第3話 糸目につけた眼鏡
カラカラカラ……
僕の前で糸車が回る。古風な木製の糸つむぎ機である僕の名前はドベリ。
木でできたウッド・ゴーレムだ。
正しくはクゥズ・ドベリっていうらしいけど、ここの屋敷の人はドベリって呼んでる。
外見は木の人形だ。デッサン用のポーズ人形のようにも見える。
関節がうまくできてて、高価なアクションフィギュアのように自然な可動ができるのだ。
ラジオ体操だってスムーズにできる。正座はちょっと厳しいが。
前世での造形物の即売会に出しても高評価を得られると思う。
自然に身体は動くが、なぜか小デブである。
それに髪の毛がなく、眼は良心回路を持つ人造人間みたいだな。
口は腹話術人形のようにカクカクと動く。
自分の今の顔は、もう少し何とかならんかね。
むろん贅沢は言えないけど、本当にできなかった?
もーちょっとハンサムにさあ……
ビルザ博士、僕の顔の造形は手抜きではないでしょうか?
ところで、僕の前に座っているのが先輩ゴーレムのアララさんだ。
アララさんは僕と違って金属製のメタルゴーレム。
銀色の頭部は、無数のスリットで髪の毛みたいに見えるよう表現されている。
ちなみにショートカットだ。
目を伏せて微笑を浮かべている。
顔も金属製で、目尻や唇の角度をわずかに変えられるらしい。
身体の方も僕より高機能だ。腕組みができて、正座もお嬢様坐りもできる。
肘とか膝の関節は僕のとは違うみたいだけど、どうなっているんだろう?
顔も含めて僕の造形と差があるような気がする。
今のアララさんの座り方……と姿はちょっと変である。
正座した足の部分が大きな銀色の蜘蛛になっている。
アラクネとかいうモンスターのゴーレム版といったところか。
この屋敷でアララさんが仕事をするとき、オプションパーツをつけていることが多い。
今回は下半身にクモ型パーツをつけているのだ。
「ドベリさん、集中力が切れてますよー。糸の太さがなるべく均等になるようにしてくださいね」
「あ、すいません」
僕は今、アララさんの指示で『糸つむぎ』をしている。
糸つむぎ機には大きな『はずみ車』がある。
これを回すと、ベルトでつながった『つむ』という棒が高速で回る。
アララさんの下半身の蜘蛛の口から糸が出ていて、『つむ』につながっている。
『つむ』の回転によって撚糸ができる。
できた撚糸を『つむ』に巻き付けて、アララさん側の糸を引っ張る。
蜘蛛の糸って口からは出ないと思うが、気にしてはいけないのだろう。
カイコの幼虫とかだったら口から糸を出すけどね。なぜか双子の小妖精を思い浮かべた。
もう一度『つむ』側の糸を引いて撚糸を作る。
回すタイミングに注意して『はずみ車』を操作。
張られた糸と『つむ』の回り方に注意を払う。
僕は糸つむぎの作業を続けながら、アララさんの方をちらりと見た。
アラクネにも見えるが、銀色のゴーレムってロボットにも見えるなぁ。
今の姿は三機合体するやつにも似てる。なんとなく、僕は窓の外に目を向けた。
雪が降っている。なぜか雪山から吹き下ろされる猛吹雪を想像してしまった。
「あらあら、よそ見しちゃだめですよー」
「あ、すいません。いてっ」
油断して、『つむ』の先が指に当たった。傷はついていない。
僕の身体は痛覚はもちろん、人間でいう五感が備わっている。
ビルザ博士によると、そういう幻覚を感じているらしい。
詳しい理屈はよくわからなかったけどね。
「アララさん、巻き終わりました」
僕は糸つむぎ機から『つむ』を外し、新しいのに付け替えた。
「よくできました。少し休憩しましょう。ドベリさん」
アララさんは蜘蛛のオプションを外して立ちあがった。
部屋の隅に行き、ミニテーブルで紅茶の用意を始める。
あざやかな手つきで紅茶を淹れる。
そういえばあの紅茶ポットも先輩ゴーレムなんだよな。
僕が紅茶を淹れようとすると、紅茶ポット先輩がうるさく指示だししてくる。
だけど、アララ先輩が淹れるとおとなしい。
紅茶ポット先輩以外でも、この屋敷の家具や食器、掃除用具などが先輩ゴーレムだったりするのだ。
「どうぞ。お茶が入りましたよ」
「ありがとうございます」
いい匂いだ。さすがアララさん。うん、おいしい紅茶です。
ところで僕には飲食機能があるが、飲み食いしたものが身体の中でどうなるかは謎だ。
この屋敷にきて、一度もトイレで用を足したことがないのだ。
僕の身体で不思議なことはまだある。僕は目が見えている。
手で顔を覆うと見えなくなるので、カメラっていうか視覚センサーのようなものは目の位置にあるようだ。
でも鏡で顔を見ても、木彫りの目なんだよなぁ。レンズはどこ?
