第35話
■side:とある商人
「やっと到着したな」
思わず口から漏れ出た言葉。
王都近くの街からここまで結構な道のりだった。
本来予定になかったはずの寄り道。
「じゃあ俺達は先に宿屋で休んでますんで」
護衛として雇っている冒険者達は、そう言って歩いていく。
ここはマイバーン辺境伯様の領地であり国としては内陸の国境だ。
本来なら例え大きな地方都市とは言えど、内陸であるほどありふれた街にとなる。
しかしここにはダンジョンという資源があり、隣国と接している関係で適度な緊張感がある。
そのためか地方都市の中でもかなり活気がある街だ。
何より最近、モンスターの大襲撃を最小限の被害で抑えたという話があり、噂になっていた。
「それにしても凄いな」
まあそんな前置きはこれぐらいにして。
街の中央で建設させれている巨大な建物を眺めながら考える。
私がここまで来た理由は単純だ。
最近、我が国に少しづつ見たことも無い品、便利な品などが流れてくるようになった。
それを辿っていけばこの街に行きつく。
話によれば、この街で売っているそうな。
半信半疑ではあったものの、王都で見た素晴らしいガラス細工の置物に、簡単に火を付けることが出来るもの。
長期保存が出来て非常に美味な保存食など、見たことも無いものだらけだった。
既に店は息子に任せているとはいえ、行商として気ままに商売を続けている私ですら興味が湧いて立ち寄ることにした。
商人ギルドに立ち寄って例の店の場所を確認すると、さっそく行ってみることにする。
案内された店は入口に巨大な石造が立っている目立つ店だった。
しかも石造には見ただけで立派だとわかる装備が着せられており『触るな、危険』と書かれていた。
長年商売をやっていると、何かしらの防犯装置があるのだろうと察せられる。
まあ何よりこんな人通りが多く、店の中も賑わっている場所で盗もうとする馬鹿など居ないだろう。
そんなことを考えながら店内へと入る。
「ほぉぉ……!」
店内は比較的低めの台を利用した見通しの良い内装で、種類ごとに分類されていた。
特に冒険者向けの物などは、その大きさから壁際に配置されている。
何より見たことが無いものばかりで、商人としての好奇心を刺激された。
「……なるほど、考えたものだ」
見たこともない商品ばかりでそれが何かわからない。
そう思っていたが、商品の横にちょっとした説明書きが書かれたものが張り付けてある。
しかも簡単なものは絵で使い方を表現してあった。
これだと文字が読めない者も使い方で困ることはないだろう。
「ん? これは?」
よく見ると「お試し品」と書かれたものが置いてある。
何なのかと思って見ていると、隣の冒険者が同じくそう書いてある商品を手にして、勝手に使っていた。
小さな箱の中にある何か赤い塗料が付いた小さな棒の赤い部分を、箱の横にあるザラザラした部分にこすり付けると簡単に火がつく。
火おこしというのは結構大変なものだ。
中には魔法や魔道具によって火を付けるものもあるが、高額だったり魔法使いが居なければダメである。
しかし目の前のものは、誰でも簡単に火がつけられるものであり、値段も手頃どころか、これだけ火をつけれる棒が入ってこの値段は破格だ。
―――いや、そんなことよりも
「ちょっとお前さん。商品を勝手に使って良いのかね?」
迷惑な客の中には、こちらに確認もせずどういうものかと勝手に使用する者もいる。
それで商品価値が下がってしまうものもあるため、使ったら購入してくれと言うと暴れたりするのだ。
なのでそういう客かと疑いながらも商人としてそういう行為をする者を許すわけにはいかない。
「ん?ああ、これはお試し品だから問題ないんだよ」
「問題ない?」
「ここの店主が『実際使ってみないとわからないだろ』って一部の商品にはこういうお試し品が置いてあって、この場で試しに使っても良いってことになってるんだよ。……まあもちろん、無茶苦茶使ったり持ち帰ったりするのはダメだけどな」
そう言いながら彼は、火が付いた棒をスグ横にある水と燃えた棒切れが大量に入ったバケツの中にそれを入れて火を消した。
「なるほどな。ではあそこで何か勝手に食べてるのが居るが、あれもお試し品とやらかね?」
「……ああ、そうだな。あれは保存食のお試し品だ。半年ほど経過したものらしくて、それでも腐ってないって証明するためのものらしい」
「半年!? そんなに持つ保存食など……」
「俺も最初は半信半疑だったが、これがホントでな。しかも携帯に便利で物凄く美味いもんだからダンジョンや遠征には必ず購入するほどさ。」
「ほう。それは凄い。」
それから少し話をしてから彼と別れて店内を見て回る。
簡単に設置できるテントというものは、軍隊が設置する布と棒で作る簡易的な家よりはるかに使い勝手の良いものだ。
お湯を入れて3分待つだけで食べられて数か月も保存が効く保存食。
鉄のような金属で出来た丸い箱の中にぎっしり入った保存食の魚など、内陸部では食べることなど出来ない代物だ。
包丁1つにしても全然切れ味が違うし、何より軽い。
ランプも魔法を使うものでもなく、蝋燭を使うものでもない。
中にガラスで出来ていると思われる丸いものがあり、電池というものをランプの底に入れておけば10日間ぐらいは付けたままに出来るらしい。
石鹸1つにしても獣臭く無く、それどころか花のような香りがする。
冒険者用の武具に関しても、王都に比べて半額ぐらいの値段だ。
しかも品質が良い。
最高級品の品質なのに、何故これだけ格安で販売できるのだ?
