最大級アイドルフェス出演!
TOKYO BAYAREA FES(TBF)には、日本全国からアイドルたちが集まって来る。
それはメジャーなアイドルから、デビュー前のローカルアイドルまで。
このTBFがデビューステージとなるアイドルもいる。
このフェスでデビューするという企画を立ち上げ、ネット配信などで審査され、合格した者がステージ上で御披露目されるという形式だったりする。
こうした女の子たちから見れば、まだ研究生とはいえ、スケル女の天出優子は既に憧れの的であった。
残酷な事実として、メジャーアイドルの候補生は、ローカルアイドルや地下アイドルのメインよりも格上とされるのだ。
このTBFに出る前に、スケル女・アダー女・アルペッ女の合同夏限定グループ「カプリッ女」は何個かのアイドルフェスでパフォーマンスをしている。
フェス開催側や、同業他社の要望に応じて「カメコタイム」という撮影可能時間を設けている為、スケル女研究生たちは写真がネットに公開されていた。
そして、どこからともなく漏れる彼女たちの噂話も込みで。
天出優子はその可愛らしい見た目とは裏腹に
「女の子の尻が大好きなオケツマン」
「女ヲタに対するガッツキ具合が凄い」
「スケ女の何人か、あの小学生に落とされている」
というとんでもない噂……否、実話が拡散していた。
音楽の超天才少女だ、というのは案外広まっていない。
そういう真面目な話題より、ゴシップ的な話題の方が面白い、人間なんてそんなものだ。
だが、この「女好きな女子小学生」というのは、決してネガティブな評価ではなかった。
「これは簡単に男を作らないぞ」
「アイドルなんて男の芸能人と繋がる為にやってるようなものだが、こいつだけは信用出来る」
「どこかのお笑い芸人とかに取られたら許せないけど、照地美春とか富良野莉久とかに取られるなら許せる、いや、むしろ興奮する」
等と好き放題言われていた。
中には
「まだ小学生なんだし、男とか早いだろ。
中学生以上になってからが問題だ」
と冷静にツッコム者もいるが、基本的に「天出優子は女好き」というゴシップをネタに盛り上がりたいだけであり、事実を言うのは「野暮」なのである。
さて、そんな風にネタにされている事を、優子も結構知っている。
自分の事を調べるエゴサーチを禁止している芸能事務所もあるし、あえてしない芸能人も多いのだが、優子たちは平気で見ていた。
スケル女は昔から叩かれ慣れているし、特に最年長の灰戸洋子がそういう事に強過ぎるのだ。
「あー、灰戸洋子ってのは酷い女なんだな~って思って読んでいれば、面白いよ」
という鋼のメンタルを遥かに超えた、硬度10#ロンズデーライトメンタルなのだ。
そんな先輩たちと接している内に、後輩たちも鋼メンタルには育つのだ。
まあ、ネットが存在しなかった時代の記憶を持つ優子の場合、鋼メンタルというよりも鈍感というのが合っている。
「天出優子ってのは、面白い女だなあ」
という観点にはなっているが、それでどれくらいの影響があるのかを実感出来ない。
優子は、同じ学校でやはりアイドル候補生をしている武藤愛照から
「私も貴女のグッズを買うから、貴女も私のグッズを買いなさい!」
と言われ、一方的に約束させられた。
一方的なものだったが、とりあえずグッズを買いに行く事にした。
脱走癖、放浪癖のある同僚を見て来ただけに、きちんとスタッフに話を通した上での事ではあるが。
「私も着いて行く」
と、富良野莉久と安藤紗里・斗仁尾恵里の「サリ・エリコンビ」も言い出した為、マネージャーを含めた6人で武藤のパフォーマンスするステージの方に向かった。
そして、そこで彼女たちは自分たちがどう見られているかを実感する。
そのステージ「駐車場特設」は、広大な駐車スペースに2ヶ所ステージがあり、複数のライブアイドルグループが対バン形式でパフォーマンスを行っていた。
楽屋的なテントも広くはなく、出場予定だったり、終わって他グループを見学しようとするアイドルたちが、黄色の黒の標識ロープで区切られているスペースすらもはみ出して屯っていた。
中には、普通にファンたちと道端で話し込んでいるアイドルもいる。
スケル女やフロイライン!のような、握手会以外では会話なんか出来ないアイドルもいれば、こうしてファンと同じ場所に居て「グッズ買って下さい」だの「次のライブのチケット買って下さい」というアイドルもいる、まさにピンキリだ。
そんな中、スケル女の正規メンバー1人と研究生3人が、前後を会場とスタッフとマネージャーに挟まれてやって来た。
それは劇的な光景であった。
ファンやアイドルたちが、一斉に左右に分かれて道を作ったのである。
まるで「モーゼたちの出エジプト」で海が割れたかの如く。
「えーっと……」
「はい、気にしない。
さっさと行きますよ」
誰かが号令したのではないのに、人海が割れたのを見て戸惑う4人の新人。
こんな事は慣れっこな感じのスタッフ。
4人は、自分たちの立ち位置を実感した。
目当てのグッズ売り場に到着すると、愛照が
「あー、優子ちゃんだ~!
