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日本最大級アイドルフェス

 小学校の1学期終業式にて。

 天出優子は、彼女同様にアイドルグループに所属する武藤愛照(メーテル)に声を掛けられた。

「スケル(ツォ)もTOKYO BAYAREA FESに出演するんでしょ?」

 優子は黙って頷いた。

 既に発表された事だし、否定は全く意味がない。

 愛照も質問したわけではなく、確認しただけの事。

 当然日程も把握している。

「うちらと同じ日に出るんでしょ」

「そうだね」

「グッズは出るの?」

「出るけど、正規メンバーのだけだよ。

 うちら研究生のは、写真だけ。

 Tシャツ、マフラータオル、リボ〇ケイン……じゃなくてペンライトは、研究生のは無い」

 一瞬、某オタク先輩のネタが伝染(うつ)ってしまった。

 一瞬のボケはさらっと聞き流し、愛照は

「あんたの生写真、買いに行ってあげる」

 と言い出した。

「欲しいの?

 本当に?

 なんだったら、今ここで撮ろうか?

 貴女ならネットに晒さないと思うけど」

 すると、愛照は笑顔のまま文句を言う。

「そういう事じゃないの!

 別に私は、あんたの写真なんか欲しくは無いの!

 でも、会場で『スケル女研究生』天出優子のグッズが買われる事に意味があるの!」

「はあ、そういうものかねえ?」


 身内以外には言っていないが、天出優子は「木之実狼路」という変名で、編曲や作曲に携わっている。

 そちらからの収入がある為、グッズ売り上げというものには鈍感だ。

 だが、グッズの売り上げが自分の生命線であるアイドルグループでは違う。


「いい?

 あんたの生写真をいっぱい買ってあげる。

 お礼として、私のグッズも大量購入しなさいよね!

 それで貸し借り無しになるでしょ」

「????

 それだったら、自分で自分の写真を買えば良いんじゃない?」

 優子の写真を買い、代わりに自分のグッズを買わせる、それなら最初から自分に使えば良い。

 わざわざ「欲しくない」と言う写真を買う必要は無いだろう。


「だ~か~ら~、それじゃ意味が無いんだってば!」

 人気を計るグッズ売り上げを、自分で買うというドーピングをしても意味が無い。

 お客さんに買ってもらってこそだ。

 そこの所の機微を分かっていない優子に、愛照は笑いながら怒っている。

「スケル女ともなれば、グッズ売り上げとか気にしないのかもしれないけどさ。

 うちらは必死なの。

 あんたたちみたいに、リバーサイドステージとか、屋上展望ステージなんていう風通しが良い場所を割り当てられるグループと、駐車場(パーキング)特設ステージのうちらじゃ立場は違うんだろうけどさ。

 全く腹立たしいわ!

 とにかく協力しなさいよね!」

(なんか、地雷踏んだっぽい……)

 仕事でも私生活でも、面倒臭い女性が近くにいて疲れてしまう。


 なお、スケル女本隊はともかく、姉妹グループではグッズ売り上げや、握手会・撮影会の申し込み数というのは、少ないと必死になるものである。

 カプリッ(ツォ)でメンバーとなっている、広島の姉妹グループ「アルペッ(ジオ)」の長門理加なんかは

「申し込みが少ないと私の首は飛んでしまう。

 私の頭は脱出用コックピットじゃないので、首が飛んだら撃墜されたも同然。

 だから、買うのが私のファンの宿命なの!」

 とネット配信で圧を掛けていたりする。




 ちなみに、コンサートでTシャツ等のグッズが販売されるようになったのは、1950年代辺りからのようだ。

 それまでは基本、音楽家は音楽で勝負、チケット売り上げが収入であった。

 パトロンに演奏費を出して貰う事もあるが、基本は客入りがその音楽家の実力を示すもの。

 次第にコンサートグッズが売り上げの比重を高くし、客がたくさん入ってもグッズが売れないと……という価値観に変わる。

 最近では、多種多様なグッズが通販でも買えるようになり、またDVD等の記録媒体を買ったり、配信や映画館でもコンサートを観られるようになった為、「現場の」客入りだけが重要ではなくなった。

