完成!高難易度アイドル曲
「では歌割を発表します」
歌唱指導の晴山メイサがメンバーの名前を読み上げていく。
ダンスにおいて高難易度、歌においても仕掛満載な新曲が、やっと完成する。
研究生も含め、全員一通りのパートを体験させた。
その上で、誰がフロントになるか、誰がバックコーラスになるかを、戸方風雅プロデューサーが決める。
次々と読み上げられる名前の中に、当然ながら
「第ゼロ列、つまり1列目より前の指揮者、天出優子」
という発表もあった。
「安心したところ悪いけど、カップリング曲の歌割も発表するよ」
名前が呼ばれたり、呼ばれなかったりで悲喜交々のメンバーだが、まだ終わりではなかった。
この新曲は、カップリング曲は逆回転曲。
だから同じレッスンで両方覚えられたのだ。
名前が読み上げられていく。
メンバーが驚き、かつ面白く感じたのは、カップリング曲での役割が表裏逆になった事である。
1列目メンバーの残像というか影の役割を2列目メンバーがこなす。
例えば、1列目照地美春、2列目帯広修子という、本来なら2人とも最前だろ!という起用ながら、カップリング曲の方では1列目が帯広、2列目が照地と入れ替わるのだ。
これで最初の発表の際、2列目とされたメンバーも納得する。
彼女たちもプライドがある。
コンサートでは後列でなく、最前で歌い踊りたい。
出来ればセンターを務めたい。
2列目発表で不満を持ったメンバーも、意図を理解出来た。
1列目メンバーも、実は内心ホッとしていた。
いくら指揮者付きの曲で、歌い出し動き出しは指揮されるとはいえ、中々に気を使う曲である。
ずっと緊張するより、後ろに下がった方が気が楽だ。
そんなの「選ばれた者の贅沢な悩み」と言われるのだが、今回の曲に関しては誰もそんな事は言わない。
ゆえに「アイドルなら誰でも一番華やかな場所で歌いたい」と「ずっとそれだと緊張し過ぎてもたない」を解決した歌割であった。
一方で、センター2人、つまり歌の主役発表は皆を驚かせた。
李友里と安藤紗里という抜擢である。
顔や歌より、ダンスが上手いメンバーというものだが、二人とも初の大役となる。
カップリングは、カウンターパートがセンターとなり、寿瀬碧と斗仁尾恵里が選ばれる。
この二人も初のセンターだ。
そして真打ちというか、メンバーを驚かせたのが、カップリングの指揮者から優子が外され、馬場陽羽が選ばれた事である。
指揮者もパフォーマーに組み込まれた中で、優子の方が上手いのは確かだ。
前世が前世なだけに、指揮は堂に入っている。
しかし
(この曲は、天出優子ありきの曲ではない)
という強い意志が働き、前リーダーの抜擢となったようだ。
「ではこの歌割でレコーディング始めますので、順番にブースに入って下さい」
人員配置も決まり、公表までの道を歩み始める。
新曲はメンバーがパーソナリティをしているラジオ番組で初披露された。
新曲は大体こんな感じである。
本来、レコーディングが終わって振り付け入れの猛特訓になるから、新曲発表時にはまだダンスパフォーマンスは見せられる段階にない時が多い。
しかし今回は違う。
ダンスが真っ先に充てられ、歌割がそれに合わされ、その後にレコーディングであった。
ダンス含めて全部見せられるから、テレビ番組での初披露でも良かった。
それでも運営陣は、あえて平凡な、いつものルーチンでのお披露目をする。
故に、ファンは多少変わった作りの繰り返しはあるが、いつも通りの曲と受け止めていた。
最初の衝撃は、カップリング曲も同じ放送内で披露された後に来る。
その曲を聴き流してしまったファンも多い。
多少「?」と違和感を覚えつつも、その正体にすぐには気付かなかった。
だが、勘が良い一部のファンが、驚きをSNSにアップする。
>これ、さっきの新曲の逆回しじゃね?
それで一気にヒートアップが始まった。
ラジオのネット配信フリータイム版から検証がなされ、逆回転の方はキーやテンポが若干違い、それが印象を変えている事等が語られ始める。
また、歌声からメインで歌っているのがごっそり入れ替わっている事も分かる。
まあ、こういうのは熱しやすく冷めやすい。
ネットで盛り上がっている内に二の手を打つ。
それがライブでの初披露だ。
「先日ラジオで宇宙初オンエアされた、私たちの新曲です!
