13 国王の悩み
国王アダムシャールは、頭を抱えていた。
宰相に指示した調査の結果、この九年間、サルヴェニア子爵領を治めていたのが、子どもであるサーシャ=サルヴェニアだと明らかになったときは、めまいがした。
(大の大人が寄ってたかって子どもに頼るとは、あの子爵領は一体何をしているのだ!)
子爵として最も幼かった時期のサーシャ=サルヴェニアは、九歳だったはず。
九歳の少女に、統治の最終決定権を委ねるなど、本当に意味が分からない。
国王たる自分の子ども達――王子や王女であれば、幼くとも名ばかりの事業の主体となり、国に王族が気にかけた事業だと知らしめることもあるが、それはあくまでも名義貸しのようなものであり、実際には要所要所で顔を出す程度で、事業自体の構築や運営に関わるものではない。
あるいはそこまで、サルヴェニアの血筋が優秀だったということなのだろうか。
(……王妃にするには後ろ盾は足りないが、王族に取り入れておくのは、悪くない)
無事に見つかったのであれば、場合によっては、第二王子か第三王子と婚約を結ばせてもいいかもしれない。
そういった下心も含め、捜索に本腰を入れたところで、まさかのガードナー辺境伯からの申立てである。
見つかったサーシャ=サルヴェニアは、なんと、ガードナー辺境伯の嫡男ガイアス=ガードナーと既に結婚しているというのだ。
(読んでいたか。ガードナー辺境伯め、やってくれたな)
これで、国王アダムシャールに、サーシャ=サルヴェニアによる子爵返上の申し出を認めないという選択肢が無くなった。
何故ならば、仮に国王が子爵返上を認めず、サーシャとウィリアムの婚約を有効とした場合、ガードナー辺境伯家は王命の婚約を無視し、横取りする形でサーシャを嫁に迎えたことになる。王命に反した貴族という立場に追い込まれるのだ。
これによってできた王家とガードナー辺境伯家の溝は、今後百年は埋まらないことだろう。
それだけではない。
ガードナー辺境伯家は、サーシャ=サルヴェニアによる子爵返上が認められることを前提に、新たな提案までしている。
サルヴェニア子爵領を、二階級上の、侯爵領に引き上げろというのだ。
この引き上げに関しては、東部辺境伯一同、北部辺境伯一同は既に賛同済みで、賛同する貴族は増加する一方。侯爵の人選も悪くない。そして何より、新設の侯爵家の後ろ盾として、南部辺境伯であるガードナー辺境伯がつく。
要するに、ガードナー辺境伯の申し出を認めれば全てが上手く収まり、認めなければ多くの貴族が王家と対立する構図ができあがっている。
「優秀すぎる部下が動くというのは、怖いものだ」
「さようでございますか」
「いや、お前もそう思うだろう? ここまでお膳立てされて、私の一存でこの提案を蹴ったらどうなる? これだけの根回しができるガードナー辺境伯家を敵に回し、その協力者の貴族達とも対立し、手元に残るのは田舎のウェルニクス伯爵家か? 笑えない冗談だ」
「そうですね」
失笑する国王アダムシャールに、宰相は肩をすくめる。
「しかも、今回の提案、イーサンが直々に持ってきた」
「第二王子殿下が、ですか」
「そうだ。イーサンは、ガードナー辺境伯の嫡男ガイアス=ガードナーとは、貴族学園時代にクラスメイトだったらしくてな。『ガードナー辺境伯から面白い話が上がってきているので、ガイアスの結婚祝いに、是非認めてやってくれませんか』だとさ」
「それはまた……次期辺境伯も、やりますね」
「そうだろう? 南部辺境伯領は、今後も安泰のようだ」
第二王子であるイーサンを使いっぱしりにするその胆力。当のイーサンに、『愉快な奴なんですよ。彼には恩を売っておいて損はないと思います』と言わせる人物像。
統治者として逸材なのであろうサーシャ=サルヴェニアを篭絡した男は、どうやらサーシャに負けず劣らず優秀な人物らしい。
「とはいえ、世界には優秀な人材だけが溢れている訳ではないからな」
「ウェルニクス伯爵家ですか」
「お前が心を読んでくるのがもはや心地良いよ」
「おや、五年前までは『気持ち悪いからやめろ』とおっしゃっていましたのに」
「今回の件、心を読んでくれない部下に相当振り回されたからな」
「読んだ上で振り回してくる者もいるようですけれどね」
「ガードナー辺境伯家みたいにな」
「……」
「どうした」
「いえ。先に、ウェルニクス伯爵家のことを決めましょう」
宰相の様子に、国王アダムシャールは首をかしげながらも、ウェルニクス伯爵家の処遇について、思いを馳せる。
落としどころとして、どこが妥当なのか。
「全く、出来の悪い部下程可愛いというが、私はちっともそうは思わん」
「さようでございますか」
「うむ。奴らが与えてくるストレスで禿げ上がりそうだからな」
王冠を外し、艶々と輝く頭頂部を見せた国王アダムシャールに、宰相は何も言わなかった。
国王アダムシャールが、物言いたげに宰相を見たけれども、宰相はそれとなく目を逸らした。
彼は賢い男なのである。