不思議というと、アララさんは目はいつも閉じている……ように見える。
前に聞いたときは本人は「目はちゃんと開いてますよー」といってたけどね。
「ところでアララさん、ビルザ博士はいつも眼鏡してますけど、目が悪いんですか?」
「ビルザお嬢様は目はいいですよ。あの眼鏡は普通では見えない魔力などを見るものです。あれもお嬢様のご自慢の魔道具ですよー」
ほうほう。機能付きの伊達メガネですな。
「エルザお嬢様はトゥギャザーに出すための眼鏡の魔道具を作っていましたよ。失敗したとおっしゃてましたが」
「博士が『失敗』というぐらいなら、そりゃ本当にダメなものができたんですね」
「そうですねぇ……」
アララさんはアゴに指をあてて少し考えるようなしぐさをした。
「たしか、最初に作ろうとしたのは『相手の弱点がわかる眼鏡』でした。例えば皮が硬くて剣が通らないモンスターと対峙したとき、その眼鏡で見ると攻撃が通る場所が色付けされるとか」
死の線……いや、その逆か。
あきらかに攻撃が入る所がわかれば有利になる。
それに色が変わらなければ『剣が通らない』とわかるのだ。
無駄な動きを極力減らすことができることもポイントだ。
「ただ、かけるとひどく気持ち悪くなって、頭痛も起きたそうです」
生活の場で使うと余計なものが見えすぎるのかな。
普通の人間の場合、どこを刺しても死ぬからなぁ。
「なら、戦闘時以外は眼鏡を外しておくしかないですね」
「そうですねー。でも、いざ戦うときに普段かけてない眼鏡をかけるのも危険ですよ。いきなり見え方が変わりますし、戦闘中に頭痛がおきるとどうなります?」
「運が悪ければ、マズいタイミングで隙ができそうですね」
「ほかに問題になったのは、眼鏡をかけても弱点が見えない場合があることです。目視できる範囲に剣が通る場所がなければ、意味はないですねー」
「……絶対剣が通らない、と判定できるのも少しだけプラス要素ですかね。頭痛リスクとの兼ね合いが問題ですが」
「そこで、ビルザお嬢様は効果を抑えた眼鏡も作ったんですよ。ただ、効果を抑えた方も戦闘には使いづらいことがわかってトゥギャザーへの出品は見送られました。相手の弱点といいますか、相手が気にしている箇所がわかる眼鏡を作ったのですー」
「なるほど、敵が怪我を隠しているとか、大事なものを懐にしまってた場合は便利ですね。そこを狙えば弱点になる」
「お嬢様もそのつもりで作ったらしいですねー。ただ、少し勘違いがありました。むしろ相手が得意に思っている部分も表示されたんです。相手が『鎧のこの箇所はどんな攻撃を受けても絶対大丈夫』と思っているとかですねー。見えるものが長所なのか短所なのかがわからないので、失敗作になりました」
「あ、そうか。相手がわざと隙を見せた場合も『気になる場所』として表示されるかも」
「その改良型の眼鏡も廃棄なさろうとしていたのですが、せっかくなのでお嬢様から私がいただいたのですー」
アララさんは左手首につけたブレスレットを操作した。
ブレスレットに魔法陣のような模様がでて、アララさんの手に赤い眼鏡が出現した。
いいなぁ。眼鏡はともかく、僕はそのブレスレット欲しい。
「この眼鏡は『スミゲラ・ビーレ』といいます。戦いとは別の使い方もあるのですよ。この眼鏡をかけるとお客様のお召し物をほめるときに便利なんですー」
「なるほど。相手がほめてほしいところがわかるんですね」
ゴマすりの道具には便利かも。そういえば前世の友人で、彼女に振られたやつがいたな。
彼女の髪型やアクセサリーが少し変わっても、それをほめなかったのが原因とか。気づけよ。
何げにアララさんは眼鏡をかけた。よく似合ってる。
美人って、眼鏡姿もきれいだね。糸目だけど。
閉じたような目は、まつ毛まで綺麗に再現されてる。
スマートな体でうらやましい。僕はチビデブなのに。
2~3割ぐらい、僕の容姿もなんとかしてほしい。
あれ? アララさんはこちらを見たと思ったら、すぐに顔をそむけた。
「あらあら…… ぷ、くすくす……」
何? なんで笑っているの? 何が見えたの?
ちなみにアララさんは頭部も顔も銀色です。長袖で暖かそうな服を着ています。





