アイドルがいる家庭
「ただいま〜」
「ねーちゃん、遅いぞー!!」
「ぐはっ」
久々にレッスンも、誰かとの放課後交流もなく、下校即帰宅した優子に、天出家の二番目の子が全力アタックして来た。
彼の名は天出斗真。
優子の6歳下の弟で、ヤンチャ盛りの小学2年生である。
姉ちゃん大好きっ子だが、アイドルデビューして多忙な上に、中学生ゆえにそれなりに放課後も何かしている姉と中々遊べず、寂しかったようだ。
だから久々に明るい内に帰宅した姉めがけて突進し、その頭が鳩尾のいい所にヒット、優子を悶絶させたのだ。
悪気は全く無いが、それでも8歳の悪ガキは、姉が痛がっているのを見てゲラゲラ笑っていた。
「斗真!
お姉ちゃんに謝りなさい!」
「えー?
ねーちゃんがドンくさいのがいけないんだよ」
そう言い放った直後、彼は頭を鷲掴みにされる。
「斗真……。
あんた、結構体重増えてるから、衝撃がシャレにならんのよ。
幼稚園の時みたいに、受け止められないって、何回も言ってるでしょ!」
そう言うと、優子は弟を引き倒し、そのまま回り込んで両足を掴んで拡げ、股間に自分の足を当てるとグリグリし出した。
「必殺、『地獄の門』!
これを食らう者、一切の望みを捨てよ!」
「ねーちゃん、ギブ、ギブ、やめてー!
ギャハハハハハ」
まあ、技の掛け手も受け手も本気ではない。
食らってる本人が、恥ずかしがりながら、笑っている。
コンッ! コンッ!
「痛いなあ」
「痛ってえ」
「はい、もう終わり。
優子、あんたは仮にもアイドルなんだから、弟とはいえ男の股間を触るんじゃないの!」
「はーい……」
中学で更に酷い攻撃をした事は、母親には黙っておこう。
ちなみに、件のドラ息子とは打撃無し、股間攻撃無し、セクハラ攻撃無しとルールが決まったから、また機会があれば戦う事になろう。
「かーちゃんも、オタマで叩く事無いだろ」
「じゃあ、包丁の切れない方で叩こうか?」
「……オタマの方でいい」
「ママ……そもそも、そんなので叩かないでよ」
「叩かれるような事をするあんたたちが悪い」
家族間の和やかな会話である。
母親にしても、本気で叩いたりなんかしていない。
テキトーに姉弟をジャレ合わせて、頃合いを見てやめさせただけだ。
だから、良い音がなる物を使って、頭を叩いただけ。
音に対して全く痛くないが、それでも「痛い」と言ってしまうのは、人間の天性のボケツッコミ体質なのか。
「ただいま〜」
父親も帰って来た。
懲りずに突進する弟。
こちらは慣れているのか、右手を伸ばして弟の頭を掴み、それ以上進めなくしてから
「はい、斗真、そこまでな。
着替えてから遊んでやる。
ちょっと待ってなさい」
とあしらう。
斗真は渡された父の鞄を持って一緒に歩きながら
「ねーちゃん酷いんだぜ。
俺のチ◯ポを足でグリグリしたんだぜ」
と、自分が先に攻撃した事を言わないまま、姉の所業をチクる。
「優子」
「はい」
「女の子がそういう事をしないように」
「はーい……」
「斗真も、お姉ちゃんがそういう攻撃して来るような悪戯はやめようね。
どうせお前から手を出したんだろ」
「なんで分かるんだよ」
「優子はお転婆だけど、自分からは攻撃して来ないからね」
これは音楽勝負でも同じである。
基本的に、挑まれたから返り討ちにしてるだけだ。
ただの返り討ちではなく、オーバーキルなのだが、優子の方から攻撃した事はほとんど無い。
問題は、それを聴いている音楽を志す第三者の心をもへし折ってしまう事はなのだが……。
珍しく家族4人揃って夕食を共にする。
優子がアイドルになってからは、レッスンの為の送迎で父か母のどちらかが出掛け、その間に残った方が幼い弟を先に食事させていた為、全員揃う機会が減って来た。
優子が中学生になると、更にそうなった為に、弟としては寂しかったのだ。
それを埋めるかのように、とにかく喋る喋る。
「俺の友達がさー、ねーちゃんのサイン欲しいってうるせーんだよ。
でさー、俺、それはこーしこんどーっていうんだって、断ってんだぜ」
「へー、偉いねー」
「だろー!
