人の口に戸は立てられぬ!
「話は聞いた!
天出さん、貴女ミュージカルを作るんですって?」
「待て!
どっから聞いた?」
「フロイライン!の先輩経由よ」
「フロイライン!って事は、強オタクの灰戸洋子からか……」
中学校の芸能クラスで、二人のアイドルが会話をしている。
「私じゃないから!
私の同期が作りたいって言ってて、私はその添削って言うか……」
「え?
天出さんが曲作るんじゃないの?」
「いや、作曲担当は斗仁尾恵里って子なんだけど……。
なんで話に混ざって来たの? 堀井君」
毎度、どこからともなく会話に加わって来たのは、若手世界的ピアニストの堀井真樹夫である。
(聞き耳立ててたのかな?
世界に名が知れた人なのに、ストーカー気質?)
武藤愛照が内心毒づいている。
だが、聞き耳を立てていたのは、堀井だけではなかった。
(天出の奴、うちに見学に来たのはそういう魂胆だったのか?
あの音楽の化け物が、役者なんかするはずが無いと思っていたが、まさか作る側になるとはな。
祖父ちゃんが言うように、大したタマだよ)
伝統芸能のドラ息子が、真面目な表情で会話を聞いている。
同じ女子同士の会話に入るのでも、堀井は軽く注意されるだけだが、自分は変態呼ばわりされるから、少し離れた場所で無関係を装いながら聞いていた。
「よし、演劇勝負よ!」
「へ?」
「分からない?
天出さんのミュージカルに対抗して、私もミュージカルを作るって言ってるのよ!」
「私のミュージカルじゃないし……。
ていうか、武藤さん、作曲とか出来るの?」
「だーかーらー、そういう人を馬鹿にした言い方やめなさい!
悪気なくても、凄く上から目線で馬鹿にしてるように聞こえるから」
「それはごめん。
で、どうなの?」
「無論、作れない!
だから、よろしくね、堀井君」
「僕?」
「女の子の会話に勝手に入って来たんだから、責任取りなさい。
それに、あんたも天出さんとは勝負したがってたじゃない」
「あー、堀井君なら作曲は出来るね。
別に交響曲を作れって言ってるわけじゃない。
オペラのアリアよりももっと短いし、歌詞ももって回った言い方をしない。
だから、教えた事の十分の一でも実践出来たら良いからね」
「そういう事なら、勝負させてもらいます」
「返り討ちにして差し上げますわ」
この流れに入って来た者がいる。
「待て待て、お前ら!
演劇をそんな簡単に考えるんじゃねえよ!」
「出た、変態」
「お巡りさん、こいつです」
「君ねえ、人の話にそうやって割り込むものじゃないよ」
「てめえが言うな、堀井!
てか、この扱いの差、酷いよな。
まあ、いい。
お前ら、芝居の脚本書いた事とかあるのかよ?」
「ない」
「ないな」
「私はオペラで結構書いてる」
「天出は黙ってろ。
そこの2人だよ。
脚本のフォーマットも知らない癖に、一丁前に劇を作るとか言ってるんじゃねえよ」
「なによ、止めろって言いたいの?」
「君の言い分は一理ある。
だが、勉強すればどうにかなるだろう?
誰だって、最初は初心者だろう」
「そんな初心者の脚本、演出、芝居で、この天出に勝てるって?
笑わせんじゃねえ。
こいつに勝つには、俺の協力が必要じゃねえのか?」
「結構です」
「いや、待って、武藤さん。
いつもの他人を見下した表情じゃなく、真剣な表情だ。
言ってる事も理にかなっている。
もっと詳しく教えてくれないか?」
「天出と勝負したいって思ってるのは、お前らだけじゃないんだよ。
それに、何かを創作してみたいって思ってるのも。
俺は伝統的な芸を、代々受け継がれた脚本を、継承を望む者たちの為に受け継ぐ。
だけど、新しい芝居だって作ってみたいんだよ。
許されるのは学生の内だけだ。
だから、つべこべ言わず、俺にもやらせろ!」
「うん、良いんじゃないかな?
歌と演技の武藤さん、曲の堀井君、脚本・演出のそこの馬鹿。
3人がかりなら、まあまあ良い勝負になるんじゃない?」
「またその上から目線、本当にムカつく!」
「今回は同感だ!
協力を頼む!
一緒に天出さんをギャフンと言わせよう!」
「てめえと手を組む事になろうとはな。
だが、共通の敵の前だ、そんなの関係ねえ。
俺の力を貸すから、てめえも全力を出しやがれ!」
「利害を乗り越えよう!」
「私たちが力を合わせれば、きっと勝てる!」
こうして、何故かミュージカルを作って、どっちが良い作品になるかの勝負が決まった。
(この流れ、なんか私が悪役になっているように思うんだけど?)
