第8話 濃霧を活かさず
スパスパスパ……
アララさんが包丁で人参を切っている。彼女はまな板をめったに使わない。
今回も鍋の上で直接切り落としている。
頭のカチューシャに猫耳……にしては丸っこい耳のような飾りがついている。
何の動物のつもりだろう?
僕はゴーレムだ。先輩ゴーレムであるアララさんの料理の手伝いをしているところだ。
「アララさん、この鍋、ちょっと変じゃないですか。取っ手が鍋の内側についてますよ」
「お鍋の中の金具は、火の上で吊るすときのものなんですよー。これだと火が紐に当たらないんですよー」
「そうなんですか。てっきり、この鍋も先輩のゴーレムかと思いました」
「ビルザお嬢様の魔道具は印がついているから、ある程度は区別できますよ。ほら、あの丸い印です」
アララさんが手を紅茶ポット先輩の方に向けた。
あ、これか。紅茶ポット先輩に丸い印がついている。
ビルザ博士がよく出す魔法陣を簡略化したような形だ。
前世の産業規格のマークとか、某プロレス超人についてるマークにも似てる。
この屋敷にはゴーレムでできた調理器具と、そうでないものがある。
ゴーレムの調理器具はうるさいだけのこともあり、実際の調理はアララさんや僕がやらないといけない。
優れたアララさんは道具を使うのもうまい。
操る腕前が神業だ。
「ドベリさんにも同じものがついてますよ。ほら」
アララさんは二枚の手鏡を出して、それぞれを僕の前と後ろにかざした。
鏡に僕の後頭部が映っている。
あ、本当だ。首の後ろに丸い印がある。いつのまに? なんかヤだなぁ……
「私はこちらに」
アララさんがブレスレットをずらすと同じ印があった。
普段隠してるってことは、アララさんも気に入らないのかな。
話をしながら、アララさんは野菜の入った鍋にバターを落とした。
「ドベリさんはこちらのフライパンをお願いします。開かないものは捨ててくださいねー」
「わかりました。任せてください」
僕は食材の入ったフライパンを火にかけた。
「ところでドベリさん、新しい魔道具の案を出されてましたねー。お嬢様は何とおっしゃってましたか?」
「槍を作る道具ですね。『スカル・スピッサ』って名前で試作品を作ってもらいましたけど、まだまだ考えが足りないといわれました」
僕の案というより、まともな案が全然思い浮かばなくてごまかしたやつだ。
前世の鉛筆削り…… 携帯用のを巨大にしたものを図に描いて『槍を作る道具』と言ったんだっけ。
魔法の力で硬い木でも簡単に削れるようにした、槍を作る道具だ。
ただし、それで作った槍ではモンスターの硬い皮を貫くのは難しそうだった。
槍というより杭を作る道具だな。無用の長物を作ったかなぁ……
「ドベリさん、白木の杭を作る道具として考えれば、特定の職種の方は重宝するかもしれませんよー。以前もバンパイアに効果のある魔道具を考案したんですよねー」
「以前の燭台も今回のも、そのつもりで考えたんじゃないんだけどなぁ」
「あれでニンジンやカブを削るとサラダが楽に作れそうですー」
なるほど、尖らせたほうじゃなくて、鉋くずの方を使うのね。
「料理でも使える魔道具は他にもあるんですよー。以前、ビルザお嬢様が作った魔道具で、失敗したものを頂きました」
アララさんのブレスレットが光り、扇子とうちわが合わさったような道具が出た。
「これは『アブトウケン・ベイン』という霧を出す魔道具です。本来は敵から逃げるときに身を隠すために作ったらしいですー」
扇子じゃなくて、鞴という風を送る道具を元にしているようだ。
とがったところから霧が出せるみたいだな。
「失敗ってことは、元々の使い方がうまくいかなかったんですね」
「そうなんですー。この魔道具を使うと使用者の身体は霧に包まれます。使用者が移動すると霧もついてきますー」
敵から見ると、霧の塊が移動しているように見えるわけね。
「かえって目立ちそうですね。使った本人の視界も悪くなるし」
「敵だけを霧に包むこともできるんですが、相手に近づかないといけないので、使いどころが難しいですー」
「魔道具を使う前に逃げたほうが早そうですね」
あ、仲間を逃がして自分がしんがりになることはできるのか?
「他の機能として、とても熱くした霧を吹きかけることもできます。でも熱を防ぐ魔法などを別で使っていないとー」
「使った本人も大やけどするわけですね。なるほど、だから失敗作ですか」
ものすごく足の速い冒険者が、一撃離脱で敵に熱い霧を浴びせるってことはできるかな?
霧を吹きだしてから、敵にダメージが通るまでの時間も問題になるか。
それとも、仲間を逃がした後で敵を道ずれに自爆する?
……使いづらいから失敗作か。
くらべられないけど、僕の鉛筆削りより役立つ。
無茶すれば敵を攻撃できる分、僕とは違う。
うだうだ考えすぎるのもよくないが……
「やっぱり使いづらいですね。自分を犠牲にして、仲間を逃がすことしか思いつかないです」
「あたりを覆うぐらい霧が出せればいいんですが、何回も動かさないといけないので時間がかかりますー。それで他の用途なんですが、この熱い霧がお料理に使えるんですー。硬いパンが、とても柔らかくおいしくなりますよー」
ホットスチームですね。料理だけじゃなく、温度を抑えれば美容にも使えるかな?
まぁ、この屋敷では意味ないか。
ビルザ博士はエルフだから何もしなくてもお綺麗だし、アララさんはゴーレムだし。
そのアララさんは、霧の魔道具を持って可愛く小首をかしげている。
「あらあら、先程はこれを使えばよかったかしら……」
「? どうかしました?」
「いえ、何でもありません。ドベリさん、そちらの棚から小麦粉をとってください」
「はい。えーと、小麦粉の壺は……」
あれれ、同じ壺がいっぱいある。どれかな?
小さい壺の一つがブルンと震えた。なんだろう?
とりあえず、ふたを開けると小麦粉だった。
その壺にはさっき見た丸い印がついていた。





