面白い新曲
「新曲には仕掛けがある」
レコーディングが終わった辺りから、スケル女のメンバー内で囁かれるようになった噂である。
新曲はABCの3パターンのカップリング曲がある。
それ自体は過去にもあった曲編成だ。
だが、謎なのはカップリング曲を先に収録し、肝心の表題曲が、まだ渡されていない事である。
普通は逆で、表題曲が先に出来上がり、カップリング曲は後から出来る為、時々差し替えられる事もある。
この時点で何かあるな、と勘の良いメンバーは気づき始めた。
カップリング曲のCパターンは、メンバー最年長の灰戸洋子をはじめ、暮子莉緒、馬場陽羽、辺出ルナといった年長メンバーが歌う。
選抜入りしなかったが、カップリング曲には参加するメンバーもいた。
いずれも歳上ばかりである。
そのせいか、最近のスケル女には珍しく、ダンスはゆったりとしたバレエ風のものとなっている。
「私たちにはありがたいわ」
と灰戸は笑っているが、出来ないなりに努力して、バキバキのダンスをしたい馬場、辺出は少し残念そうであった。
カップリングのBパターンは、ラップも入った、歌詞の文字数の多い曲である。
大概こういう曲は、リズムの方を重視するから、歌の滑舌が悪かったり、何言ってるか分からなくなっても勢いで乗り切らせる。
しかし、この曲には帯広修子、品地レオナという歌唱メンバーが起用された。
しっかり歌えというプロデューサーの意志表示だろう。
安藤紗里、斗仁尾恵里のサリ・エリコンビもこちらに振り分けられた。
そして天出優子はAパターン担当だ。
センターは照地美春と富良野莉久。
可愛い感じのアイドルソングだが、振付はダンスというより演劇に近い。
そして、歌詞がどうにも歯切れが悪い。
『僕は〜、君の隣で〜、でも、ああどうしよう〜』
と言った調子で、Aパターン担当メンバーは
「なんか説明不足だよね」
「曲の中の人物の気持ちになって歌えって言われるけど、これじゃ分かりづらい」
「先生に質問したけど、いつもハッキリしてるのに、今回だけ『まあ、想像で良いよ』って歯切れ悪いんだよね」
と首を傾げている。
「ゆっちょはどう思う?」
優子を後ろから人形を抱くように捉え、頬をスリスリしながら照地美春が尋ねて来た。
表立って文句を言わないが、富良野莉久が優子を見る目が中々怖い。
「この曲、未完成じゃないんですか?
いや、これはこれで完成しているけど、他の要素が入る事で完成する」
「と言うと?」
「レオナさんが、私たちとは逆に
『説明過多なのに、主人公が見えて来ない感じ』
って言ってました。
Aパターンの『恋はトマホーク』と、Bパターンの『深層心理ドリル掘削』を合わせると、物語が繋がって来る」
優子の周囲に、他のメンバーも集まって来た。
「じゃ、私たちCパターンの『大雪山の涼風』は何なの?