 頭の中が18世紀の感覚から抜けていない部分がある為、天出優子(モーツァルト)はこの辺に鈍感である。

 演奏終了後に握手を求められる事の延長線上で考えていて、それがライブアイドルなんかは生命線である事を、分かってはいても実感は出来ていない。


 恐らく、モーツァルトが現代のこの金儲けの仕組みを知っても、今一つピンとは来なかっただろう。

 作曲代、楽譜代で生活が出来る人間だから、グッズで儲けようという商売っ気までは持たない。

 彼は俗物ではあるが、基本的には音楽家なのだから。

 宮廷音楽家でなくなった後に、彼に群がった者たちの方が、徹底的にモーツァルトを利用したに違いない。


 モーツァルトが死んだ時、彼は粗末な麻袋に入れられ、共同墓地に投げ捨てられた。

 上から石灰を撒かれ、埋められるという簡素な葬られ方であった。

 これは彼が浪費しまくって、派手な葬儀をする金が無かったからではない。

 当時の庶民の葬儀としては、ごく当たり前の事だった。

 だが、死後に「モーツァルトの名声って使えるんじゃないか?」と思った者たちが、貴族でも無い一般市民のモーツァルト個人の墓を作ろうとした。

 そして死後100年経って、記念碑が作られた。

 だから、当時の者に

「モーツァルトの直筆サイン入りメッセージカードとか、モーツァルトデザインのシャツとか、モーツァルトモデルのカツラ(アロンジュ)が、熱狂的なファンに思いっきり売れるよ」

 と教えたら、すぐに商品化して本人の知らぬところで大儲けしただろう。


……現代とは価値観が違うから、そういうグッズではない、違うものが売れるのかもしれないが。




 とりあえず、グッズ売り上げが生命線の同級生から、大量にグッズを購入するよう迫られた優子は、言葉を濁してその場は分かれる。

「あれ、何だったの?」

 遠くから芸能人予備軍同士の会話を見守っていた、親衛隊と称する同級生たちが駆け寄って来た。

「ああ、うん。

 私たちと武藤さん、同じ日にフェスに出るから、お互いのグッズを買って応援しようって話」

「随分と喧嘩腰じゃなかった?」

「いつもの事でしょ」

「それもそうか」


 そして話題はフェスの事に。

「フェスって、そもそも何?」

 小学生にはそこから説明しないとならなかった。

 以前に愛照がチケットを手売りした、5つくらいのアイドルグループが集まったものは、一つのステージを交代で使っていたもので、小学生にも分かりやすかった。

……分かりにくいのは、出場アイドルグループ名の方で

「この人たち、誰?」

 と付き合いでチケットを買った同級生たちは首を傾げたという。

 しかし、今回は複数のステージがあり、200組にも上るグループが出演し、5万人以上の来客がある。

 キッチンカーも出るし、アイドルではない芸人なんかも司会で登場する。

 完全に「お祭り(フェスティバル)」なのだ。


 そう説明すると

「じゃあ、私たちも見に行くから!」

 と目を輝かせていた。

(無理じゃないか?)

 とは言えず、とりあえず作り笑いで誤魔化す。

 もしこの場に、暮子莉緒が居たなら

「こんな時、どんな顔したら良いか分からないの……。

 笑えばいいと思うよ」

 と小芝居をしただろう。


 1日券で8000円くらい、4日通し券だと3万円は最低するのだ。

 前売りで、しかもプレミア無しで。

 当日券で、特典付きなら更に値段は跳ね上がる。

 小学生が気軽に買える金額ではない。

 がめつい武藤愛照も、このフェスのチケットを学校で売ろうとはしなかった。

(まあ、親衛隊の連中も、親にチケットねだって、現実を知るんだろうな)

 と内心呟いていた。


 その予想は当たる。

 今まで精々3千円、それよりも安かったからOKが出ていたが、流石に今回は親からダメと言われる子の方が多かった。

 そして彼等彼女等は、優子にこうねだって来た。


「〇〇のグッズ、代わりに買って来てくれないか?」

 と。

(本心で私に興味無いのは分かってるよ。

 でも、私、一応出演者!!)

 と遠慮の無い同級生たちに、内心文句を言う優子であった。

おまけ:

オーストリアのお土産「モーツァルトクーゲル」、これは1890年にザルツブルクで作られた。

モーツァルトの知名度もあって、あちこちで模倣された。

開発した人の子孫が

「モーツァルトクーゲルって名前を使えるのはうちだけだ!」

と権利を主張し、それが認められる。


なお、認められたのは名称の使用権と形状に関するものだけで、レシピについては争われなかった為、同様の商品が色んな会社で売られている。

完全に球状のボンボンが本家のもので、他社のは下が座り良くフラットになっている。

「オリジナルのザルツブルク・モーツァルトクーゲルン」は本家のみの商標。

……つまり、オリジナルのとつかなければ、普通に「モーツァルトクーゲル」は売られている。


大阪ミナミのたこ焼きみたいなものですなあ……(元祖とか本家とかの商標争い)。

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