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第2話 玉石ともに転がる

 僕はゴーレム。木でできた人型のウッドゴーレムだ。

ゴーレムなのに暑さや寒さを感じる機能があるらしい。

この屋敷の中は快適な温度で保たれている。


 僕をつくったビルザ博士は、耳がとがっていてファンタジーの世界のいわゆるエルフに似ている。

ただ、そのお姿は僕が前世でイメージしていたエルフよりややお姉さま寄りというか、大人っぽいというか……

年齢は怖くて聞けません。


 今日は博士に広めの部屋に連れてこられた。

部屋の片隅で、動物型の先輩ゴーレムが丸くなって寝そべっている。

大きいクマなのかネコなのかわからない、赤茶色の身体だ。

博士は『ロギム』という名前で呼んでいた。


「ビルザ博士、ここにいるロギム先輩はクマ型のゴーレムなんですか?」


「本人は(ひょう)のつもりのようだね。ほら、模様があるだろう」


 たしかに、よく見ると背中に豹柄の浅いくぼみがいくつかあった。

模様も身体と同じ色なので気づかなかった。


「ロギム君はマッドゴーレムだ。身体の形をある程度変えることができるんだよ。私は別の生き物の形で作っていたのだがね。本人の趣味でいつもこの姿になっているよ」


 姿を変えられる豹? もっと痩せてて黒ければアレだよね。

超能力少年の3つのしもべ。

名前もなんとなく似ている気がする。もしかして前世は僕と同じ日本人か?

でも発想がアレだとすると、痩せた姿になるはずだな。

まぁ、今の僕も太っているので言える立場じゃないか。


「ところでドベリ君。キミの以前の記憶では、武器を使ったことはあったかね?」


「ありません。少なくとも前の僕の住んでいた国は平和だったはず」


 前世では、格闘技オタクの友人に護身術を教わったことがある。

少しだけ棒を使った動きも習ったけど、実践では役に立たないかも。

友人からは、トラブルに巻き込まれても基本的には使うなと言われたっけ。


 だから僕は武器とか戦いとかは完全な素人だ。

チートな転生だったら、いきなり強くならないかな。

小手先の技じゃなく、勇者の力をもらうとか。

凄い秘密兵器とか、この身体にはついてないの?

一ぺん、詳しく聞いておいた方がいいよな。

リアル兵器……ミサイルとか内蔵されてない?


 僕がいろいろ考えている間に博士は話をつづけた。


「ドベリ君。私が造る魔道具は、モンスターの被害が出ている世界で使われるんだ。だから武器や防具を作ることも多いのだよ」


「だとすると僕も武器の使い方を覚えたほうがいいでしょうか」


「少しずつアララに習うといいよ。彼女は剣も槍も弓も一通り使えるから」


 アララさんというのは、女性型のメタルゴーレムだ。

この屋敷の家事全般をやっていて、僕もいろいろ教わりながら手伝っている。

料理や掃除、裁縫もできるうえに、武器も使えるのか。


「博士、どんな敵でも勝てる武器とかはないのですか。素人でも達人のように強くなれる剣とか。なんでも貫ける槍とか」


「ドベリ君、仮にそういう武器があったとして、それが悪人の手に渡ったらどうなると思う?」


 ……ちょっと想像してみた。何でも切れる剣をもった悪役。

その武器が、自分とか罪のない弱者に向けられたら?


「ロクなことにはならないですね。渡す相手を間違えると悲劇になるかも」


「仮に善良な者だとしてもだ。強大な力を簡単に手にすれば、使いどころを誤る」


「そうですね、利用できる条件を絞るとか、渡す相手を選ぶとかしないとダメそうだと思います」


「トゥギャザーで認められた神具はその世界の神が認めた相手に委ねられる。ただし、担い手が善良とは限らない。むしろ経験に乏しい者が選ばれることもあるんだよ」


 駆け出しの勇者ってやつかな。ゲームや小説にでてくる勇者は、たいてい最初は経験値がゼロだ。

神様のご加護があれば、序盤からよい武器をもらえることもあるだろう。


「どんな道具でも、価値を決めるのはその使い手だよ。でもね、実をいうと私の作った魔道具でも『なんでも壊せる武器』という発想で作ったものもあるんだ。ただし、その力は一度しか使えないようにしたよ」


