不意
20日目。
「カラス。待っていた」
クロネコは開口一番、そう言った。
カラスが目をぱちぱちさせる。
「どうしたの? もしかして、私の魅力に気がついた?」
「そうだなすごいな」
棒読みするクロネコに、憮然とするカラス。
「で?」
「魔法使いを倒す算段がついた。協力してくれ」
「……それは情報がほしいという意味ではなく?」
「ああ、身体を張ってだ」
「……一応、聞かせてくれる?」
昨晩、練った策の全容を、カラスに伝える。
カラスの表情が、少しずつ険しくなる。
「私、戦闘員ではないのだけれど」
「一人では成功率が格段に落ちるんだ」
「それはわかったけれど……」
「俺の依頼が失敗すれば、お前も困るだろう?」
「困るというか、あなたの依頼が成功したほうが、私への給金も多くなるわね」
キャルステン暗殺者ギルドにおいて、暗殺者への報酬は出来高払いだが、情報員はそうではない。
情報員であるカラスには、一定の給金が定期的に支払われている。
ただし情報員が関わった依頼の成否によって、給金の額が変動したり、臨時ボーナスが出たりする。
今回の依頼は大掛かりなので、クロネコが成功すれば、カラスにもかなりの実入りが期待できるのだ。
「でも、策が失敗すれば私も危ないわよね?」
「危ないどころか、2人とも死ぬな」
「気安く命を賭けろと言われてもねえ……」
カラスの流し目を受けて、クロネコはため息をつく。
「金貨100枚でどうだ?」
「命の値段にしては安すぎない? 1000」
「ぼったくりすぎだろ。300」
「私は自分の命が大事なの。700」
「お前は立っているだけでいいんだぞ。500」
「私が戦っても結果は一緒でしょ。550」
クロネコは半眼でカラスを見る。
「……いいだろう。550だ」
「ありがと」
不満げなクロネコとは反対に、カラスはまずまず満足そうだ。
「今夜、決行する。そうだな……」
クロネコは上から下まで、カラスを睨め付ける。
「日没までに、厚底ブーツを調達しておいてくれ」
「……そこまでする?」
「僅かでも成功率を高めるためだ」
「まあ協力する以上、全力を尽くすけれど」
カラスが部屋から出て行くと、クロネコも準備を始めた。
考え抜いた末に、策は固まった。
ならば後は、それを忠実に実行するだけだ。
◆ ◆ ◆
緑の髪を靡かせながら、リリエンテールは物見の塔の屋上に立っていた。
昨晩は平和そのものであり、彼女は一晩中、待ちぼうけをさせられた。
殺人が起きなかったのはいいことだが、日の出の頃には、眠い目を擦りながら朝日を迎えたものだ。
今夜はどうだろう。
リリエンテールはぼんやりとした時間を過ごすことは嫌いではなかったが、それでも毎晩を塔の屋上で過ごすのは、さすがに少々飽きが来ていた。
できれば早めに終わってほしい。
昼夜逆転の生活は好きではないので、願わくば静かな夜に、ふかふかのベッドで心行くまで眠りたい。
そして朝起きたら、美味しいチーズケーキを焼いてもらうのだ。
そんな取り留めのない思索に耽っていると、リリエンテールの感知の網に、同時に2つの生命喪失の反応がかかった。
同じ場所で、2人の命が失われたのだ。
首狩りに間違いないだろう。
「タキオン」
リリエンテールは一瞬の躊躇もなく、瞬間転移の魔法を発動させた。
次の瞬間には、彼女は居間と思しき場所に出現した。
灯りが落とされているのか、薄暗い。
しかし窓から差し込む月明かりで、テーブルや、椅子や、家具や、暖炉を判別できる。
そして目の前には、ナイフを手にした一人の人物がいた。
前回同様、覆面を被っている。
首狩りだ。
その足元には、家人と思われる2つの死体が倒れている。
リリエンテールは、すでに前方に魔法障壁を展開していた。
目には見えないが、大盾のような形状の、魔法使いにとって絶対の守り。
首狩りがいくら手に持つナイフを振るったところで、彼女に傷一つつけることはできない。
そしてリリエンテールは、前回と同じ轍を踏まない。
逃亡を許さないために、一瞬の猶予すら与える気はないのだ。
即座に魔法を行使しようと、口を開く。
目の前の首狩りは、まだ一歩も動いていない。
ここからどうあがいても、首狩りに逃れるすべはない。
詰みだ。
「クエ――」
リリエンテールの頚動脈から、真っ赤な鮮血が噴き出した。




