第5話 思い出
学校に通いだして、2年が経った。
出世を目指してガリガリ勉強に励んだ結果、知識系の授業において、ケルネは平均で学年で二位の上位成績者になっていた。
ちなみ、基本的に一位はマルクである。彼女曰く、「本気出せばまぁこんなもんよ」だそうだ。
とはいえ、マナーとか、生粋の貴族の人たちには全然及ばない。
入学当初は皆ケルネを遠巻きにしていたが、ふとしたきっかけで話したり、授業の後で先生に行くほどでは無い質問をされるような事があって、次第にみんなと話せるようになってきた。
貴族の人たちも一目置きだしている。「頭でっかちなだけよ」と悪口を言う人も勿論いるのだけれど、「私、そういう努力をする人、好きですわ」などと友好的に微笑まれたこともある。
最近、前を向いて歩いているような気分がする。
ちなみにヒールの靴は、すでに履きなれた。
***
のんびりと庭園散策を楽しんでいた時だった。
人の気配がして左を向くと、少し遠くで、自分をじっと見ている人が木々の中に立っているのが目に留まった。
・・・あれ。
ケルネが思い当たるところがあって、その人をジィっと見つめて立ち止る。
一緒にいたマルクも気づいて立ち止り、
「嘘」
と一声零した。
「・・・オーギュット様だわ・・・」
マルクが感動に震えるような声で小さくつぶやく。
「・・・でもダメだわやっぱり老けてるぅ」
と嘆くのを隣で聞きながら、ケルネはオーギュット様がこちらに向かって歩いて来るのを迎えた。
会ったのは、多分、9年前・・・? オーギュット様の謹慎が解けて、それでイセリちゃんに会いたかったのか、店に来た時だ。
随分と老けたなぁ、とケルネも思った。すでに臣下に下られたとはいえ、元・王子様なのに、すごく王子様っぽくない、苦労してる感じ。
「こんにちは。遠くから観察するつもりでは無かった。丁度通りかかったので、懐かしく思って、つい」
オーギュット様がケルネを見て穏やかに声をかけた。
ケルネは礼を取る。
「オーギュット様。私のようなものにお声がけいただきますこと、光栄に存じます」
隣でマルクも慌てて礼を取っている。
「・・・学校はどう? 楽しい? 友達ができたようだね」
見守る口調なのが気になった。
「失礼ながら、お伺いいたしましても?」
ケルネは顔を少し上げて尋ねた。
「あぁ。何だろう」
「私に通学許可が与えられたのは、オーギュット様のご手配によるものでしょうか?」
ケルネの問いに、オーギュット様は目を細めた。
懐かしそうにされているのが、気にかかる。
「・・・それは、私が答えない方が良い事だ」
「さようですか。失礼いたしました」
「随分、教養など身についた。あんなに小さかったのに、目まぐるしい」
「・・・」
「・・・他に、尋ねておきたいことは? もう会えるか分からない。・・・むしろ私に言いたい事があったら、言って欲しい」
「・・・」
言えるわけがないだろう、と、ケルネは思った。
イセリちゃんをどうして迎えに来なかったんだこの愚図は、とか。王子様なのに何してくれてんだこの馬鹿は、とか。守れないなら最初からその気にさせるなよ、とか。
以前に、ケルネの密やかな思いを打ち明けた時に、マルクがしみじみと言ったのには、イセリちゃんはちょっと強引すぎて、お勉強を怠りすぎたらしいんだけど。あと、ユフィエル様の動きが違う気がするとか。なんて。
そんなの知らない。
「・・・」
オーギュット様がじっとケルネを見て、それから周囲の木々を見回した。
「よく、きみのお姉さんと、庭園を歩いた」
ケルネは瞬いて、空を見上げるようなオーギュット様の横顔を見た。
「聞きたいことなんてあっという間に、遠慮なんてしないで聞いてくる。すぐ笑う。くったくなく笑うから驚いた。子どもの頃はみんなこんな風だったかなと、思い出して、酷く大切な人だと思うようになった」
嫌いなオーギュット様が語る、イセリちゃんの思い出話に、ケルネはじっと動けないでいた。
「イセリと会っていると、他の者は皆仮面をつけているような気分になった。不思議だ。それまで気にならなかったし、それが当たり前の世界だったのに。身分と言うのは隔たりをつくるものなのだと知った。・・・身分の違いがなくなれば良いなんて、イセリは話してたよ。本当の事が言えないなんて良くないとか」
オーギュット様は、まだイセリちゃんが好きなんだろうか?
まだ結婚していないのは知っている。
詳しい人が『貴族のお姫様たちから、なんていうか相手にしてもらえないらしい』なんて言っていた。
・・・そりゃ、誰にでもこんな事言ってたら断られそう。
まぁそもそも、身分も、一代限りの貴族の身分だ。貴族のお姫様も嫌がるのだろう。自分の子どもは、平民と定められてしまうなんて。
「私は、本当に好きだった。・・・幸せになってくれていると良い・・・」
オーギュット様のこの様子に、ケルネはイライラッと来た。
何を、言ってるのだこの人は。
アンタが早く迎えに来たら、イセリちゃんはきっとずっと笑ってた。ケルネの見えるところで、笑ってた!