 一回しか使えないのか。強力な兵器でも、使い捨てだとどうなんだろう。

それが大型の武器だったら、持ち運びにも問題があるな。


「では実物を見せよう。これだよ」


 ビルザ博士の右手がボワッと光り、網状の光輪が現れた。博士の眼鏡にも光が反射して映る。

光の輪の中から、小ぶりの棒がでてきた。棒はY字型になっていて、二股の先に紐がついてている。

これはいわゆるパチンコってやつだな。ゴム紐を引っ張って小石を飛ばす投石器だ。

ある漫画で鼻の長い海賊が使ってたっけ。


 撃ち出すものは石でも鉄球でもいい。

軽そうな木の実でも、当たれば効果的だ。

もっと効果を上げるには重さと堅さも必要。

オプションで火薬玉とかもらえないかな。


「普段は小型の投石器だ。持ち手の先に宝玉がついている。これを外し、弾にして撃ち出せば、あらゆる無生物を破壊できるんだよ。ただ、動物やモンスターを直接傷つけることはできないようになっている。敵の武器や装備を破壊することで、戦いを有利にできるのさ」


 なるほど、普段はただのパチンコだけど、一回だけ強力な破壊力が出せるのか。

この大きさなら他の武器をメインにしても邪魔にはならないな。

予備の武器で飛び道具を使えるから、戦い方にも幅が出るかな。


「ドベリ君、試し撃ちしてみるかい? ほら、そこにある(つぼ)はもういらないんだ。それを撃ってくれたまえ」


 博士が示したところに人が入れそうな大型の壺があった。ずいぶんと堅そうだな。

壊していいならやってみるか。僕はパチンコを受け取る。


 おや? さっきまで寝そべっていたロギム先輩が起きた。

のそのそと部屋を出て行く。魔道具には興味はないのかな。

まぁいいか。えーと、宝玉を外して、ゴム紐の先の布で挟んでと。


 パチンコ本体を左手で持ち、右手でゴム紐を引く。ゴムが柔らかすぎるな。

この張力じゃ、宝玉を使う以外では殺傷能力は無いと思う。

いやいや、宝玉の方も無生物しか壊せないんだった。


「ああ、ドベリ君。もう二歩右に寄ってみてくれ。うん、そこでいい。そこから撃ってくれ」


 ん? 撃つ角度に何か意味があるのかな?

まあ、この距離なら外すこともないだろう。


「えいっ」


 ヒモを離すと弾が飛び、壺に命中した。弾が消えた?