本人が無自覚なのは、いつもの事である。
クラスでも目立つ彼等だが、それ故に優子以外の3人も鈍感になっている事があった。
こんな大声でしている会話、他の生徒にも聞かれてしまっている。
それでも「聞かれたところでどうでも良い」、彼等はそんな風に高を括っていた。
ゆえに、クラスのドアからこちらを覗き込んでいた人影が、スッと消えていった事に気づかない。
「研究生の武藤、ちょっとこっちに来なさい」
レッスンに行った武藤愛照を、フロイライン!リーダー比留田茉凛が呼び出す。
(怖いなあ……)
この女性、「皇后」という異名を持ち、いざという時の威圧感は男性も一目置く。
とはいえ、内心の恐れを表面には出さず、にこやかな表情で
「何でしょうか? 何か良い事ですかぁ~?」
と返す愛照も大した女性である。
「貴女、勝手にスケル女とミュージカル対決を決めたんですって?」
「違いますよ。
グループは関係無いです。
単にクラスメイト同士の対戦ごっこみたいな……」
(トンッ)
比留田が机を指で強く叩く。
思わずビクっとする愛照だが、笑顔は崩さない。
「怒らないで下さいよぉ。
本当にグループ間の対抗戦なんて、そんな事するつもりは無いですぅ。
……ていうか、私にそんな権限ありませんから」
最後の台詞は素が出ていた。
比留田は告げる。
「私がなんで知ってるか、理由を知りたい?」
「えー?
うちらのファンの、灰戸さん経由で聞いたんじゃないですかぁ?」
「違います。
プロデューサー経由です。
貴女、世界的ピアニストと、伝統芸能の御子息を巻き込んだでしょ?」
(御子息?
ああ、アレか)
「ああ、はい、クラスメイトですからぁ~」
「どうしてそんな事をしたの?
両方とも、何かすればマスコミが動く子たちだよね」
「はい、だから内々で脚本勝負するくらいの事だったんです。
あの二人も、どっちかというとあっちから巻き込まれに来ていて。
私は曲さえ書いてもらえば、それで良かったんですよ。
誰も大きな、他人を巻き込んだ勝負なんかする気は無かったんですぅ」
「本当にそれだけの理由?」
「そうですよぉ。
それ以外に何があるんですかぁ?」
「ふむ……」
比留田から怒りのオーラが収まっていく。
少し考えてから説明を始めた。
「伝統芸能の関係者を通じて、話があったのよ。
これこれこういう対決をするから、池袋の劇場を抑えたってね。
それでプロデューサーが
『そんな話は知らない』
ってなったの。
話を詳しく聞いたら、貴女が首謀者だって言うじゃない。
独断専行で勝手な事をした場合、軍律に照らし合わせて処分が妥当よ。
でも、聞いた感じ、クラス内での話が勝手に大事にされたみたいね」
「ええ、そうなんですかぁ?
それ、迷惑な話ですぅ」
(あの馬鹿が余計な事を親に言ったようだな……次の登校日、〆てやる。
腕力じゃかなわないから、下剤でも飲ませてやるか……)
「事情は分かりました。
それで、貴女には残念なお知らせです」
「え? 何ですか?
怖いですぅ~」
「対抗戦は、それを仕切りたいテレビ局が現れました。
BS放送ですが、この対決は全国に流れます。
本当に、お金になりそうな案件にはすぐに食いつきますねえ。
そんなわけで、貴女は負けられなくなりました。
勝ち負けは時の運とは言いますが、情けない負け方は私たちの名誉に傷をつけます。
しっかりやりなさい」
「はいっ、頑張ります!」
(なんだそりゃ、勝手に大事にして、こっちはいい迷惑だ)
「研究生を何人か、役に起用して下さい。
フロイライン!としても、貴女に任せっぱなしというわけにはいきません」
(本当に大事になって来たなあ……)
大事化はこれに留まらなかった。
芸能クラスには、他のアイドルグループや劇団員もいる。
伝統芸能のドラ息子が大声で喚いた為、一連のミュージカル対決はクラス中の知る所となっていた。
そして、BS放送されるという情報が流れると
「勝てないかもしれないけど、うちのアイドルグループでもミュージカルを!」
「アイドルグループが何を言っているか!
本職の劇団の力を見せてやろう!」
と張り切られてしまい、いつしか
『全員未経験、新人脚本家たちの挑戦! 若き才能によるミュージカル対決!!』
と銘打つ一大イベントに格上げされたのであった。
おまけ:
あの世にて
ワーグナー「よし行くぞ!」
チャイコフスキー「腕が鳴りますな」
ビゼー「自分も!」
バルトーク「下界は久々だな」
神の使い「張り切っているようだが、神の御許からの外出許可は下りてないからね!
転生もそうだが、生きている人間に取り憑いたり、夢枕に立つ事も禁止です!
……って、シェイクスピア先生、何をする気ですか?」
シェイクスピア「いや、折角モーツァルトと戦えるんだ。
脚本を書く誰かに、私の啓示を与えようかと思ってね。
地上には行かないよ、あくまでも天啓って形でね……」
さて、一体どうなる事やら。
おまけの2:
ドラ息子「冤罪だから!
俺から親父とか兄貴に頼んだとか、マスコミに内情バラしたとかしてねえから!
だから、もう一服盛るのはやめてくれ!」
(トイレの中から悲痛な叫び)