それではいきます!」
リーダー辺出ルナの挨拶から、天出優子が一歩前に出て客席に向かい、指揮者の態度で一礼。
そして手を動かして歌が始まった。
(観客の視線を背中で受けるのは久しぶりだな。
転生してアイドルとなり、声援を正面から受ける。
それも新鮮で気持ち良かったが、こうして背を向けて演奏するのも良いものだ)
初披露の新曲を、ファンたちはじっと見ている。
噂の新曲のダンス、こちらの方が難しそうだ。
普段は推しメンバーばかりを追いかけるファンの中にも、今日は全体を眺める事が多い。
そして曲中、一旦全ての音が消え、ステージ上のメンバーも時が止まったかのように停止する。
いきなり訪れた静寂。
沈黙が次第に緊張というか、不安のようなものを掻き立てる。
それが、カツ、カツ、カツという指揮者・天出優子が足で鳴らす音によって破れ、時は再び動き出す。
動き出した時は、次第に加速していった。
そしてサビ前。
指揮者が優雅に歌いながら歩き出す。
今まで背中ばかりを見せていた天出優子が、客席に顔を見せた。
(あれ?
あの子、あんなにキラキラしていたか?)
と思わせてしまう、充実した良い笑顔がそこにあった。
そんな優子も合唱するメンバーの中に入り、全員で決めポーズをして歌が終わる。
起きたのは歓声ではなく、拍手。
なんか知らんが、凄いのを見せられた気分で、ファンも度肝を抜かれていた。
拍手の中が鳴り続く中
「ミハミハ〜!」
「俺のルナ〜!」
「馬場陽羽さ〜ん!」
と掛け声が飛び始めた。
緊張が一気に解ける。
今度は馬場陽羽が一歩前に出て
「皆さん、新曲どうでしたか〜?」
とコール。
「良かった!」
「カッコいい」
「凄い!」
とレスポンスがくる。
馬場は頷きながら、二の矢を放つ。
「皆さん話題にしてくれたみたいですが、カップリング曲もあります!
この曲にも仕掛けがあるって、皆さん知ってますよね?」
「はーい!」
という声と、完全初見でざわざわする声とが聞こえて来た。
「それでは続けてお聞き下さい。
『Re:BIRTH』!」
その場で馬場が右手を大きく上に挙げた。
振り下ろすと共に音楽が流れる。
ファンは、この曲の指揮者が馬場陽羽であると理解した。
彼女の指揮は、踊るような流れで一個のパフォーマンスになっていた優子とそれとは違い、力強くキビキビし、彼女のアイドル人生そのもののように一生懸命で基本に忠実だった。
それが味となる。
さっきのダンスとは逆回し。
静寂部分は同じように訪れるも、馬場の指揮バージョンはギリギリまで待たずに、すぐに音が鳴り始めた。
逆回転の曲とはいえ、全て同じものを組み直したわけではない。
こちら用の振り付けもあるし、アレンジもしてある。
そして曲が終わると、指揮者位置の馬場陽羽はファンの方に初めて向くと、スカートの両裾を持ち上げての礼をした。
指揮者らしく胸に手を当てての優子の礼とはまた違う。
カップリング曲にも拍手と歓声が湧き上がった。
新曲のお披露目は成功した。
運営はすかさず第三の手を打つ。
拍手が終わるのを待ち、馬場が言葉を放った。
「今日初披露の新曲、『素晴らしさに溢れた日々』と『Re:BIRTH』、この後今日21時、動画配信サイトにてMVが公開されます!
皆さん、観て下さいね!」
公開されたMVは、ライブでのパフォーマンスよりも更に映像的に作り込まれていた。
そしてスケル女は
「こういう一個の特撮映画みたいな曲も出せるんだ」
という評価を受けた。
彼女たちは、プロデューサーの願い通り、一段上のステージに上がったのである。
おまけ:
観客A「でもさあ、凄い曲だったけど、あれ口パクでしょ?」
観客B「口パク、どうでも良いよ。
ありゃ、歌いながら踊れる曲じゃねえ」
観客C「生歌にこだわるなよ。
素直に凄かったって認めりゃいいんだよ」
灰戸洋子「……という声が聞こえて来たので、いつかは生歌でやりましょうね!」
メンバーは無言で「無理」と答えてますが、果たしてどうなる事やら。




