10.来るべき時のために
「カブトさん! チャチャさん! 行きますよ!」
「ワン!」
カブトさんに跨ったシェリーが勇ましく進めば、その後を紙袋を咥えた茶々が続く。ここ数日で見慣れた夕食後の光景に思わず頬が緩むのを止められない。カブトさんもシェリーの指示に素直に従い、カブトムシとは思えない知能の高さの片鱗を見せている。
「今夜も宜しくね。茶々もちゃんとサポートするのよ?」
「まかせてください!」
「ワンッ!」
初美がシェリーと茶々を送り出せば、元気な返事が返ってくる。シェリーはカブトさんが背中に乗せてくれるようになったのがとても嬉しかったらしい。聞けば元の世界でも馬には乗っていたらしいが、魔獣に乗るということは乗馬とは全く違う意味があるらしい。
『魔獣に乗るということは、その魔獣を力で従えるか心を通わせるかしないとできません。ですが私は斥候なので魔獣を屈服させることもできませんし、従魔師でもないので魔獣の心もわかりません。でもカブトさんは私の思いに応えてくれてる、それがとても嬉しいんです』
そう話すシェリーの顔は夢を語る子供のように輝いていた。そんな彼女にとっては今の姿は憧れていた夢を一つ叶えたと言ってもいいだろう。だがそれは彼女がいた世界とは遠く離れた日本という国の、過疎化の進む田舎の農村で叶った夢、もしシェリーが元の世界に戻るとなれば、簡単に弾けて消える水の泡のような夢。
きっとシェリーもそのことを理解している。だからこそ今この時を楽しもうとしているのかもしれない。いつか訪れるであろう別離の時が来るまで、眩いばかりの夢が醒めることのないように……
もしその時が来たら、俺は彼女に何をしてやれるだろうか。彼女が辛くないようにしてやれるだろうか。田舎の駆け出し農家でしかない俺に何が出来るだろうか。シェリー達を見送りながらそう考えるが、全く答えが出ることはなかった。
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シェリーちゃんが見回りから戻ってきて眠りについた頃、アタシの大事な大事な仕事が始まる。パソコンのモニターに表示されてるのはペンタブで描き込んだラフ図。所々に自分の字で注釈が入ってるけど、それは完成図じゃない。
「袖の仕上げはこんな感じでいいかな? 素材は裏地をメッシュにしたほうが……いや、実戦重視だとすればこれじゃ脆いわね。ケプラー繊維でも混ぜて使おうかな。チタン使うって手もアリか……繊維を挟み込んで強度がきちんと出るかな? ちょっと問い合わせしてみようか」
メールを送ってみれば、即座に返事がきた。今作ってるのはシェリーちゃんの防具。シェリーちゃんは斥候だから、重装備で身軽さが失われたら意味がない。身軽さを極力殺さないようにしながらも、強度を持たせる。でも強度を重視すると必然的に重くなる。相反するものをどれだけ組み合わせられるかがアタシの課題。そして返ってきたメールはその解決策がいくつか書いてあった。
「セラミック……確かに軽いし熱にも強いけど、衝撃で割れるからなぁ……アルミ合金……はちょっと強度がね。全身鎧作る訳じゃないし。やっぱりチタンがいいのかな……」
アタシが問い合わせしたのは素材の強度とか重さについて。書いてあったのはアタシが調べたことと大差ない内容だった。少々がっかりしながらも、メールをさらにスクロールさせると、そこにはアタシが求めていた助言があった。アタシがやろうとしていることを見越したかのような、ピンポイントな助言が。
「えっと、なになに?……チタンで挟むのはわかってるんだけど……そっか、カーボンか。確かにカーボンなら軽いし柔軟性も確保できるし、チタンプレートを胸当てみたいにして布部分はケプラーとカーボンの混紡、それから耐火繊維でも混ぜて作れば動きも阻害しないはず。うん、これでいこう!」
材料が決まればプランもおのずと決まってくる。どんな形にすればシェリーちゃんの動きを阻害しないか、シェリーちゃんは魔法と剣術の合わせ技だけど、斥候としての敏捷性を損なわないようにするにはどうしたらいいか。フィギュア製作だと多少不自然な衣装でも全然気にしないけど、実際に使うとなれば実用性が最優先される。
「肘当てはこんな感じで、シェリーちゃんは右利きだから右肩の肩当は小さ目にして、手袋は長めにして……それからブーツはソールを何にしようかな? そうだ、アザラシの皮なんかどうかな? 鮫や蜥蜴の皮もあるし」
シェリーちゃんの最近の剣技は瞬発力がキモ、だとすればブーツはソールのグリップ力重視だよね。アザラシの皮はビリヤードのキューにも使われてる素材だからグリップ力は問題ないはず。自分の仕事を終えて疲れているはずなのに、こうしてシェリーちゃんの服を考える時間はとても楽しい。疲れなんてどっかに飛んでいくみたい。
どうして急にシェリーちゃんの装備防具を作ろうとしてるか。それは当然シェリーちゃんのため。元の世界に戻った後の彼女の平穏のため。そのためにアタシができること。
シェリーちゃんはいずれその時が来れば自分の世界に帰る。その後のことはアタシたちがどう頑張っても把握なんてできない。無事かどうかすら確認することもできないんだ。不安な気持ちを拭い去れずに、きっと大丈夫だなんて中身の伴っていない気休めを繰り返し続けるなんてきっと耐えられない。
なら出来るだけ生き残る確率を上げようと思うのはおかしくないよね? 強い武器と強固な防具、そしてこの世界で覚えた知識による戦略と技、それらがあれば生きていけるよね?
アタシにはお兄ちゃんみたいな包容力、というか不安な心を穏やかにするような雰囲気は出せない。でもそれでいい、アタシはアタシ、お兄ちゃんじゃない。アタシの出来ることでシェリーちゃんの力になる。いつか来る別れの時に、彼女を笑顔で見送れるように、今出来るすべてのことをやっておくつもり。
だってもうシェリーちゃんとアタシたちは家族なんだから。仮初とはいえ、家族の無事を願うことには世界が違っても変わらないはずだから……そのためにじゃ三日完徹くらいなんともないわ!
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