最大級アイドルフェス出演!Teil2
日本最大級のアイドルフェス「TOKYO BAYAREA FES」略して「TBF」。
その出番が近づいている。
カプリッ女はデビューしたての新グループではあるが、元がスケル女・アダー女・アルペッ女の合同グループ。
他のデビューしたてや、デビューを控えているグループとは違い、テレビ局内の涼しい部屋で出演までの時間、待機していた。
他のグループは、真夏の空の下、テントが待機場所だったりする。
人数が多い場合、むしろ風が吹く外よりも蒸し暑い。
日に焼けないだけマシ、といった感じだろう。
そんなグループを、さっき見て来たばかりの天出優子たちだが
(大変そうだなあ。
頑張って欲しいなあ)
以上には思わない事にした。
同情したって事態は何も変わらないし、仮に交代出来るとしたら、謹んで辞退するだろう。
気の毒に思いながらも、エアコンの利いた室内から追い出される気はサラサラ無い。
出場時間帯も、メジャーなアイドルは優遇されている。
カプリッ女は17時からリバーサイドステージ、20時から屋上展望ステージでライブを行う。
夕方、かなり涼しい風が吹く川の横のステージ。
熱気が相当無くなった時間帯の屋上ステージ。
下校時に、同校のアイドル候補生・武藤愛照がボヤいたように、相当恵まれている。
そんな愛照は、夏の太陽がアスファルトを焦がし、熱せられた地面から上る空気が揺らめいて陽炎となる、駐車場特設ステージのAとBで15時頃にライブを行った。
暑い盛りのステージで、出演者はグロッキーになっていたのだが、自称「天出優子のライバル」愛照は
「別にあの子が好きなわけではない。
でも私には、あの子のステージを見守る義務があるの。
ここで倒れているわけにはいかないの!」
と、面倒気質を炸裂させて、居残っていた。
なお、関係者だから多少の優遇はあるにせよ、超人気のスケル女グループを良席で見られるわけではない。
ファンたちと一緒に並び、スタンディングで観なければならない。
女性専用スペースがあるだけマシと言えた。
「皆、時間だよ」
このフェスだけスポット参加する、7女神の1人にして、スケル女のリーダー馬場陽羽が声を出した。
「私はあくまでも、TBF用の助っ人。
カプリッ女のリーダーは寿瀬だから、ここは仕切ってね」
スケル女リーダーがいるから遠慮気味な寿瀬碧の肩をポンと叩いた。
「はい。
じゃあ、私が仕切ります。
皆さん、大きいステージです。
この暑い中、朝から残ってくれたファンも多いと思います。
その人たちが満足して帰れるパフォーマンスを見せましょう!
それと、今日も倒れないよう、体には気をつけましょう!
水分補給をしっかりして、具合が悪くなったらすぐステージを降りましょう!
そうしたメンバーを見たら、残った皆でフォローしましょう!」
「はい!」
「あ、ごめん。
寿瀬に任せるって言って、出しゃばって申し訳ない。
一言。
このステージ、滅茶苦茶盛り上がると思うから。
だから、自分を見失わないで。
かく言う私も、出演者として立つのは初めてだけどね。
一緒に気をつけて、頑張ろうね」
「はい!」
皆は掛け声で気合いを入れて、西日が照らすリバーサイドステージに上る。
中々の壮観である。
見渡す限りのファンの姿。
無論、ここにはスケル女グループのファンじゃない、他のグループのファンも混ざっている。
他のアイドルや、関係者も見学している。
主催側のテレビ局のカメラも入っていた。
最前列には、芸能関係のカメラマンもスタンバイしている。
(この前、灰戸さんに連れられていったロックフェスみたいだ……)
優子はそう感じた。
ロックフェスの方が広い場所で行っていたから、人数はあちらの方が上だろう。
だが、人口密度は同じようなものである。
(確かに、リーダーが言うように、盛り上がりそうだ。
それに流されてはいけない。
なにせ、この後もあと1回ライブがあるのだから)
圧倒されながらも、優子の頭は冷静であった。
(まさか私が演者、歌手の側になり、自分の高揚を制御するようになるとはね。
指揮者ではないこの感覚、中々癖になる!)
