高難易度曲
「新曲のレッスンを始めます」
振付師KIRIEがいつも以上に厳しい表情をしていた。
以前から戸方風雅プロデューサーが考えていた高難易度曲が、形になって来たのである。
まず基本となるダンスを指示する。
スケル女メンバーは拍子抜けしていた。
以前のジャンプ後にバタバタしていたり、指先まで神経を使って、全員でシンクロさせる事が出来なかった時代なら大変だったろう。
しかし、それら全てをクリアし、バレエや新体操の動きも出来るようになった今、ダンスは基本形の集合にしか見えない。
確かにリフトして、ジャンプしたメンバーを空中で支えるような振り付けもあるが、手足に重りをつけて鍛え、スタミナだけでなく筋力も付けた今、苦にはならないものだ。
一通り基本の動きを最初から最後までマスターした後、歌唱指導に入る。
(普段とは逆だな)
メンバーは一様にそう思った。
普通は、歌を覚えてから振り付けに入る。
レコーディングして、1列目から3列目の選抜があり、それから振り付けがされる。
前々回の曲では、3曲の重ね合わせで1曲になるものだった為、それぞれのチームに分けられてから、ダンスが指示されたものだ。
(これは何かあるな)
古参メンバー程、いつもと違うレッスンから感づく。
要は、ダンスを一通り覚えてからレコーディングする事で、ダンスとどう繋がるかをイメージしろという事だろう。
「え?」
自身が作曲家でもある天出優子は、この曲のリズムがおかしい事に気づいた。
輪唱部分が多い。
そのカノンも、ただの繰り返しではなく、ある部分では極端なスローになっている。
また、スタッカートを多用し
(これでは歌がブツギリされるだろう)
と感じる。
更に、一小節分もある休符。
かと思えば「速く」から「急速」になる箇所もある。
(転調が多過ぎる。
ダンスする時に、リズムが変わり過ぎて戸惑うな。
だから、ダンスが先だったのか。
基本を先に覚え、転調によって乱れないよう反復練習し、歌と動きを同調させるんだな)
奇を衒い過ぎていると感じる。
だが、次にカップリング曲を渡され、更に意図が見えて来た。
カップリング曲と言って良いか、分からない。
この曲は、新曲「素晴らしさに溢れた日々」と歌詞が同じなのだ。
違うのは歌詞の並び。
この曲「Re:BIRTH」は、「素晴らしさに溢れた日々」の最終章から始まり、冒頭に戻って収束していく。
いわば逆回転し、巻き戻されているのだ。
(そうか!
ダンスもパターンが逆になるんだ!)
やけに基本の繰り返しが多い振り付けだった事に納得がいく。
振り付けA→B→Cという「素晴日々」が「リバース」ではC→B→Aとなる。
複雑過ぎる動きでは覚えるのが困難だ。
更に「素晴日々」は、例えばBパートにおいて、ノーマルB→緩やかB→スタッカート多用B→休符→アレグロB→プレストBというカノンがあったりする。
(久々に簡単な曲が来たかと思ったけど、こりゃエライ大変な曲じゃないか!)
優子と同じような事に、他のメンバーも早かれ遅かれ気付いていった。
「歌とダンスの基本は覚えて来たな?」
基本部分を示されてから一週間後のレッスン日、そこにはKIRIEと歌唱指導の晴山メイサが揃っていた。
「じゃあ、応用に移るよ!」
「まずは普通のリズムからね。
馬場(陽羽)、李友里、天出前に出て。
まずこの3人に踊ってもらいます。
先頭は馬場、1.5列目に李、1.8列目に天出で並んで)
(1.8列目って何だよ?
1.5列目ならまだ理解出来るけど、細か過ぎる。
まあ2列目までは下がらないって事だよな)
等と思いながら配置についた。
「動き出しは馬場から。
李は3分の1テンポ遅れて。
天出は更に3分の1テンポずらして」
そうして動かしてみると、残像を残した一人の動きのように見える。
「次は、李がそのままで、馬場は前に出て、天出はやや後ろ、1.9列目あたりに下がって」
またも細かい指示。
まあ、意図は通じる。
真横から見せていたものを、斜めから見せる形に変えたのだ。
「ここからスローテンポ」
「同じように3分の1ずつズラして」
(無茶を言うな!)