壺は一瞬ブルンと震えると、下部にいきなり2本の足が生えて立ち上がった。


「Uwaaaaa---!!」


 壺は奇声を上げて駆け出し、すぐに転んだ。そして床に激突してコナゴナになった。


「……はい?」


 なんか違う。思っていたのと違う。


「名付けて『スローネ・ビフォケット』だ。 宝玉を当てた対象を疑似的にゴーレム化して、自壊させる武器なのだよ」


「ダメだよ。こりゃダメだよっ」


 僕は思わずツッコミを入れていた。


「普通に破壊すりゃいいじゃないですか。なんで破壊対象に足が生えるんですか」


「私も普通に破壊するつもりで作っていたのだがね」


 詳しく聞いてみると、この魔道具を作るときに他の方にも手伝ってもらったそうだ。

その時に変な機能が付与されたらしい。

ビルザ博士が単独で作ったもの以外は、トゥギャザーの会合での出品時に当初の意図とは違っていることがあるらしい。

また、実際に冒険者の手に渡る前に、その世界の神々がアレンジを加えることもあるとか。

でも攻撃対象に足が生える意味がわからない。


「ドベリ君、その武器をさかさに持ってみてくれ」


「? こうですか? あっ」


 パチンコを上下逆に持ってみると、ふたまたの部分がさっきツボに生えた足と同じ形をしていた。

共同制作者がこれを見て何か勘違いしていたのか、それとも『面白そうだからやってみた』か……


「うーむ。まぁ、当てた対象が走り出すとわかっていれば、使い道はあるかなぁ。敵と戦うときに、適当な岩にぶちあてて特攻をかけされるとか」


さっきの壺だと、僕からみて左側に走り出したな。


「それなんだがね。魔道具をどのように渡すかはその世界の神々の判断なのだよ。詳しく伝える親切な神もいれば、そうでない神もね」


「これ、説明なしで渡されたら、使い手にも被害がでませんか? 仲間に向かって走るかもしれないじゃないですか。直撃しなくても、破片が飛んで来たら危ないです」


「いちおう対策はしているよ。宝玉が命中して数秒間、使い手と近場にいる仲間達は簡易結界で守られるんだ」


「なるほど、それならなんとかなるか」


 むしろ結界の方が便利な気がする。

結界を使うために無駄打ちするという戦法もあるかな。

まぁ、一発しか打てないのが問題か。

それに結界うんぬんについて、最初に説明してもらえないとどうしようもないな。


「博士。実際にこれの評判はどうだったんですか?」


「賛否両論だな。私の聞いた限りでは、足のことを説明しない例がほとんどだ。そうそう、変わった事例があるんだ。若き冒険者が敵の魔術師の塔を攻略する際に、この魔道具を使っている」


「ほうほう。魔術師の塔ですか」


 よくあるパターンだと、悪の老魔術師が、生贄とか怪しい研究とかやっているとか。

塔っていうと、魔法の砂嵐に隠されているのかな。

近くの村の人が困ってて、正義の冒険者の主人公が魔術師をやっつけるわけだ。


「その冒険者は単身で塔の中のモンスターを倒し、トラップを回避して最上階まで魔術師を追いつめたんだ」


「お話し中すみません。僕はその途中経過の冒険の方を詳しくききたいのですが」


「敵の魔術師も必死で反撃してくる。冒険者は攻めあぐねてこの魔道具を使ったんだ。ただ、相手にかわされた」


 うん。このゴムの張力ならたいしたスピードは出ない。

正面からの見え見えの攻撃なら、撃ったのを見てよけることもできるだろう。


 場所も考えるべき。相手の正面に立つ必要すらない。

飛び道具は離れて使うもので隠れて撃てる。

ある戦いでは草に隠れ、背後に回って撃つんだ。

変に正々堂々とやるのは危険だ。

先制攻撃が失敗すりゃ、丸腰で対峙することになる。


 この魔道具の正しい使い方は、不意打ちすることだと思う。


「なるほど、弾の宝玉は家具や調度品か何かに当たったんでしょうか。いきなり走り出したらびっくりしたでしょうね」


「いや。塔の壁に当たった。私にも想定外なんだがね。塔に足が生えて駆け出したんだ」


「……はい?」


「塔が転んで粉々になった。しかも、塔の中の無生物全てが破壊対象に含まれたんだ。冒険者は結界に守られて無事だが、塔内の仕掛けやトラップはもちろん、魔術師の装備や服まで破砕されたんだ。魔術師はすぐに降参したよ」


「……ソウデスカ……」


 魔術師のおじいさんのすっぽんぽんなど、想像もしたくないな。

っていうか、さっき僕が壺を撃った時、もし狙いを外して屋敷の壁に当ててたらどうするつもりだったんだろう?

それにこれ、宝玉を撃つ以外では戦闘の役に立つだろうか。

ゴムが弱すぎて、小石を使ってもほとんど飛ばなそうだ。


 僕はパチンコのゴム紐の両端をY字の先端に2回ずつ巻き付けて、短くしてみた。

少し張力があがった。でもこの使い方だとゴムがすぐにへたりそうだ。

ゴムをもっと強いのに変えて、手首を固定する器具もつけたいな。

自前でコショウやトウガラシの弾を用意するのも面白そうだ。


「ビルザ博士、こいつの宝玉以外での使い方なんですけど……」


 思いついたアイデアをビルザ博士と話していると、ロギム先輩が戻ってきた。

その後ろからホウキ型とチリトリ型とゴミ箱型の先輩ゴーレム達がついてきている。

お掃除ゴーレムズはさっき僕が壊した壺の破片の掃除を始めた。


 へんな武器より、家事用ゴーレムは配ればいかがか?

きびきびと片付けている先輩達を見ながらそう思った。


ちなみにロギム先輩の基本形態は、豹でも熊でも猫でもありません。

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