でね、男の友達はそれでいいんだけどさ、クラスの女がねーちゃんに会わせろってさ。
断ってんだけど、しつこくてさ」
「で、斗真はどう言ってるの?」
「俺だって会えねーんだよ、仕事で家にいねーからって言ってる」
「それに対して、その子たちは?」
「だったらいる日を教えろって」
「しつこいんだね」
「うん、うざい」
「じゃあ、いつか連れておいで」
「いいのかよ?」
「うん。
それで、音楽教えてあげよう」
「え?
ねーちゃんが音楽教えるの、すげー厳しーじゃん」
「いやいや、それは斗真に対してだけ。
斗真が『う◯この歌・改』なんて作るから、直してやっただけでしょ」
「ちげーよ、あれは『柔らかう◯このゲ……』」
パシッ! パシッ!
「食事中です。
下品な話はやめましょう!」
母親が常備しているハリセンで姉弟を叩く。
天出家では、姉が下ネタ好きで、弟もそれに倣ってしまった為、ツッコミ用ハリセンが常に手元にあるのだ。
下ネタ以外でも、姉弟ともに自分の好きな話題で、喋るのが止まらなくなる癖があり、ツッコミは日時茶飯事となっている。
弟が姉から影響を受けたのは、下ネタだけではない。
音楽の能力もそうだ。
流石に「音楽の天才」には遠く及ばないが、曲を作ったり、アレンジするスキルを身につけてしまった。
それに子供ならではの自由な発想力で、様々な替え歌を作り出している。
誰かに教わったわけでもないのに、かつて優子が作り、更に下品に替え歌され、小学校では禁止されてしまった「う◯この歌」に、ラップパートを付け足したものにアレンジしたのである。
もしかしたら成長と共に、下品なセンスは直ってしまったり、他の事に興味を示して音楽センスは消えるかもしれない。
しかし、興味持ってる今、その才能を伸ばしてやりたい、そう思った優子はラップパートの作り直しをさせた。
「いい?
ビチビチとブリブリとか、擬音はまあ良い。
けど、それと同じ韻の歌詞が疎か。
例えば……(自主規制)」
と、洗練された下品さに高めようとした為、母親から盛大なハリセンパンチを食らった事があった。
こんな感じで、弟が作った替え歌を更に酷いもの……もとい、洗練されたものにすべく手解きしていたのを「厳しい」と言われている。
まあ、弟の本心は
「ねーちゃんから教えてもらえるのは俺だけ。
他の奴は、ねーちゃん厳しいから、聞きに来んな」
という可愛い独占欲からのものだったが。
「ご馳走様でした」
食事が終わる。
「優子、先にお風呂入りなさい」
「はーい」
「ねーちゃん、風呂長えよな」
「覗くなよ」
「覗かねーよ。
そんな絶壁のような胸、見たって面白くねえ……」
「生意気な口を叩くのは、どの口かな?」
「優子、斗真の頬っぺたをつねるのはやめなさい」
黙っていた父親が注意して来た。
そして
「斗真……。
優子に対するその暴言、断じて許さん!
世の下品な男たちから注目されない控えめなのが良いのだ!
優子に代わって、成敗!」
そう言って、斗真に五所蹂躙絡みを仕掛ける。
まあ、ジャンプしてからの着地で衝撃を与える本気モードの技ではないが、担ぎ上げられてからの、股を大開きにされるポーズは中々恥ずかしい。
「分かった、ごめんなさい。
ねーちゃんがまな板とか言って悪かったです」
「お父さんに言っても意味ないだろ。
優子に謝りなさい。
ちっぱいは正義だと!」
「ねーちゃん、ごめん!
意味しらねーけど、フルフラット最高ー!」
(こいつらは…………)
失礼な男性陣は、この後、母親からフライパンでしばかれるのであった。
おまけ:
天出優子「女性の美はスリムさだ!
決して豊かな胸ではない!」
ふくよかな女性の美は、百年後の印象派の時代、ルノワールとかの絵画からになるかと。




