反省会
「……なんで関係ない奴らまでいるんだ?」
天出優子の同級生で、親族が伝統芸能の重鎮、そのドラ息子の家に、一連のミュージカル対決で競い合った面々が集まっていた。
「ここが一番広いし」
「無料だし」
「他人に迷惑をかけないから」
堀井真樹夫、武藤愛照が相次いで答え、優子は同席しているドラ息子の兄にアイコンタクトをしながらそう言った。
「いや、俺に迷惑かけてるから」
そう言うドラ息子に、スケル女の帯広修子、安藤紗里、斗仁尾恵里、更にフロイライン!研究生や、優勝した劇団の練習生でもある同級生らが恐縮している。
「あ、この馬鹿が言ってる事は気にしないで。
兄である僕が、稽古場の貸し出しをOKしてるから」
と、こう言われては、普段のスクールカースト上位なのも形無しだ。
まあ、同級生以外も多数居るから、カーストとか通じてはいないのだが。
「で、今回私たちは、お互いの舞台って観てないじゃない。
こちらのお兄様経由で、テレビ局が撮った未編集の動画貰えたから、皆で観て意見交換しようって事です。
こちらのお兄様からも、プロの目での意見を聞きたいので」
優子に言われ、ドラ息子の兄は胸を張った。
この兄は、伝統芸能だけでなく、テレビドラマや映画、更にはミュージカルや海外から招待されての舞台出演もする重鎮なので、その意見は参考になるだろう。
本人は
「僕の実力以上に、家柄や人脈がものを言っているだけだよ」
なんて言っているが、弟のドラ息子と違って嫌味が無い。
全員の予定が合った奇跡的な日だが、この日は朝から晩まで演劇映像の鑑賞三昧だった。
飽きた人も中には居たが、基本的には芸能の世界に身を置く、もしくな置こうとしている人たちである。 90分前後の芝居で、途中ダレる事はあっても、ちゃんとお互いから勉強していた。
「いや、武藤さん、上手いね。
これは凄いよ、大したもんだ」
この回の言い出しっぺ、優子が愛照を真っ先に褒めた。
「だろ?
猫を被ったキャラでの歌い方より、こっちの方が魂に響くっていうか……痛え、つねるなよ」
(ここには研究生仲間も居るし、私のキャラ潰さないでよ!)
「あれ?
武藤、あんたの本性、まだバレてないと思ってんの?」
「キャラ徹底は凄いけど、うちらの中で潰されない女が、か弱い奴だとか誰も思ってないから」
すかさずフロイライン!研究生仲間からツッコミが入る。
むしろスケル女メンバーの方が
「いつも会う時は可愛い系だったし、意外」
「こういう悪役キャラも出来るんだ」
と新鮮な驚き方をしていた。
「自由音楽同盟(FMs)のミュージカル、ちょっと激しく動き過ぎで、落ち着かない気がするね」
堀井が話題を変えてみる。
何故ここに居るのか、ずっと合点がいかない表情だったFMsメンバーだったが、これを皮切りに愚痴が溢れまくった。
「この対戦、最初から参加していたスケル女、フロイライン!と違って、うちらいきなり言われたんですよ。
話を聞けば、勝手に大事にされたみたいで、そちらにも同情するけど、うちらの苦労はまた違うんですよ」
と事情を話し、限られた時間の中で、出来るだけ持ち味を活かし、かつ「演技をしなくても良い」形に練り上げていった裏を溢しまくった。
「今の話、僕にも参考になった」
中学生たちの会話に口を挟まずにいた、伝統芸能の兄の方が、FMsのメンバーに声をかける。
「舞台やってると、諸事情で役者が急遽降板、代役を立てる事はよくある。
役者は職人だから、一晩で台本覚えて合流するから、今まで君たちが言ったような事は考えなかった。
だけど、その代役が大手事務所からねじ込まれた、大根……失礼、演技を本職としてない顔だけのタレントとかだと、どうやって教え込もうか、苦労したものだ。
そうだよね、演技させなければ良いんだ。
その方が迷惑掛からない。
あの棒読みや抑揚過剰、がなり立てるだけの三文芝居以下、茶番にすらならねえ演技で、どれだけ品位が下がった事か……」
上品に見えても、この兄も割と口が悪い。
不満をひとしきり吐くと
「まあ、監督や演出家の裁量だから、これ以上は言わないでおくよ」
と話を終えた。
「そのプロの厳しい目を持った、お兄様の忌憚無い意見を聞きたいんですが」
優子が話を振る。
「いや、僕は結構毒舌だよ。
忌憚無いは、やめておいた方が……」
「お願いします」
「既に運営の方から駄目出しされて、メンタル鍛えられました」