来てくれたんだね~。
メーテル嬉しい!」
と、小指を立てて、ポニーテールを左右に揺らしながら、周囲にも聞こえるように声を出す。
(うわ、気持ち悪っ!)
普段の、自分には悪態をついて来る愛照を知っているから、思わず表情に出た。
それを見逃すはずがなく、
「優子ちゃん、楽しいね!」
と言いながら、優子にしか聞こえない声で
『キショいとか思ってんじゃないわよ!
こういう場では演技しなさいよね!
win-winでいくわよ!』
と囁いた。
相変わらず、満面の笑顔の中で、目だけが笑っていない。
(この子も、大したタマだよな)
ある意味、ビジネスアイドルと割り切って、公私を徹底的に使い分ける愛照には感心する。
愛照がwin-winと言ったように、大衆に見られている中での優子の行動は、彼女の得にもなった。
この約束の事を親やスタッフに伝えたら
「恥をかかせない為にも、1万円までは使って来て良い。
それより多過ぎると、小学生ならちょっと厭味になるかもしれない」
と言われた為、目一杯グッズを買ってみる。
「うわ~、こんなに買ってくれるんですか~?
優子ちゃん、無理しなくていいんだよ~」
と、やはり周囲に聞こえるように話すと、
「天出って友達思いなんだな」
「いや、武藤プロも女の子だから、狙ってるんじゃね?」
「少なくともケチじゃないよな」
と、ポジティブ寄りのつぶやきがあちこちから聞こえる。
また、この様子を見ていた他のライブアイドルたちの心にも火が点いた。
「あのお、私たちこういうグループで活動しています」
と言って、自作のCDを渡したりして来た。
そして
「良かったら、私たちのライブも見て行って下さい」
と売り込みが始まった。
マネージャーは、きっと灰戸洋子のせいで慣れているようだ。
ある程度交流時間を作るが、適当な時に
「あ、すみません。
カプリッ女は次の予定がありますので。
皆さんも良かったら観に気て下さいね」
と言って、メンバーを連れ帰った。
帰り道……
「なんがぁ、青森から来た子とかも居て、頑張ってんなぁって思っでさぁ」
「分かるわぁ。
地方から来てる子には共感するがし」
「私も九州でローカルアイドルやってたんだけど、久々で懐かしかったなあ。
こういう雰囲気で皆頑張ってるんだよねえ」
と、岩手・石川・福岡出身の田舎者3人は、手にいっぱいのCDやグッズ、使う予定がない握手券も持たされていた。
(多分、同じ田舎者でも、あっちの方が必死なんだよ。
君ら、上手く利用されてるから!
同情を誘うようなのって、半分は演技だと思うよ!)
作り上げたあざとさに、更に磨きが掛かった同校のアイドルの毒気に当てられた優子は、そう思うのだが口には出さない事にした。
おまけ:
これは作者が見た話。
実名出しちゃいますが、解散したグループなのでご容赦を。
日比谷公園でアイドルフェスをしていた時、ハロプロのこぶしファクトリーがステージに向かう所を目撃。
ステージ横にいてファンと交流していたアイドルたちが、一斉に左右に分かれて道を作る、まさに「モーゼの出エジプト」な光景が実際にありました。
それとは違って、後ろから大量にヲタがくっついて歩き、まるで
「財前教授の総回診です」
な光景も見た事あります。




