3.ミッション
「綺麗です! これって『てれび』で見た『けーき』ってお菓子ですよね!」
「そうよ? いつも頑張ってくれてるシェリーちゃんにはこのケーキを優先的に食べられる権利がありまーす」
「ほ、本当に……いいんですか?」
「もちろん! そのために夕食少な目にしてもらったんだから!」
夕食後、座卓の上に並べられた四つのケーキを前に、瞳を輝かせているシェリーは右に左にとあらゆる角度から眺めている。時には近づいて匂いを嗅いだり指で突いたりしている。自分の身長と同じくらいのケーキに圧倒されることなく選んでいるのは、やはりスイーツの魅力が勝っているおかげか。時折こちらをちらちらと見てくるので、小さく頷いてやればその顔が笑顔に変わる。
「じゃ、じゃあこの白いのがいいです! 上に乗ってるのはイチゴですよね!」
「シェリーちゃんはイチゴショートね。アタシはモンブランにするけどお兄ちゃんは?」
「……残ったのでいい」
「ソウイチさん? どうかしたんですか?」
「いい加減に不貞腐れるのやめてよ、三十路男のそんな姿見ても誰も萌えないから」
ぬけぬけとそんなことをほざく初美。シェリーに心配かけさせたのは不本意だが、初美の言葉は認めるわけにはいかない。このケーキを手に入れるためにどれだけの困難を乗り越えたと思ってるんだ。
まず第一関門は店に入るところからだった。少々、というよりかなり埃に塗れた中古の軽自動車で乗り付けた三十路男が入るにはあまりにも難易度の高いお洒落な外観、そして客のほとんどは女性。俺の頭の中にあるケーキ屋という概念と大きく乖離した佇まいは一歩踏み出すだけで一日労働したくらいの消耗があったと思う。
「いらっしゃいませ」
店に入れば、年のころは十代半ばくらいのアルバイトの女の子が笑顔で出迎えてくれる。片や田舎者丸出しの三十路男、店員と客という今の状況だからかろうじて体裁が整っているが、これがもし街角でのワンシーンだったなら即通報ものだろう。しかし店に入ったならこちらのもの、あとは選んで購入するだけだ。代金を支払い、商品を受け取り、家族の為に買ったんだという感じを出しながら店を出ればミッションコンプリート、そのはずだった。
だが、最大の罠が店内に待っていた。
『雪ウサギさんの戯れるふわふわストロベリーショート』
『小人の木こりさんが住む栗のおうちのモンブラン』
『妖精さんたちが持ち寄った四種のベリーのタルト』
『漆黒の闇の王による呪われたビターチョコケーキ』
何なんだ、これは。俺が選んだケーキにはそう書かれた札がついている。まさかこれを口頭で伝えろとでもいうのか。三十路男が若い女の子に「雪ウサギさんの戯れるふわふわストロベリーショートください。あ、それと小人の木こりさんが……」と言わなきゃならないのか。どうしてこんな名前をつけるんだ、見れば中で作ってるパティシエはどう見ても俺より年上のおっさんじゃないか。どの顔でこんな名前をつけた。顔とネーミングセンスが乖離しすぎだろ。それとチョコケーキだけ何でそんなにおどろおどろしい名前なんだ。
「お決まりになりましたか?」
まずい、店員が痺れを切らした。俺を見る目が若干不審者を見るような目に変わってきたような気がする。早く買って帰りたいが、それにはこのケーキの名前を言わなきゃいけない。どうする? どうする俺?
「それで結局その名前を言って買ってきたの?」
「ああ、そうしなきゃ買えないだろ。かなり恥ずかしかったけど、シェリーが喜んでくれたならいいか」
初美と話しながら座卓の上に目をやれば、うれしそうにはしゃぐシェリーの姿がある。以前聞いた話によると、柔らかいスポンジケーキや生クリームのようなものは彼女の世界には無いらしい。世界中を探せばあるかもしれないが、少なくともシェリーのいた国ではそれらしいものが無かったと言っていた。
「この白いのはとても甘いですね! 黄色いパンはふわふわで上質の綿みたいです! 白いので出来たお花も食べていいんですか?」
「ワンワン!」
「チャチャさんも食べましょう! 少し分けてあげますから!」
フォークを槍か薙刀でも扱うかのようにフォークを使って切り分けると、茶々の口元に持っていけば茶々も嬉しそうに食べて尻尾を振っている。最近は茶々とのコミュニケーションも良好になり、茶々の背中に乗せてもらい座卓に乗るということも出来るようになっている。行ける場所が増えることで彼女のストレス解消にもなっているようだ。
「お前もこの光景が見たくて頼んだんだろ?」
「アタシが食べたかったってのもあるけどね。東京で働いてた時は仕事終わりだと店開いてないし、休日はずっと寝てたしね。コンビニスイーツもいいけど、ちょっと味気ないじゃない」
「あれはもう勘弁してくれ。恥ずかしくて死にそうだった。お前も免許あるんだから自分で運転すればいいだろ」
「アタシ取ってから全然運転してないから完全ペーパーよ?」
そう言われてはこちらも運転しろと強制することはできない。万が一にも事故を起こしたとして、都会なら誰かに通報されることもあるだろうが、こんな田舎で自損事故でもしようものなら発見されるまでかなりの時間がかかる。初美に運転させるなら練習させてからにしよう。
「それからさ、恥ずかしい名前だったら全部言わなけりゃいいじゃない。イチゴショートとかモンブランなんて普通は一つの店に一種類しかないでしょ」
「あ……」
真剣な顔で初美にそう言われ、確かにそうだと納得した瞬間にどっと疲れが押し寄せてきた。今日は早く寝よう。
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