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第11話 絵に描いた気持ち

「ドベリ君は図面を書くのが上手だね。ずいぶんとわかりやすいよ」


 ビルザ博士は僕が書いた魔道具スケッチを見ながら言った。

僕は博士につくられた木のゴーレムだ。今は新しい魔道具の案を博士に見せているところ。

この世界の字を書くのが苦手だから絵を多用している……というのは秘密だ。


狼煙(のろし)を打ち上げて空に文字を書くというのか。実現すると面白いな」


 僕の案は、空中に文章を書けないかというものだ。

前世の特撮ヒーローもので、光の国の兄弟が使っていたようなやつ。


 打ち上げ花火ごとく、魔道具を大空に飛ばす。

すると空中で機能が発動して空に文字がでる。

たとえば、遭難したときのSOS信号とか?

専ら、緊急用の連絡手段となるだろう。

自慢じゃないが、ピンチになったら僕は使う。


まぁピンチの時でも、ふくろうの伝令ゴーレムを使うのは嫌だけど。

一回使ったら消えるらしいからね。


「僕が考えたのは、助けを求めるメッセージとか、何か急用を知らせるので利用できないかと」


「そうだね。緊急信号が主になるかな。見る方向が変わっても通じるようにするには、すこし工夫がいりそうだ。色付きの雲をだすという手もあるが、それだと普通の狼煙と変わらない」


「博士。どの方向からでも文章がちゃんと見えるようにはできないですか?」


「私の使える技術だけでは難しいな。ドベリ君。これは他の魔技師の協力がいりそうだよ」


 ビルザ博士は顔を上げ、眼鏡をクイッと直した。


「私の得意とする幻影はこの魔道具では使えない。見せる対象を絞れないし広すぎるからな。実は同じ問題を抱えた魔道具もあるんだ。かろうじて神具の認定を受けたが、評判がいまいちでな。改良を求められている」


 博士の手から光の魔法陣が現れて、黄色に黒字の模様のある布みたいなものがでてきた。

これって指なしのグローブ?  


「名付けて『タイナ・ハンスケ』だ。君の案に似ているが、空中に字が書けるものだよ」


 博士は両手に指貫手袋をはめた。宙で手を動かすと、淡い黄色の軌跡が描かれ、ゆっくりと消えていく。


「発動させると、周りの空気に色が付く。すぐに消えるがね。うまく使えば字も書けるよ」


「そうですね。声が届かない遠くにいる人に、大きい字を見せることもできますね」


「その用途では、文字を逆に書く練習をしておく必要があるよ。外で使うなら、あらかじめ地面なんかに下書きをしておくことがおすすめだ」


「博士のおっしゃるとおり、書いた字が遠くからはどう見えるか、予め練習して確認しないとダメですね。別の字や違う絵に見えることもありそうです」


 字のクセとかもあるけど、誤読も起こりそうだ。

ふと、前世の友人の逸話を思い出した。


 寒い日、窓越しに彼女が遊びにきたのが見えたらしい。

友人は、曇った窓ガラスに内側から逆さ文字で「さんぽにいこう」と指で書こうとした。

だけど書ききる前に、彼女は怒って帰ってしまった。

間違って「さ」だけ普通に書いてたらしい。


 ちなみにこの屋敷では窓が曇っているのを見たことない。雪景色なのに。


「この魔道具が使われた事例で、ある恋人同士の縁結びに役立ったことがあるよ」


「手袋で愛の告白をでっかく書きましたか。失敗するとドン引きだよなぁ……」


「少し違う。ある村娘が初恋の人を探し、村近くに駐留していた兵舎を訪ねたんだ。彼女は森の近くで訓練していた一人の兵を見かけたそうだ。風に長い金髪がたなびかせた美青年だったそうだ」


「へー……そうですか。僕も髪の毛が欲しいです」


「フフフ…… カツラでよければ作ってあげるよ。そういえば村娘と対話して、人探しに協力した兵士もハゲだったよ。ただ、その兵舎では該当する人物は見つからなかった」


「たまたま別のところから来てた人だったのでは?」


「それがね、娘さんが見たという日は案内の兵士もその森で訓練していたんだ。で、確認してもそれらしき人はいなかった」


 なんだろう。そのそも実在の人間ではない? ホラーの話になんないよね?


「実は、娘さんが見た相手はこの手袋をもってたんだ。風が流れれば、光の軌跡も動く。たまたま頭に手を当てていて、光の軌跡が長髪に見えたんだね。本当は髪のない人なのに」


「……ってことはまさか」


「その女の子の『人探し』に協力した親切な兵士さんが、当の本人だったのさ。件の兵士も自分のことだとはすぐに気づかなかったらしいな。その二人は付き合うようになったよ」


「はぁ、それはごちそうさまです。もうお腹いっぱい」


 美形だと思っててハゲだったら、幻滅しない?

神具を渡されるぐらいのキャラだから、もてるのかな。


「ただ、この手袋は使いどころが限られる。幻術を使わないから、短時間で狭い範囲でしか効果がない。有効に活用された事例が少ないのが実情さ」


「あ、そうだ。博士、1つ思いつきました」


 僕は木でできた人差し指をピンと立てていった。

博士を誘って広い部屋に移動。アララさんも呼んでもらった。


「御用ですかー? ドベリさん。何か面白いことを始めるみたいですねー」


「はい。アララさんにもぜひ見てもらいたくて、お呼びしました」


 僕は指貫手袋をはめ、右手に木刀を持って顔前に構える。

左手を木刀の先に近づける。


「ひーかーりーのー つーるーぎー」


 左手で軌跡を出して、根元までなぞる。左手は根元に置いたままで斬る動作。

それから右手一本でできる剣の型を続ける。左手は要所要所で光らせる。


「なるほど、そうきたかドベリ君。たしかにまるで魔法剣や聖剣を扱っているように見えるな。実戦で通用するかは別にして」


「ドベリさん、かっこいいですよー」


 僕もメタルヒーローになったような気分で気持ちいい。

必殺技を出すような軌跡にできないかな。今のままだと剣の根元だけ光ってて不自然だ。


 ギリギリ剣先に手を置き、剣を突き出す?

ちゃんと突けないな。手より先に出せない。

一番いいのは、斬り払う動作かな。


 剣の型が終わると、木刀をもったアララさんが駆け寄ってきた。


「私にもー。やらせてくださいー」


 指貫手袋をアララさん渡した。その時、なぜか僕の木刀も取られた。なぜ二本?


「いきますよー」


 両手を光らせたアララさんが両剣を振るった。これって剣舞?

光の軌跡が新体操のリボンのように舞っている。七夕様の天女の羽衣?


 トン、トトン! トトン、トトトン!


 足音が軽やかなリズムを奏でて、美しい斬撃の伴奏となった。

二つの光の帯が踊るように宙を走る。

部屋全体が、絵画のキャンバスになっている。

いや、ミュージカルの舞台?


 最後に片足立ちの姿勢から、トンと踵を合わせて決めのポーズ。

僕とビルザ博士は思わず拍手していた。


「アララさん、とっても素敵でした。花形女優の舞台を観ていた気分でした」


「さすがだな。こういった演出も、ある意味では神具を使う英雄にはふさわしいかもしれないね。ただ、私の魔道具とは分野が違うかな」


 アララさんは手袋を外しながら小首をかしげる。


「もうすぐ、あの方が屋敷にいらっしゃる予定ですよね。今みたいな使い方もお伝えすればよろしいかと」


「ローズル卿か…… 確かに、物好きなあの御仁ならば興味を持つだろうよ」


 あれ? 珍しく誰かお客様が来るのかな。どんな人だろう。


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