やはり音楽は楽しい、ライブは楽しい!
横では富良野莉久が躍動している。
彼女も最初のフェスでは、体力を使い果たして倒れた仲間だ。
だが彼女の場合、成長に伴って増えた体重を減らすべく、辛い食事制限をしたがゆえのガス欠であった。
それを指摘されて以降、彼女は水分はしっかり補充しているし、食事もしてスタミナ不足を解消した。
ダンスも身体相応のものに変えた。
現在の指導方針に従って、ドタバタしないよう気をつけているが、無理に昔の軽かった時のダンスを追い求めず、高く跳べないなら跳べないなりの見せ方をする。
相方のダンスが変化したのだから、優子のダンスもそれに合わせる。
今だ成長期で、体が小さい優子にしたら、少し辛い部分もある。
それでも、折角自信を取り戻して来た同僚の為、合わせてやりたい。
1曲歌い終わって、挨拶のMCが始まる。
同時に斗仁尾恵里がスッと舞台袖に消えた。
岩手県出身で暑さに弱い彼女は、まだ東京の真夏に対応出来ていない。
だったら、無理をせずに一旦休んで良いだろう。
幸い、汗を拭いて、ちょっと扇風機に当たりながら水を飲むと、すぐにステージに戻って来た。
セットリストもちょっと工夫されている。
盛り上がった客をも巻き込み、タオルを振り回す曲が入っていた。
ステージ上でもメンバーがタオルを回すと、それで風が発生する。
(ああ、涼しい……)
1枚3,000円程度のマフラータオルは、グッズ販売で儲けにもなるし、こうしてライブパフォーマンスの一部になり、かつメンバーに風を送り、汗も拭ける便利アイテムであった。
気温が下がったのも良かったのか、メンバー全員、会場の熱気に押されてノリにノったパフォーマンスをしながらも、倒れる人もなくライブを終えられた。
「以上、カプリッ女でした~!」
と挨拶をしてステージを下り、荷物を持って移動のバスに乗り込むと、疲れがドッと出る。
「いやあ、熱かったねえ!」
気温の暑さではなく、ファンの熱気の凄さを称えるリーダーの馬場。
見ると、凄い汗を流していた。
ステージ上ではそれ程でもなかったのに、今はびしょ濡れである。
どうやら、発汗も制御したようで、凄まじいプロ根性だ。
「一杯、ビールでクイッとやりたいね」
既に成人している馬場が話を振ると、同じく成人済みで、スポット参戦の辺出ルナも
「サウナで汗を流し、水風呂に飛び込み、そしてビール!
ああ~、煩悩~!
それをする為にも今日を乗り切るわ!」
と話に乗って来た。
(ビールか……早く飲みたいなあ……)
早くというのは、今日明日の話ではない。
あと8年経って、飲酒許可の年齢になりたいという事だ。
天出優子の前世・モーツァルトはビールが好物である。
友人への手紙で
『ビールが手に入りましたら、また少し分けて下さい。
ご存知のように、ビールを飲むのが大好きなもので』
と書いたものが残っている。
享年35歳の最晩年、彼はビアホールに通いまくり、死の原因がビールと一緒に食べるカツレツに潜んでいた旋毛虫のせい、という説もあるようだ。
彼が死んで埋葬される時、最後まで見送ったのはビアホールの給仕であったりする。
(この女の子の体は、これはこれでムフフなのだが、ビールを飲めないのは残念だ。
早く大人になりたいなあ)
優子は、火照った体から熱を抜き、代わりにアルコールが入っていないもので水分を補充しながら、そのような不謹慎な事を考えていたのである。
おまけ:
20時からのライブも無事に終わる。
馬場「はい、お疲れ様。
おこちゃまたちは、早く帰って休むこと!
辺出、一杯行かない?」
辺出「いいねえ、会場近くのビアホールでもいいんじゃない?」
馬場「寿瀬も二十歳超えてたよね?
どう?」
寿瀬「お付き合いさせていただきますっ!」
こうしたやり取りを聞いている、中身が享年35歳の酒飲みは
(早く大人になりたい!!!!!!)
と脳内イメージで血の涙を流して悔しがるのであった。




