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16 サイラス=サルヴェニア



 サイラスは、生まれた時から、そこそこに頭がよかった。


 何も努力せずとも、大抵のことは成し遂げられた。

 計算もできたし、物覚えもいい。


 けれどもそれは、兄もそうだった。

 そして、父にとっても、当然のことのようだった。


 だから特段、凄いことだとは思っていなかった。



 サイラスが自らの能力に気がついたのは、サイラスが九歳の頃、王都のお茶会に参加したときのことだった。


 そのお茶会は当時九歳の王太子アダムシャールのために開かれたものだ。王太子であった彼の婚約者候補と側近候補を見繕うためのものである。

 公爵令嬢、侯爵家の令息達、そして、伯爵家の令嬢達。

 錚々たる面々が集まる中、サイラスは思っていた。


(こいつら、別に大したことないな)


 様々な人と話をしてみたが、皆さして賢い訳ではない。知識、知恵、会話の中での機転が足りない。

 王太子アダムシャールですら、サイラスにとって尊敬の念を抱く存在ではなかった。


 何しろ、サイラスの兄スティーブの方が、遥かに理知的で頭の回転が速かったからだ。


 宰相の息子と話をしたときは、嫌な感じがしたので、あまり口を開かないようにしておいた。頭がいいだけじゃない。あれは、兄と同じ部類の人間だ。人が良くて、頭の良さを誰かのために使おうとしている、サイラスが嫌っている人種。


 そしてサイラスは、この時初めて、自分の家、サルヴェニア子爵家に関する評価を知ったのだ。


(もっと上を望めたのに、こんな土地のために、子爵にとどまって、苦労だけして……)


 あの優秀な父が、日々手をこまねいているのを見ながら、統治とは大変なものだと考えていたが、実際のところは違ったのだ。

 このサルヴェニア子爵領自体が、問題だったのだ。

 もっと楽をして、正当な評価を受けられる場所があったというのに、父は何故か、この地に居を定めてしまった。兄も、父を助け、この地を引き続き治めるつもりでいる。

 そこには、サイラスの手助けも、勘定に入っているようだ。


 サイラスは、嫌だった。


 サイラスは、父や兄ほど優秀ではないが、国内ではそこそこ上位に入る程度には賢いようだ。なのに、父と兄が選んだ負債のせいで、サイラスまで苦労してしまう。

 それがどうしようもなく嫌だった。



 だからそこから、できないフリをした。



(やればやるだけ、損をする。苦労をして、仕事をやらされて、栄誉も実りも少ない。そんなことに、私を巻き込むな)


 貴族学園の入学試験も、手を抜いた。下級、中級、上級、特別の四つのクラスがある中、あえて下級クラスに入るよう調整した。決して学びを疎かにしたいとは思っていなかったので、知識は自習と兄からの情報である程度学び、時には自分のクラスの授業をサボって、窓付近に隠密しながら上級生の授業を見て勉強した。

 けれども、勉強ができそうな様子は、一切外に見せなかった。

 やる気がないところは、しっかりと外に示した。


 そうして出来上がったのが、『サルヴェニアの落ちこぼれ、サイラス=サルヴェニア』である。


 昔は優秀だったのにと嘆く母には、「学園入学の手前の勉強で躓いた」「早熟だっただけなんだ」と言ってごまかしておいた。

 それを横で聞いていた父と兄は、特に何も言わず、サイラスの主張を信じた。父も兄もあれほど理知的で頭がいいというのに、末子のこととなると、何故か脳みそが鈍るらしく、サイラスのことを疑いもしなかった。二人のそういうところも、サイラスは嫌いだった。


 そうこうしているうちに、父母がそれぞれ、脳溢血(いっけつ)で亡くなった。あの子爵領を管理し、睡眠時間を削った結果、無理がたたったらしい。

 泣いている喪主の兄を横目で見ながら、サイラスは呆然としていた。その後、さらに気持ちを固めた。


(私は絶対に、あんなふうにはなりたくない)


 その後、兄がサルヴェニア子爵となり、婚姻し、姪のサーシャが生まれた。

 この頃には、サイラスも子爵家の三女を妻として娶っていた。


 サイラスは兄スティーブの手伝いをしていたけれども、必要以上に仕事を任されないように、絶妙に官僚がいらだつであろうポイントで混ぜ返すなど、仕事ができないフリに注力した。

 全ては、このふざけた子爵領から、自分の身を護るためのことだ。

 兄は子爵領の立て直しを図るべく、馬車馬のように働いているけれども、サイラスはそんな風に生活を犠牲にして生きるのは嫌だった。


 こうして、できないフリが板についてきたころ、なんと兄夫妻が事故で亡くなってしまった。


 サイラスは愕然とした。そして、焦った。

 このゴミ溜めのような子爵領に残ったのは、自分の家族と、九歳の姪サーシャのみ。


(どうする? 逃げるか……? 別に、この地に興味はない)


 サイラスは子爵の弟という地位に、さほど執着していなかった。


 どこへ行こうとも、食い扶持を稼ぐだけの頭脳はあると、自負してもいた。

 家族を養う程度であれば、適当に稼げば何とかなるだろう。


 しかし、それとは別に、苛立ちがあった。


 ――何故、サイラスがこんな風に、居を移動するような羽目になるのだ。


(全部、父さんと兄さんのせいだ。全部、全部が……)


 父と兄が、例えば普通の伯爵であったならば、二人が亡き後、弟のサイラスが余裕で伯爵代理を引き継ぎ、人としての生活を維持しながら、サーシャを子供らしく育てることもできたであろう。

 こんなふうに、人生を揺るがすような選択をしなくともよかった。


 なのに、あいつらのせいで。


「サイラス叔父さん。この場所に、宿を作ったらどうかな。多分みんな、便利だと思う」


 心が真っ黒に染まったサイラスの傍で、目の前の地図を見ながら、サーシャがポツリと呟いた。


 それは、サルヴェニア子爵領内を示した地図だ。

 それを見ただけで、サーシャは何の気なしに、面白い提案をしてきた。


 そのとき、サイラスは思ったのだ。


(サーシャ……この姪がいれば、私はまた、自堕落な私でいられる。子爵の弟ではなく、今度は、子爵の叔父として……)




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