第1話 ケルネ=オーディオ
私は、イセリお姉ちゃんが、大好きだった。
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ケルネは、王都の質屋の、5人兄弟の末の妹だ。本名は、ケルネ=オーディオ。
長兄はイグザ、長姉はウイネ、次姉はイセリ、次兄はクルト。
普通妹というのは、甘えたでおしゃべりだったり、逆におっとりしているというけれど、ケルネは違った。
幼少時から、ケルネは、無言でじっと家族が皆でワイワイ言い合うのを見つめているような子どもだった。
黙っているから聡明だと思われるらしい。
とはいえ、どうやら年齢の割に大人びているそうでもあるし、記憶力と判断力もあるのかもしれない。
だとしたら、たぶん、色んなことに巻き込まれたせいだろう。
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大好きな次姉が家を出てしまったのは、遠い昔の日だ。もう15年経つ。
消息はしれない。手紙の一つでもくれればいいのにと願うけれど、何もない。
迷惑を家にかけたくないというイセリちゃんの気遣いなのかもしれないけど、やはり無事ぐらい、教えてほしい。
会いたい。
一体どこで、どうしているのだろう。元気だよね?
それを信じ続け祈り続ける。
次姉のイセリちゃんは、小さい頃にケルネにたくさんの話をしてくれた。
イセリちゃんは、一番初めに貴族の学校に行く事ができた人だ。
学校の様子は、聞いていて本当に楽しかった。お姫様や王子様がいく学校だなんて、夢みたいだった。
そして、イセリちゃんは、そこで運命の恋をした。
でも、周りには認めてもらえなかった。お相手が、オーギュット様、この国の第二王子様だったからだ。
イセリちゃんは、ものすごく嫌な事があって、学校を止めさせられて、一杯泣いていた。
家族みんなは、「馬鹿」「身の程をわきまえていなかった」とイセリちゃんの悪口をケルネに言った。
けれど、まだ幼かった日、イセリちゃんはケルネを抱きしめながら、本当に辛そうにいろんなことを話してくれたのだ。
「ケルネ、聞いて。ケルネだけ」
真実ケルネだけに話された、イセリちゃんの気持ちもあっただろう。
同時にケルネは、大好きな次姉がボロボロと泣く姿に多大なショックを受けた。
つまり・・・あの時から15年以上経ったというのに、ケルネは、次姉の話した言葉とその時の様子をしっかり覚えている。幼少時の記憶は、驚いたり衝撃を受けた時のものが残りやすい気がしている。
イセリちゃんは、最後の最後まで、オーギュット様が好きだった。
でも、もう迎えに来てくれない、他の人が好きになっちゃったのかもしれない。そう、泣きながらケルネに話した。
次姉は、諦めたのだ。あんなに好きだったのに。
当時のケルネは憤慨した。
約束しておいて、イセリちゃんを迎えに来ないなんて。イセリちゃんの方は、ちゃんと、ずっとずっと待っているのに。
第二王子オーギュット様は嘘つきだ。
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第二王子オーギュット様の謹慎が解けたと発表があったのは、次姉が王都を出た後になって、やっとだった。
家族はなぜかしんみりしていたけれど、ケルネだけは怒っていた。
どうして、次姉が王都にいたときに、謹慎を解かなかったのか・・・! あんなに待っていたのに!
さらにその数か月後の事だ。
お忍びの服装で、第二王子オーギュット様がオーディオ家の店に現れた。その時店にいた家族全員が驚いた。
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「・・・本当に、私のせいで・・・酷く迷惑をかけてしまった。申し訳なく思う」
フードを外し、顔をさらしたオーギュット様の整った顔立ちを間近に見て、家族は酷く緊張した。
「このように直接お声をいただき、このように謝罪を受けるような身分ではございません」
と父が慌てて謝罪を止めようとするのを、オーギュット様は首を横に振った。
「私がこのように来ることは、父や兄にも許可を貰っている。『お前が気のすむように』と言葉を貰った。ここにいる傍の者は、私の目付け役だ。私には、あなた方への謝罪が許されている」
「なんと畏れ多い・・・」
信じられないように父が呟く。
「私の、過ちで・・・申し訳なかった」
「・・・勿体ないお言葉で、ございます・・・」
軽く俯くオーギュット様よりも、父が、長兄が、母が、私が慌ててオーギュット様よりも深く礼を取る。ちなみに姉と次兄は外出中で不在だった。
オーギュット様は、酷く暗い顔で、家族に、店の中に目を遣った。
店内は、お客様がぐんと減っていたから、良い品物が本当になくて、見るからにさびれている。
オーギュット様は目を軽くつぶり、それから、目を開けて父に言った。
「・・・せめて・・・支援をさせてもらえないか。店が立ち行かなくなっていると聞く。・・・私の行いのせいなのだから」
「そんな・・・いいえ。これは私たちの才覚が足りないゆえのことでございます。畏れ多くも、第二王子オーギュット様からご支援などと・・・。もし潰れてしまうなら、それだけの店なのでございます。あなたさまに気にかけていただける価値などありません」
父は、オーギュット様の申し出を断ろうとした。
長兄はその言葉に、頭を下げたまま、少しだけチラと父の様子を確認したが、すぐにもとの体勢に戻った。
当時7歳になろうというところでまだ子どもだったケルネは、チラチラと顔を上げて、父や兄や王子様たちの様子を見ていた。




