕落な自分を見せて、思い直すべきだと、暗に訴えていた。
白い顔をしているサイラスに、ガイアスは息を吐く。
「まあいい。国王陛下の勅命を預かってる」
呆然と見上げてくる男に、ガイアスは勅命書を掲げる。
「サイラス=サルヴェニア。お前は北端の修道院に九年間軟禁だ。その代わり、国への賠償額は半額に減額となる」
サイラスは絶句した。
それは、サイラスが最も嫌がる罰だった。
金なら、適当に稼げばいい。
別人に扮することなくとも、大商人にでもなればいい。金策など、サイラスにとっては些末な問題だ。
それなのに、この罰は――。
「宰相、あいつ!」
「お勤めが終わったら、その後は高跳びするなり何なり、好きにするといいさ。――連れていけ」
親の仇を見るような目で睨んでくるサイラスに、ガイアスは肩をすくめながら、部下に指示する。
二人は、それ以上会話をしなかった。それは不要なものだ。
ただ、サイラスは怒りに燃えた目で、立ち去るガイアスをずっと見ていた。
「それで、あんたはこの顛末を見て、どう思ったんだ」
廊下に出たガイアスは、視線の先、白い髪に若草色の瞳の長身の男に向かって声をかける。
サルヴェニア子爵領の家令――グレッグ=グスタール。
「残念だと思っていますよ」
「何について?」
「伝統あるサルヴェニア家を存続させることができませんでした」
「なるほどな。サーシャに対する謝意はない訳か」
穏やかに笑う家令グレッグに、ガイアスは冷たい目線を送る。
「彼女は子爵です。やるべきことをしただけですよ」
「サーシャは成人したばかりだ。九年間未成年だった彼女に、子爵業を営む義務はなかっただろう」
「それでも、やらねばならなかった。そうでなければ、サルヴェニア子爵家が存続できないからです」
「グレッグ=グスタール。何故お前は、サルヴェニア子爵家にこだわる。お前は、グスタールの一族の者だろう」
サーシャの祖父である初代サルヴェニア子爵ザックス=サルヴェニアの出自、グスタール辺境伯家。その部下である家令グレッグの姓が、グスタール。その出自は、グスタール辺境伯家で間違いないだろう。
「私は初代サルヴェニア子爵であらせられるザックス=サルヴェニア様の腹心として、この地にやってまいりました」
「腹心、ね」
「私はあの方のやろうとしたことを実現させたるために、ここにいます。そして、実現したそれが、サルヴェニアの功績であることを示すために、ここまでやってきたのです」
笑みを崩さない家令グレッグに、ガイアスは嫌そうな顔をする。
「あんたの主が、孫のサーシャの苦境を喜ぶ訳がないだろう」
「主君の能力、実績を知らしめるためには、多少の犠牲は必要です」
「多少ではなかったと思うがな」
「それでも、必要なことでした」
「違うね。あんたは、楽な道を選んだだけだ」
ピクリと軋んだその笑顔に、ガイアスは吐き捨てるように続ける。
「あんたはサイラスがサボっていることも、分かっていただろう。なのに、放っておいた。そして、言うことを聞く幼子に、全てを押し付けたんだ」
「やる気のない者に手をかける時間がなかったのですよ」
「それは嘘だな」
「今いる人材でやりくりせねばならない中での、仕方のない選択です」
「子爵代理を代えるよう、国に訴えればよかったんだ」
真っすぐに見据えるガイアスに、家令は動かない。
「サイラスが子爵代理として統治しているように見せかける必要なんてなかった。そうしたら、新しい子爵代理がやってきて、この地を治めてくれただろうさ。今回俺達がやったみたいに、子爵を返上してもよかった。そうすれば、また何代も子爵が代わるうちに、この地を伯爵領か侯爵領に昇格させる話が浮上しただろう」
「……」
「なのにあんたは、サルヴェニアの血筋以外の者が、この地の当主となることを嫌がった。そして、サイラスを奮起させることも、面倒だからと放置した。あんたは、あんたが満足するやり方の中で、一番楽な方法をとっただけだ。そうして、一番逃げ場のないサーシャを犠牲にした」
家令は、何も言わなかった。
ガイアスの言うことを、肯定もしないが、否定もしない。
「あんたは、クビだ」
「……私がいなかったら」
「引継ぎは、サーシャと各部の部長にさせる。別にあんたはこの土地に要らない」
カッと顔を赤らめたグレッグに、ガイアスは意地の悪い笑みを浮かべる。
「……先ほどの、サイラスへのやり方といい……あなたは、人を煽るのが得意なようだ」
「誉め言葉をありがとうよ」
グレッグはそのまま、子爵邸を出ていった。
ガイアスはその背中を見送ることもせず、ただ、愛しい妻に会いたいと思いながら、空を見上げた。




