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第13話 争うはてなの千切り

 僕はゴーレムのドベリ。研究室で魔道具の図案をビルザ博士に見せていた。

我ながらふざけたアイデアばかりかと思ったが、博士は的確に改善点を指摘してくれた。

そればかりか、斬新なアイデアだと喜んでくれた。


 でもなんだか今日の、っていうか最近のビルザ博士、なんか違う。

前は飄々としている感じだけど、ここしばらくは真面目っぽくなったみたい。

先日お客さんが来た頃からかな? 独りで考え込んでいるのが増えたような……


 アララさんも博士の変化に気付いていて、少し気にしているみたいだった。

ふと、ローズルさんが話していた『あの魔道具』が気になったので、聞いてみた。


「……そうだな。あのことはドベリ君も知っておいたほうがいいだろう。ついてきたまえ」


 博士についていって、修行などで使っている広い部屋まで移動した。


「これは私が作った数々の魔道具の中で、最初に神具として認められ、いくつもの世界の冒険者達に渡ったものだ」


 博士の手から光の魔法陣が現れた。その中から、短い杖のようなものが出てきた。


 見たところ、五十センチ位の柄に、数字の2の上部分っていうか……吊りフックのようなカーブした形状のものがついている。

丸いフックの付け根より少し下に球状の飾りがあり、ハテナマークのようにも見える。


「名付けて『スペシュノゥ・トゥリルスター』だ。ゴーレムと幻影の技術を応用している。冒険者の使う万能の道具を目指して作ったものだよ」


 おおっ! 万能武器? なんだかワクワクするなぁ。状況に合わせて変形するのかな。

もしかして腕輪に変形して、手首にはめることもできたりして。

っていうか、道具を召喚できる四次元ブレスレットください。


 ビルザ博士は杖を持って部屋の中央に立った。

なんか、いつになく緊張しているみたいだな。

顔がマジで、何度か深呼吸をしている。

見てるこっちも緊張してきた。


 真剣な顔のビルザ博士。

充満した気配の中、博士は目を閉じた。


 両手はだらんと下げている。右手に持った杖は、フック側を上、柄を下に向けている。


 急にカッと目を開けて、ビルザ博士が杖を振りあげる。あ、柄が伸びた。

両手で杖を持ち、剣で斬りつけるように、袈裟懸けに振るった。

杖を返すと柄が短くなり、逆のフック側が伸びる。

仮想の敵の足にひっかけるような動きを取った。


 杖を元の長さに戻し、フックを上にして高く掲げる。

フック全体が大きくなり、直径が2メートル近くの輪を描く。

天井ギリギリの高さまで大きくなった。


「広い場所ならもっと大きくできる。それにこういうこともできるんだ」


 フックからたくさんの細いワイヤーようなものが、中心に向けて飛び出た。

ワイヤーは半球の網状になった。巨大な虫取り網だ。

博士は網を床に叩きつけるように振り下ろした。


 網が消え、フックの大きさが元に戻る。

ビルザ博士は両腕を下ろしたまま、大きく息をつく。

短時間の実演だったけど、博士は息が荒くなっていて肩が上下してる。

そんなにキツいの? 顔にも赤みが差して、色気が何割か増した?


「博士、すごいですね。通常は勝てないモンスターが相手でも、この網で捕まえることができれば、みんなで攻撃できますよ。それに伸び縮みができるなら、武器としても便利です」


「そう言ってもらえると嬉しいな。ただ、こいつにも制限があってな。形状を変えられるのは息を止めているか、吐いている間だけだ。息を吸うと杖は元の姿に戻る」


 おや? それは残念。博士が苦しそうだったのは息継ぎの問題か。


 でも形を変えるのに回数制限がないなら弱点にはならないと思う。

息を吸うだけで元の形に自動で戻せるなら、逆に便利だとも言えるだろう。

あとは練習と使いようだな。


 網を平たくしてテニスラケットみたいにできないかな。

で、前に博士がつくったボール型ゴーレムを飛ばすとか。

ハリネズミ型ゴーレムはいかがか。命中するときトゲトゲを出すとか。

ボールを青い人型ハリネズミに変形させても面白そう。


 そういえばローズルさんの靴の件があった。

床に柄を伸ばせば、あの靴と併用で登れる。

吸ったら元に戻るが、壁に手をかければよい。

近くに手をかけられるルートの確認がいるか。


「まさしく万能武器ですね。棒術の得意な人におすすめです。それで、伸び縮みや網がゴーレムの技術なのはわかりました。幻術はどこで使ってますか?」


「ただの演出だよ。杖が元の姿に戻るとき、実際には大きくなった部分が消失して、手元で再構成されている。他者には小さくなる幻影を見せているのだ」


 うん。そう見せたほうがかっこいいかな。これぞロマン武器!


「この杖は多くの神々や冒険者から好評価をもらえたよ。製作者として、私も最初は誇らしく思ったものだ。一人前の魔技師になれたと思っていた」


 ビルザ博士は、手に持った杖をじっと見つめながら話をつづけた。


「今ではこの魔道具を、私の……傀幻(かいげん)の技師の最高傑作、などと称する神もいるらしい。だけどね、私はこいつを封印指定に定め、配布は止めたんだ」


「……そんなぁ。せっかくいい魔道具を作ったのにもったいないですよ。また何か変な使い方をされた事件でも?」


 いったい何があったんだろう。

誰かが壁登りに失敗して墜落したとか?

