第二十一話 対峙
「私、平民だけど、幸せになれるよね」
「もちろん」
イセリとオーギュットは会話を重ねる。
「あのね。私、平民出身になるから・・・だから思う事とか、いっぱいあると思うの」
「あぁ」
庭園を並んで歩く。そっと手を繋ぎ合っている。咎める人は誰もいない。気を使ったのか、近くには人がいない。少し遠くに何人かいるぐらい。
美しく咲き誇る花々に満たされる気持になりながら、一緒に歩く。
「身分の違いって、もう少し、緩まればいいなって、私、思うよ。だって、私はオーギュットがいてくれて、オーギュットが王子様だったから、こんな風に幸せになれるけど・・・。他の人も、身分ですごく悩んでいると思うよ」
「・・・そうかもしれないね」
オーギュットはイセリの言葉を静かに受け取り、一拍置いて、静かに答えた。
「身分制度自体は、必要だ。国の統制を取る必要があるからだ。国を管理する制度なんだ。・・・でも、イセリの言うように、それだけですべてが決められてしまうのも、いけないなと、私も思うよ」
「・・・うん」
オーギュットの真面目な話に、イセリはどこか感心したように頷く。
少し考え事をしているようでオーギュットがそのまま黙るので、イセリは思い浮かぶ言葉を話す。
「あの、私は平民だから、言うんだけど、たくさんの人がいるから、国としてやっていけると、思ったりして。例えば、例えばね。だから、皆を大事に、えっと、身分とか、そういうのじゃなくて・・・」
「あぁ」
一生懸命難しい事を言おうとするイセリを、おかしそうにオーギュットは笑った。
それ以上うまく言えないから、イセリも照れて笑ってしまう。
言いたいのは、貴族とか、そういうのより、皆幸せになると良いのに、という事なのだ。
庭園の風が気持ちよい。良い天気。
イセリは握った手の暖かさに満足する。
明日、発表のある日。
ドレスも、予想される流れも、発言を求められた時の言葉も、全部用意して貰った。
待ち遠しい。
***
煌びやかな装飾の施された大広間。
国王陛下や王妃様がおられる、壇上で。オーギュットが、兄である第一王子ルドルフに殴られ、倒れた。
その光景に、イセリは衝撃を受けた。
イセリのために用意された装飾ある衝立で区切られた場所からは、意図して作られた隙間から向こうがきちんと見える。
イセリは、席から立ち上がりかけた。
オーギュットが、呻いている。
どうしよう。大変だ。
先ほど、国王陛下が、オーギュットとユフィエル=キキリュク嬢との婚約を白紙に戻した。
そして、第一王子ルドルフ様と、ユフィエル=キキリュク嬢の婚約を発表したのだ。
しかも、そのまま解散だと、国王陛下が言った。
思わぬ流れにイセリは動揺した。オーギュットも同じだったらしい。オーギュットは勇気を持って指摘をしたのだ。
ユフィエル様、あの人は、イセリにさんざん嫌がらせをした。その事実を告げた。そして、そんな人は王家に相応しくないと、声を上げた。
そうしたら・・・第一王子ルドルフ様が、あろうことか、勇気ある発言をしたオーギュットを殴ってしまったのだ。
「あ、あ、あに、うえ」
オーギュットが茫然と呟いている。きっと心も痛がっている。
居てもたってもおられず、イセリは衝立から飛び出した。
「オーギュット!」
飛び出したことで、視界がパっと広がる。
多くの貴族たち。
あのユフィエル様もいる。私を見て驚いている。
排除したと思ったのに、私がここにいるからだ。
負けない。
オーギュットを助けなくちゃ。
***
イセリは勇気を出した。
今、きちんと言わないといけない。
身分が違うからって、言わないのは変だ。
当たり前の事を言わないなんて、間違ってる。そんなことしたら、身分の高い人に、誰も何も言えなくなる。そんな国は、正しくないと思う。
「・・・私、あなたに許してもらうようなことを、いたしましたでしょうか?」
「・・・え?」
勇気を出して対峙した相手、貴族令嬢ユフィエルの発言に、イセリは瞬いた。
この人は、一体、何を言っているのだろう。
「私は何も、致しませんでした」
その言葉に、イセリはカァっと自分の頭に血が昇るのを感じた。
嘘。嘘つき。
か弱いふりをして、お兄さんを、味方にしたんだ。
そんな弱い人じゃないくせに。
一杯、嫌がらせをした。
なんて、したたかな、嫌な人なんだろう。
こんな人が・・・!
「あなたは、私に嫌がらせをしました! 人のせいにするなんて最悪です! これが貴族だなんて! 自分のしたことを認めてください!」
断罪する気持ちで、イセリは言った。
ユフィエルがイセリを見下した。勇気を奮い立たせるイセリの熱を一瞬で凍らせるほどの冷たい視線だった。
イセリは瞬間に恐怖した。