これだけ浮いてるんじゃない?」
灰戸の質問に、優子でなく品地レオナが答える。
「多分、それも合体すると思う。
A B C3つの歌が合体して、1つの曲になるんじゃないかな、天出もそう思うよね?」
「いや、A Bはともかく、Cはテンポが違い過ぎる。
合わさらないんじゃない?」
馬場の真っ当な質問に、優子は
「多分Cの曲は、もっと間が有ったし、リズムも違っていたんだと思います。
この部分だけ切り出した時、歌として収まりが悪かったから、編曲したんじゃないですかね」
そう言って曲の合成をしてみせた。
C『吹く風涼し秋初め〜〜、心騒ぐよ〜〜』
A『僕は〜、君の隣で〜、ああどうしよう〜』
B『手を繋ぎたい気分がある、何も出来ない僕、なんてだらしがないんだ、勇気を出したい、でも嫌われたくない』
「これを……」
と歌詞をバラした後、パズルを組み立てる。
(吹く風涼し秋初め)
「僕は(手を繋ぎたいんだ)、君の隣で(何も出来ない僕、なんてだらしがないんだ)、ああどうしよう(勇気を出したい、でも嫌われたくない」
(心騒ぐよ)
「へー……」
集まった皆が感心していた。
あの照地美春が、優子を抱きしめる手の力を緩めるくらい聞き入っている。
そして、いつの間にか混じって様子を見ていたスタッフの中には、苦虫を噛み潰したような表情の者がいた。
種を観客に見破られた手品師の、気まずい感じのものだ。
正直、スタッフは後でネタバラしをして、
「そういう事だったんだ!」
「考えられてるなあ」
「流石戸方さん」
という反応が見たかったのだ。
自分が作ったわけではないのだが、女の子たちから驚きと賞賛の視線を浴びたい気持ちがあった。
それなのに、あっさり見破られたものだから
(だから天出優子は可愛くないんだ)
と理不尽な不満を覚えてしまう。
そんな優子だが、彼女にとってこの手法は既に経験済みのものだった。
(オペラと似たような組み立てだね)
前世で散々オペラを書いていた天出優子にしたら、一旦怪しいと思ったなら、そこから解答にたどり着くのは容易い事だ。
オペラでの華は、主役たちが歌い上げるアリアだが、他に物語を進行させる朗読曲レチタティーヴォが存在する。
アリアは登場人物二人の掛け合いによる合唱・重唱の形も採る。
だから、A Bパターンはアリアの掛け合いを分解し、Bパターンに説明を付加、 Cパターンはレチタティーヴォを独立した曲に纏めたものと分かった。
天出優子からしたら、よく知った音楽である。
これをアイドル曲でやろうと思ったセンスや、レチタティーヴォをそれなりの独立曲にした編曲力は賞賛しても良いだろう。
まあ、3つ揃って完成する曲を、要素要素にバラしたものだから、独立した曲として完成しているように聞こえても、やはり何か物足りない。
合体ロボの構成メカが、1機ではやはり全力を出せないようなものである。
後日、戸方プロデューサーが登場してメンバーに種明かしをする。
既に仕込みがバレている事をスタッフから聞いていたせいか、ちょっと苦笑いしながらのものだった。
改めて、歌詞は同じだが、合体用に変形した曲をメンバーに渡す。
振付も、ゆったりとしたバレエ、コミカルな動き、ミュージカルのような歌唱に合わせたダンスが合わさり、一つの物語を描くKIRIE先生会心の作品となっていた。
全員が同じダンスではなく、それぞれ別々に、それ自体独立したダンスとして成立するのに、合わさると作品として完成する、将来完成する曲を見据えたものでもあった。
3つの曲が1つになった新曲「恋をゲットしたい」は、中々良曲である。
やはり3つ揃ってこその曲。
まあ、カップリング曲として分解し、それぞれに選抜メンバー以外を加えてライブでも出番を与えたのは、スケル女全員に見せ場を与える、プロデューサーとしての良い仕事と言えよう。
純粋な音楽家としてではない、組織を運営するとか、ビジネスをするとかの面で実に参考になる。
一通りレッスンを終えた後、優子は戸方Pを捕まえて尋ねた。
「以前、私に編曲の宿題を出しましたよね?
『君と僕は同じ星を眺めていなかった』をアレンジしろってやつ。
あれ、何年前でしたかね?」
「3年前だね」
「この新曲、構想としては昨日今日考えたものじゃないでしょ?
実際のところ、いつ考えたんですか?」
「3年前だね……」
「もう一つ質問して良いですか?
編曲の宿題で、私はアレンジするのではなく、説明歌詞を付け足す曲も示しましたよね。
あの曲って、何かの参考になりましたか?」
戸方Pは、見抜かれたか……という、悪戯がバレた子供のような顔で、ドス黒さは全く無い表情で、冗談めく。
「君のような勘の良いアイドルは嫌いだよ」
おまけ:
元ネタは、Berryz工房『Because Happiness』と°C-ute『幸せの途中』が一つの曲『超ハッピーソング』になったやつです。
あれは2つだから「一つ一つは単なる『火』だから、二つ合わせると『炎』となる」なものですが、作中のは3つなので「三つの心が一つになれば、一つの正義は百万パワー」てなものでしょう。