それとも、宙を飛ぶ敵を網で追いかけて、足元の崖に気付かず落ちた?

または穴に落ちかけて、杖をつっかい棒にしたけど息が続かなくて落下?


「トゥギャザーで選ばれた神具ってのはね、そのままで使われるとは限らないんだ。それぞれの世界の神々によってアレンジが加わることもある」


「そうでしたよね。モンスターの種類や強さも異世界によって違っていて、住んでいる人たちの常識とかも違うんですね。その世界の基準に合わせてるんでしたっけ」


「私はね…… この杖の網は捕獲用と考えて、柔らかく伸びる素材にしている。ただ、ある世界では、触れれば斬れる鋼線になっていた」


「……うわぁ…… 痛そうです」


 博士の眼鏡が照明の光りを反射し、目が隠れた。


「そこでは杖が元の姿に戻るとき、実体のまま小さくさせていた。鋼線にはその世界の神の力が宿っており、どんなものでも切断させる力が付与されていた。網で敵を包んだ状態で、杖が元に姿に戻るとどうなるかわかるかい?」


「想像したくないです。グロい…… でも冒険者って、敵を倒すときに血を見ますよね。自分の命も担保にして命がけで戦ってるんだし、それもありなのでは」


「『ブラッディ・ブレイク』と呼ばれたそのアレンジは、他の異世界でも真似された。残虐すぎるせいか、その用法は七日に一度という制限はあったようだがね。私もね、この杖が悪しき者を倒すために使われたなら、愛する誰かを守るために使われたなら、やむを得ないとは思うよ。だがね……」


 ビルザ博士は少し顔を伏せた。


「ある世界の異種族同士の戦争で、民間人にも被害が出たんだ。限界まで広げたフックと網で集落ごと包み、収束させた。戦いに無関係の少女達も、巻き込まれて犠牲に……なった」


 博士の声が少しかすれた。


「……うわぁ……」


 異世界の話だ。犠牲者は博士の同種族でもないのだろう。

そんなことに、博士が責任を感じる必要はどこにもないはずだ。

責任があるのは使用者とか、変な改造をした神とやらじゃないの?

ビルザ博士が苦しんだり傷ついたりするなんておかしい。


「私が作る魔道具は神の力を宿すものになる。使い手の心に愛があれば正義の武器に、でなければ悪意の凶器になる。この杖を封じた後は、私は支援用の魔道具を主に作るようにした。武器を作る場合でも、制限を強くするよう心掛けている」


「そうだったんですか。あ、でも博士が今持っているオリジナルの杖は、変な切断機能はないんですよね。それ、僕も欲しいです」


 でもビルザ博士は軽く首を横に振った。


「残念だけど、この杖はドベリ君には使えないよ。君は言葉は話せるけど、生物的な呼吸をしているわけじゃないからね。……いや、待てよ。ローズル卿なら改良できるかもしれないかな。ドベリ君が杖を使えるように」


 おお、希望が見えてきた。あとでアララさんに棒術を習おう。

ところでローズルさんが改造するのは杖の方だよね。それとも……?


「先日ドベリ君はローズル卿に会って、あの御仁にえらく気に入られてしまったな。私の想定よりずいぶん早いが、そろそろこの屋敷を出てもらうことになるよ」


「……はい? 僕、ずっと博士の助手でいるのでは?」


「とっくに気づいているんだろう。ドベリ君。自分がどういう存在なのか。君にできること、君がやるべきことも」


 知ってた。僕は……僕は、ビルザ博士が今作っている最中の魔道具なんだ。

僕は神具になるために作られたんだ。


 博士はもちろんのこと、アララさんや先輩ゴーレム達も、僕にいろいろなことを教えてくれた。

家事、料理、戦闘技術、学問…… ゴーレムの僕がどこに派遣されても働けるように、教育してもらっていたんだ。


 五感を、痛みを感じとれるのは、人と寄り添えるように。

戦いの場でも、共に戦う仲間と痛みや苦しみを分かちあうために。


「私の最高の魔道具が君だよ。ドベリ君」


 能力的にはアララさんの方がずっと上だと思う。

聞いたところ、アララさんはビルザ博士の師匠が作ったらしい。

博士の護衛を兼ねた使用人だった人の記憶がコピーされているとか。


「……ビルザ博士。僕は、あとどのくらいこの屋敷にいられますか?」


「ローズル卿は、明日にでも来てほしいと言ってきているよ」


 僕が黙って考えていると、部屋にアララさんが入ってきた。

ロギム先輩やお掃除ゴーレムズ、家具ゴーレムなども続いて入ってきた。

たちまちみんなに囲まれた。


 みな、僕との別れを惜しんてくれた。

僕の活躍を期待してくれてて、励ましてくれた。

ゴーレムの僕には涙を流す機能はついてない。

でも、この時確かに僕は泣いていたんだ。


次話が本編最終話となります。

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