第12話 王宮勤め
私は、イセリちゃんが大好きだった。
幼少時に手を繋いで出かける。皆がイセリちゃんに笑いかける。
大きくなれば私もあんな風になれるのかなと、思っていた。憧れた。
そんな大好きだった次姉は、貴族の通う学校に行くようになり、王子様と恋に落ちた。
その過程で様々な事を巻き起こした。
結局イセリちゃんは、幸せになどならなかった。
大好きな次姉が出て行ってしまった時、一人ポツリと置いて行かれた気分がした。
家の中は暗かった。戻ってきてほしかった。
あれから、15年。
ケルネは、王宮で働いている。
***
ケルネは、希望した通りの職場に配属された。裏方だが、平民には名誉ある給料も良い仕事だ。
これは、学校で知り合う事ができた多くの人たちのお陰だった。チェリシュ様にダリア様にフローリア様、それからハンカチから交流ができたイラド様にレオン様たち。
彼女たちは『努力は報われるべき』という信条の持ち主で、ケルネとマルクの能力を認めて推薦してくれたのだ。
なお、卒業してからは、力になってくれた貴族の皆さまとはほとんどお会いできない。
ご令嬢方は表舞台におられる。完全なる裏方を選んだケルネには接点が無い。寂しいところだ。
とはいえ、感謝の気持ちのままに、ケルネの方から近況を報告するような手紙を送っているので、文通的なやり取りはある。
ちなみに以前、ジョージ様がウイネお姉ちゃんを急に夜会に連れて行きたいなどと迷惑発言をしだしてウイネお姉ちゃんを混乱に陥れた時、ケルネから皆様に夜会に出ざるを得なくなったウイネお姉ちゃんのフォローをお願いした事もある。
平民である上に、悪女『イセリ=オーディオ』の姉。ジョージ様が常に傍にいてくださると約束を取り付けての参加であったものの、完全に怯えていたウイネお姉ちゃんを、チェリシュ様はケルネを話題に声をかけてきてくださり、ウイネお姉ちゃんも優しさに感激したという。
ちなみにジョージ様とウイネお姉ちゃんは今のところうまくやっている。
平民のウイネお姉ちゃんは無理を聞くしかないのだけど、逆にジョージ様はそれを『自分しか頼る者がいないのだ!』と好ましく思ってしまったらしい。
ウイネお姉ちゃんはこの状態について『捨て犬を捨てられない性分なのよ』とどこか嬉しそうに笑っていたが。
とにかくジョージ様には、貴族のご令嬢だと色々面倒らしいのが、平民のウイネお姉ちゃんだと雑に自由に扱っても良いのがすこぶる良かったらしい。一緒に狩に連れて行って、目の前で捌くとか。
話を聞くと心配になる部分があるけれど、まぁうまくいっているならそれで良いとケルネは思う。
ちなみにウイネお姉ちゃんはもう出産間近である。
「平民の私との間の子だから、能力で出世させるしかないと思うの。ケルネ、家庭教師、どうかよろしくね!!」と生まれる前から頼まれている。
完全に余談だが、結局、結婚をあきらめ独身のままのイグザお兄ちゃんは、ウイネお姉ちゃんの子どもを店の跡継ぎしても良いのじゃないかと提案中だ。継いで自由にしてくれていいから、という事で、案外妥当な進路かもしれない。
***
ケルネは王宮に勤める事が出来た。学校に行った事で、貴族の皆様との交流もある。
とはいえ、本来、自分のような者が、国王陛下夫妻の目に触れるようなところにいてはいけない。
もう一人の姉『イセリ=オーディオ』。
ケルネが存在するだけで、両陛下を不快にさせてしまう可能性が高い。
けれど、王宮にしかない仕事があった。
仲良くなれた貴族の皆様からも『最高峰は王宮』と教えてもらった。
それは、人の調査もする書類や物事の精査の職だ。
完全な裏方で人気はない。だから、ひょっとして叶うかもしれないと、ケルネは勇気を持って第一希望に志願した。
依頼を受けて、それがどのような人物や物事かを書類を取り寄せて突き合わせる。
あくまで調査と事実確認をするだけであって、人事決定権などない。
勿論、調査結果によって人の人生を左右する事もあるだろう。しかしそもそも依頼される内容はたかが知れている。
国に大いなる影響を与える人物なら、それは身元が代々保証されているような貴族の方たち関係だ。そんな人には、その身分が確かかなど、調査の必要などないのだから。
***
なお、採用にあたって、ケルネは宰相パスゼナ様の面接を受けた。
ちなみにそれが初対面だった。その前にあったウイネお姉ちゃんとジョージ様の結婚式には、パスゼナ様は多忙を理由に不参加だったからだ。
ケルネは、今でも宰相パスゼナ様の厳めしい表情を思い出せる。
「ケルネ=オーディオ。学業優秀、貴族と平民両方とも交流があり、特化面は数学、複数桁の即時暗算。文字校正が得意。書面複製の速度もある」
パスゼナ様は書類を見ながらも、どこかうんざりしていた。
「学校生活は有意義だったか」
「はい。とても貴重な機会に恵まれることができました。この度の推薦も」
「だろうな」
パスゼナ様がため息を吐く。
ケルネは緊張していた。推薦が貰えたとはいえ、ここまで来れたのは、自分の立場を考えると奇跡だった。
自分は、悪女『イセリ=オーディオ』の妹だ。
「志は、家業が傾いているのを直したい、か。それだけではあるまい」
パスゼナ様は、目を細めてケルネを見る。
「質問をいくつかする」
「はい」
「ケルネ=オーディオ。姉のイセリ=オーディオについてどう考えている?」
圧迫感が増した。
けれど、二度目だなとケルネは頭の隅で思っていた。一度目は、オーギュット様による不意打ち求婚で、返事を求められた時だ。
・・・あれに比べれば柔らかい。
ケルネは答えた。正直に冷静に簡潔に。感情的にならない事。
「イセリ=オーディオは、皆様に本当に、とてつもないご迷惑をかけたと、理解しています。学校で皆様のご厚意に触れて、それを実感致しました。・・・家族として、姉について、本当に申し訳ございません」
ケルネは頭を下げた。
パスゼナ様が無言だ。観察されているのだろう。
ちなみに面接にあたって、姉ウイネを通じてジョージ様から助言はあった。
『知識量はちゃんと評価するはずだ。あと、イセリの事が好きだって事は先に正直に話しておけ。あいつは絶対そういうのを見抜くからな。先に言っといた方が印象は良いだろうな』
ついでに、『ピシッとした服』も贈ってくれた。
ウイネお姉ちゃんが相談したら、執事さんに丸投げ依頼、面接にと服を作ってくれたそうだ。
まだ学生なので面接は制服との指定があったのですが、お心に大感謝です、ジョージお義兄様。