「泣くかもしれませんが、厳しい意見は歓迎です」
「僕たちも上手くなりたいので」
他のアイドルや劇団員も頭を下げた事で、兄は「やれやれ」といった表情で口を開いた。
「演技が未熟なのは、仕方ない。
今回は、未経験者たちがどう作り込むか、どういう脚本を書くか、がキモだから、それを話すよ。
ハッキリ言って、観たい劇を作ったのは、劇団がやってるやつだけだったね。
伝統芸能の演目もそうだけど、良いものが必ずしも観たいものじゃねえんだ。
真夏に忠臣蔵なんて演じたら、てめえ季節考えやがれってどやされるもんだよ。
難しいテーマやっても、そりゃ自己満足ってやつだ。
まあ、本来それで良かったのに、勝手に祭りにされちまったんだかは、仕方ねえかもしれねえ。
短期間に、上手く観たい劇にまとめた劇団の方は、流石本職って感じだよな」
聞いていて内心赤面している劇団員。
彼らは、本当は素人脚本ではなく、大人が手直しして原型を留めていない脚本を使ったのだ。
ルール違反なのだが、テレビ局からの指示のようで、「演劇集団がアイドル芝居に負ける」のを阻止する為のものだった。
だから、作り込む試行錯誤も無く、彼らは演技だけに集中したのであり、出来が良いのはある意味当然と言えた。
「あとなあ、観客の期待って点で見りゃ、スケル女もフロイライン!もFMsも駄目だな。
名前忘れてすまんが、もう一つの方が良かった。
客は牛丼食いに来たんだ。
それにちゃんと牛丼出したのがここで、優子ちゃんのとこはステーキを、愛照ちゃんのとこは焼きカルビ定食を、FMsは焼き鳥丼を出したって感じだ。
過去に忠臣蔵を、現代視点で書き直したのを演った事あるんだ。
映画は売れたよ。
でも歌舞伎じゃサッパリだったね。
客は『この鮒侍が!』『此度の遺恨覚えたか?』『殿の御無念晴らします』『吉良殿、御首頂戴奉る』ってやり取りが観てえのさ。
場合によっちゃ、一字一句変えちゃならねえ。
それが客に合わせるって事さ」
その後、優しい口調に変わる。
「忌憚無くって言われたから、厳しい事も言っちゃいました。
君たちは今回が初めてなんだよね。
僕が君たちの年齢の時、そんな事考えもしなかったよ。
だから、完成させたってだけで勝ち負けは無いよ、本当はね。
でも、次に繋げたいなら、芸術ってのは観る人あってのもの、その意識も忘れないで欲しい。
自分が書きたい脚本書くのは良いさ。
でも、それが世間にウケるかは運次第。
死んだ後に再評価とかでも良いなら、それで良いと思うし、それ覚悟の芸術家だって多い。
でも、多くの人に観てもらいたいなら、客の事も知らないとな。
大した事言ってないけど、市場調査、マーケティングってのはしといた方が良い。
今回、普段アイドルのライブに来る、君たちが把握してる客層とは違った人たちも観た。
劇団の方も、アイドルのファンが観ただろう。
そうなった場合、いつもので通すか、変えていくか、戦略を立てて書かないとね」
勉強になった人も居る。
参考にはなるが「やはり自分には向いてない、音楽だけにしよう」と見切りをつけた人もいる。
天出優子は、言われた事は大体分かってはいたが、やはり自分は「良いもの」を作ろうとしていて、「観客向けのもの」にしていなかったと気付かされた。
だが、彼女はただ観客にウケるものを書く気は無い。
おそらく伝統芸能の兄も、客媚びしろとは言っていない。
自分好み、あるいは自分たちの特技や素に合わせた劇に対し、客の事も考えないといけないよ、と言ったのだろう。
(自分が納得する芸術の高み。
観客が好むもの。
すり合わせるのは、中々大変だが、それが面白いんだよね)
それが今回彼女が得た収穫であった。
おまけ:
ワーグナー「勇壮で豪華なら客は観に来るぞ!」
チャイコフスキー「優雅、華麗さこそ重要!」
シェイクスピア「難解な言い回しでも客は着いて来ます」
神の使い「いや、あんたらの舞台、客を選びまくり、その世界観に着いて来られた人が有り難がるものに変わってるじゃないか……」
三人「「「それの何が悪い???」」」
いやまあ、オペラ、バレエ、シェイクスピア舞台はなんかそっち系趣味の人たち専用になってるな、と思ったりしてまして。
ポップミュージックも、大衆化ではなく、そのジャンルのファン・ヲタクで固まるブロック化してるから、最近はこの流れなのかな?