ただでさえ転調により、馴染んだリズムからズレるのだ。
その上、更にちょっとずつ遅れた動きになる。
ダンスは上手いと言われる3人でも苦戦した。
それでもどうにかOKを貰えるダンスに仕上げる。
「次はカクカクした動きにしよう」
スタッカート多用部分である。
「はい、そこ指先まで神経使う。
止まっている瞬間、ブレない。
止まっているから、誤魔化し効かないからね」
ここは何となく予想は出来た。
しかし、予想出来たからと言って、思うように動けるかは別問題である。
3人で少しずつズラした振り付け。
ズラしていながらも、同じリズムでカクカクさせる必要があった。
「そのまま停止」
スタッカート部分は、1小節丸々休符部分に直結する。
「そのまま、体は止めたまま、つま先と踵だけで全員一列目に立つ」
斜めから横一列に並び替えるのだ、上半身は停止させたまま。
バレエには「パ・ド・ブーレ」(pas de bourrée)という、小刻みに足を動かして滑るように移動する技法がある。
スケル女メンバーにバレエの動きを習わせたのは、これに使うつもりだったからか、と合点がいった。
「横並びになってからは、動きを高速化」
「ダンス速いけど、雑になったらダメ」
「速いからこそ、滑らかに!」
色々と注文をつけられながらも、ダンスが得意な3人はどうにか踊り切った。
「じゃあ、ちょっと休憩。
待っててね」
と言い残し、二人のコーチは一旦退出する。
踊らされた3人はヘトヘトになっていたが、観ていた他のメンバーもげっそりした表情になっていた。
「あれを踊るの?」
「無理だよ」
「何かあるとは思っていたけどさ。
難し過ぎない?」
「アイドルの楽曲じゃないよね」
実際に踊った3人はしばらく口を利きたくなかったが、その周囲で皆が色々と文句を言っていた。
「よーし、皆、こっちに来て」
モニターを用意しながら、KIRIEが皆を呼んだ。
「じゃあ、繋ぎ合わせたらどんな風になるか、観てみよう。
これでダンスの意図が分かるんじゃないかな」
そうして編集ホヤホヤの動画、3人のダンスに新曲のマスター音源を重ねたものが披露される。
「あ!」
暮子莉緒が気づいたようだ。
次いで、灰戸洋子も
「そういう事か……」
と理解したようである。
2人の過去の少年漫画好き(片方は否定しているが)が気づいた事、それは必殺技を出す際のストップモーション演出、あるいは動きを全て見せる残存演出を作り上げた事だ。
人間、人間の能力を超えた技は使えない。
しかしCGやコンピューター処理が発達すると、マト●ックスのように、弾丸の軌道をスロー表示させながら回避するムーブを見せたり、逆に残存と共に高速の動きを表現出来るようになった。
実写映画ではコンピューターによる処理が必要だ。
しかし、漫画やアニメーションの世界では、割と描きやすい。
ボクシングやバスケットボールの漫画で、一コマずつ動作を切り取り、過程を詳しく見せたかと思えば、次のコマではダイナミックに吹っ飛ばしたり、派手なゴールに繋げたりする。
レッスンでのぶつ切りでは分からなかった。
だが、繋げてみるとその意図が理解出来た。
一人なら無理な表現を、3人でやっているのだ。
「戸方先生が言ってたけど、まだ完成形じゃないそうです。
分かったと思いますが、繰り返しはやり過ぎるとクドくなります。
テンポ良くなるよう、試行錯誤するようですが、皆はどんなバージョンが来ても対応出来るよう、体に叩き込みましょう」
(無茶言わないで下さい……)
観て楽しい表現の裏側、やってる側は大変。
この先の苦難にげっそりした表情のメンバーの中、息が整った3人にコーチ陣が声を掛けた。
「じゃあ、Re:BIRTHバージョンいってみようか!
動きは逆回転で。
胸に当てた手を前に出す、幸せ放出の振り付けが、今度は前から胸に持って来る、抱きしめの振り付けになります」
「あ、この曲、難易度高いから口パクでいく予定だけど、試しに歌いながら踊ってみます?」
馬場陽羽、李友里、天出優子の3人は図らずも声を揃えた。
「「「一旦整理させて下さい!!!」」」
やる事が多くて、処理が追いつかない3人であった。
おまけ:
分かりやすく書くと、ジョジョの特殊OP、
3部の時間停止、
4部のバイツァダストによる巻き戻し、
5部のGERによる多重残像
を生のダンスでやってみよう、というものです。
以前、戸方Pが言っていた「四次元の表現」。
こいつら全員、第四の軸である時間使いですので。