おっと、このチョコレートという菓子の何という甘さと深みのある味よ。
えびせん?という名前の菓子も何とも言えない風味があり、いくらでも食べられそうだ。
この菓子類だけでも王都で貴族達向けに莫大な富を稼げそうなもの。
働いているものに話かけて店主を呼び出して貰おうとしたが、今は王都に行っているらしく不在とのこと。
よくある話ではあるが、これほど残念に思ったことは実に久しぶりだ。
だがここで落ち込んでいる訳にはいかない。
これほどの品が並んでいるのだ。
大きく取引がしたいと話すと、相手の話にまた驚いてしまう。
何でも店主の決めごとで『誰であろうが馬車1台分のみ』の量しか取引をしないそうな。
思わず『そんなバカなッ!!』と叫び声をあげてしまった。
しかし『珍しい商品故に様々な人に購入して貰うための買占め防止だ』と言われてしまうと何も言えなくなる。
商売人からすれば売れる時に売ってしまえと思うが、買占めによる影響というものも同時に知っているため、相手の店主の想いもわからなくもない。
恐らく真面目で誠実な店主なのだろう。
商売人としてはどうかと思うが、どこで仕入れているのかわからないこれらの品々を仕入れている時点で、私如きが商人が何たるかを語るなんて烏滸がましい。
それよりも馬車1台というのは、わかったがサイズは?
……何!? 大きさに特に指定はない!?
では、大型の馬車を用意すればそれに満杯でも問題ないと?
ま、待っていてくれ!
とりあえず馬車を用意してくるから!
そうして自前の小型馬車を走らせて、商業ギルドに駆け込むと馬と馬車を用意出来る店を確認する。
すると受付嬢が苦笑しながらも、まるで私が駆け込んでくるのがわかっていたかのようにスグに地図を出してきて場所を教えてくれた。
何とも用意の良い仕事が出来る娘だ。
そして馬車を作っている所に行ったのだが―――
「1週間ッ!?」
「今、仕事が立て込んでてね。これでも早いほうだ」
「も、もう少し何とかならんかね?」
「いくら金を積まれても無理だ。こっちは注文が多すぎて困ってるぐらいなんだ」
「そ、そうか……」
「みんな『とにかく大きな馬車を作ってくれ』って言う注文ばかりでね。時間がかかるんだよ」
そう言われたが仕方が無い。
今使っている小型の馬車ではもったいなさ過ぎる。
ここで大型に切り替え、あの店の商品を詰め込むだけ詰め込んで王都で売れば莫大な利益となるだろう。
息子にも教えてやらねばなるまい。
1週間後ということで注文すると、次は馬屋を訪ねた。
しかしここでも予想外の展開が待っていた。
「馬が……ないッ!?」
「最近は、新しい馬が入ってもスグ売れるんですよ」
「つ、次はいつ頃に入るのだ?」
「1週間後ぐらいでしょうかね?」
「おお!それは良い!私がその馬を買いたいのだが予約できるかね!?」
「構わないですが、1頭この値段ですよ?」
「なっ!? 王都の倍はするぞッ!!」
「だから言ってるじゃないですか。入るたびにスグ売れると。この値段でも皆さん即金で購入していかれますよ?」
「ぐぬぬっ……」
大きな馬車になると今の2頭だけでも引くことが出来るが荷物を満載するとかなりの負担になるだろう。
なので4頭引きにしようと思っていたのだが……。
しかしここで無理をして馬を使い潰しては、それこそ損害が大きい。
何より道中で潰れてしまった場合を考えると、とてもではないが不利益の方が大きくなる。
「仕方あるまい。その値で構わないから2頭確保してくれ」
「まいどっ!!」
余計な出費が痛いと、ため息を吐きながら宿を取って1週間滞在することにした。
総合的には大幅な利益になることに変わりはない。
あとはあの店の何をどれだけ購入するかだ。
注文した馬車のサイズを頭の中に描きながら何をどれだけ積み込むかを考えながらベッドに横になる。
一方、商業ギルドの受付嬢は、また見かけない顔の男が駆け込んでくるのを見て苦笑しつつも見えない所で地図をそっと準備する。
最近、この街では外からやってきた商人達が皆、同じ行動を取るためにその対応をする人達からは『ああ、またか』と思われていた。
馬車を作ってる店も、元は家具職人だったが馬車が飛ぶように売れるために今では馬車職人と化している。
馬屋も過剰に仕入れてもどんどん売れるため、笑いが止まらない状態になっていた。
要するに、皆考えることは同じという訳である。
そうして今日も、街はいつも通りの平穏な一日を終えるのだった。
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