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王妃になるはずだった  作者: 天川ひつじ
ケルネ=オーディオ
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第4話 野望

「ケルネってあれだね、なんでここに来たの?」

学校が始まって2週間。

移動教室で隣の席に座っているマルクが頬杖を突きながら、心底不思議そうに尋ねた。


「・・・と、いうと?」

真面目に教科書とノートをセットしおわって、ケルネは隣のマルクを見る。

「うん。不躾だけど、聞いちゃおうと思って。ケルネ、だって嫌な思い一杯するに決まってるじゃない。イセリお姉さんの事があるから、貴族の方々にはとりわけ冷遇されてるよね」


あぁ、そんな事か、と、ケルネは思った。

「私の家は、不幸なの。イセリお姉ちゃんの事があってから、店にはお客さんは来なくなって家業は傾くし、やっぱり嫌な人はいるし、ウイネお姉ちゃんは彼氏さんっていうかご家族の反対で結婚白紙になっちゃって、それから相手が見つからないし。イグザお兄ちゃんも、そういう意味では全然相手にしてもらえないって泣いているし、クルトお兄ちゃんは、今は強くなったけど、もっと小さい頃、友達に仲間外れにされてすごく嫌な目にあったっていうし」

「・・・」

「私は、こんなだし」

「こんなって?」

「・・・こんな、無口だけど話すと長くて怖いって言われる子になったし」

「それ、関係あるの?」

「さぁ」


「そっかー」

マルクが物憂げに頬杖をついている。

ケルネには不思議だ。どうして、ここまで話すのに、マルクは自分の隣に座るのだろう。

いつのまにか隣は空っぽになるのが常だ。隣に座る誰かは仮初めで、別の誰かを選んでケルネからは離れていくからだ。


「・・・それで、思ったの。状況を変えるのは、出世しかないなって」

「おぉ、ケルネ! でも」

「真面目に勉強して、真面目にお仕事を貰えないか頑張るの。うまくいったら、うまくいくでしょ?」

「・・・まぁ」

「学校に来るつもりは無かったけど、機会が来たんだし。断った方が良いとは思えなかったよ。悪くなる予想は簡単にできる。良くなる方法が分からないから。真面目に頑張ってるけど悪くなるだけ。でも、飛び込んだら、良い事の可能性があるかもしれないと、期待するよね。ここって」


「ケルネは、イセリお姉さんの事、キライなの?」

酷く心配そうにマルクが尋ねた。

どうしてそんな事をとおかしくなって、ケルネは笑ってみせた。

「・・・秘密なんだけど、聞きたい?」

「うん。秘密は守れるよ」

「・・・私は、イセリちゃんの事、好きだよ。家族だし。幸せだったから」

「・・・そっかぁ」

マルクはじっとケルネを見つめて、何度か深く頷いた。


「私も、ケルネと一緒に、就職頑張ろうっと」

どこか吹っ切ったような様子に思えて、ケルネは尋ねた。

「・・・。マルクは何か嫌な事あったの?」

「え?」

ケルネが少しじっとマルクを見つめると、マルクもじっと見つめ返してから、ごまかすようにふっと笑った。

ケルネは思い切って、漠然と感じていた事を告げた。

「・・・思ってたんだけど、私と一緒にいると、マルクも良くないかもしれないから、だったら」

「そういうのは言いっこなしだよ。大丈夫、私そういうの上手くやれるから。ほら、精神年齢高いから? たぶん」


とても精神年齢が高いとは思えない。何かがひっかかる気がして、ケルネが首を傾げる。

マルクはそんなケルネに笑った。

「大丈夫、大丈夫。なんか、あれだよね。イセリ=オーディオ。お姉さんって、そりゃ、そうだよね。そうだよね」

「意味の分かる言葉を話してくれないと全然意味が分かんないのですけど」

「突然敬語になるクセ怖いー」


休憩時間はたっぷりある。貴族の皆さまは、授業と授業の間の時間ものんびり楽しまれるからだ。

すでに椅子に座ってボゥっとおしゃべりしながら待っているのは、ケルネとマルクぐらいだ。すでに2人は浮いている。


マルクは他にもお友達がいるけれど、いつもケルネと一緒にいる。ケルネを一番と決めているようだ。

初めマルクはその事について、「ちょっとした未練」などと言っていた。


未練の方は消えたのだろうか。マルクが隣からいなくなるなら、どうせなら早い方が良いとケルネは思う。

ずっと一緒にいて当たり前になって、それでいなくなってしまったら、酷く辛く寂しいのは知っているからだ。


「んーと、私もさ、なんでここに、なんていうか、生まれも、場所も、時間も、なんで私は『今』なんだろうって、思って・・・どうしようって思ったよ。会いたかった人はいないし、いても老けてるし、なんか、知らなかった事とか一杯だし」

「・・・」

マルクはマルクで、ケルネには分からないというか話されない事で悩んでいるのは察していた。


「『こんなはずじゃなかった』って、思う事ばっかり。こんなはずじゃなかった。もっと美人だったらよかった、せめて貴族がよかった、執事とか憧れたのにとか。ヒロインになりたかったなーせめてお友達とかで活躍見たりさぁ」

「・・・」

マルクが夢見がちなのは理解している。ケルネは無言で見守った。

「それで、恋愛したりさぁ」

うへへ、とマルクが気味悪く笑うのでケルネは冷たい目線で見守った。見守るのは得意である。


「恋愛なら、すればいいでしょ。マルクなら普通に恋愛できるよ。我が家の家族とは違うんだから」

「できない。期待値が高すぎて。この世の最高の布陣を知ってるからなんか気が乗らない」

「・・・? 最高の布陣とかいうのを求めればいいんじゃないのでしょうか」

「んーと、いやもうそれらは古いのですよ」

「ごめんね、私には聞く事しかできなくなってきたよ」

「それでいいよ。聞いてくれるケルネ大好き。一緒に幸せになろうね」

「・・・プロポーズみたいでなんか気味が悪いです」

ごめんね、素直にありがとうと言えない性格で。それにイセリちゃんを思い出してしまって辛いです。


「とにかく、頑張ろ。この世界に生まれてきてよかったーって、思いたいもん」

マルクはぐっと身をおこし、

「私、なりたい職業に効果的な授業の取り方とか分かるかもしれない! 任せて!」

などと急に顔を輝かせたのだった。

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