初のフェスだ!
いよいよ夏のアイドルフェスだ! ……と言いたいところだが、違う。
「夏の」と銘打っても、もう少し早い季節からフェスは始まる。
アイドル戦国時代なんて言われた事もあるくらい、日本では女性アイドルグループは飽和状態に近いくらい存在している。
「世間では一週間に一組アイドル(グループ)が解散し、二週間にアイドル(グループ)が誕生している」
という嘘をネタで話したところ
「へー」
と信じられてしまったくらい、栄枯盛衰、ライフサイクルが速いのだ。
そして、生まれたアイドルグループは、必ずしも大手事務所が経営しているわけでもない。
芸能事務所が運営しているなら良い方で、ダンススクールだったり、地方の芸能スクールだったり、中には芸能人が個人でプロデュースしている場合もある。
割と多くのアイドル運営は赤字だったり、収支トントンといったところだ。
……赤字を許容し、それが税金対策になっているのはこの際は見ない事にする。
芸能人の個人プロデュースの場合、道楽でやっている事もあるのだし
とりあえず、弱小のアイドルグループが全体の9割で、テレビ等で目立つのはスケル女グループ、フロイライン!たちの集団、そして自由音楽同盟:FMsに属するアイドルたち等、ごくごく少数なのだ。
そういったアイドル運営にしたら、アイドルフェスというのはありがたい場である。
ここで知名度を高めれば良い。
過去の例だが、あるローカルアイドルが、やはり地方のイベントで歌を披露した。
その際にアイドルヲタのカメラ小僧(通称カメコ)が撮影した一枚が「奇蹟の一枚」としてバズってしまい、その子だけ東京に進出して女優になった。
しかし、そのアイドルグループはその子を輩出したという一点で、語り継がれる事になる。
こういったように、誰か一人でも目立って、次に繋がったなら勝ち。
その知名度だけではどうにもならないにしても、宣伝効果としては大で、アイドルグループの多少の延命になる。
ここで一つのジレンマがある。
件のローカルアイドルから後の売れっ子女優が発掘されたのはレアケース。
実際は集客力が無いから、有象無象が束になっても高が知れている。
故に、大手のアイドルも呼んで、その旨味を分けて貰いたい。
しかし、大手のアイドルだと客のほとんどがそちら目当てになりかねない。
さらに大手の事務所は、肖像権管理の上で撮影禁止、もしくは制限している事もある。
アイドルヲタクの撮影によりSNSへの拡散、という当たったなら費用対効果抜群、バズらなくてもこちらの懐は痛まないものに期待している運営からしたら、撮影禁止なんてもっての他だ。
だから、フロイライン!はアイドルフェスには参加しないし、スケル女も人気を集め過ぎてしまうからフェスは遠慮していたのだ。
FMsは、弱小アイドル連合から始まって、大手事務所のバックアップを受けるようになった変わり種だから、弱小運営にとっての撮影の大事さを痛感していて、肖像権フリーかつ対バンの頻繁にしてくれるありがたい相手だったが、今年は海外に呼ばれて不在である。
そこで頼み込まれた戸方Pが、新しく夏限定アイドル「カプリッ女」を編成して、フェスに出演させる事にした。
カプリッ女メンバーに、パニックを起こすレベルでの人気メンバーはいない。
それでもネームバリューだけで集客力は見込める。
ニーズに合ったグループと言えた。
そのカプリッ女の初フェスは地方でのもの。
小学生の天出優子は、金曜の授業が終了すると、そのまま荷物を持って集合場所に移動。
新幹線で移動し、現場には前日入りして宿泊する。
こうした遠征は、その地の料理を味わえる楽しみがあった。
……逆に言えば、それしか楽しみがない。
観光地巡り? そんな事をしている時間は無い。
出番が終わったら、すぐに帰るのだから。
前日入りするのも、事前の準備の為でしかない。
当日移動だと、交通機関の麻痺が起きれば困るし、そうなれば主催者にも迷惑がかかる。
西日本組も合流し、ご当地料理での食事会が終わり、ホテルに宿泊。
そこで問題が発生した。
理由は、ド変態小学生の天出優子!
……だけでもなかった。
最初の部屋割りでは、スケル女の正規メンバー2人が1人部屋、西日本組の2人は同部屋、安藤紗里と斗仁尾恵里の「サリ・エリ」コンビで同部屋、残りは3人部屋であった。
しかし、早速問題が発生。
大阪アダー女の藤浪晋波が脱走……もとい放浪。
従妹の盆野樹里が捕獲する為に、男性マネージャーと共に部屋を出た。
1時間後、まだ藤浪は見つからない。
優子と同部屋の米谷絵美が、残ったスタッフの所にやって来て
「部屋割り変えて下さい」
と伝えて来た。
ド変態小学生が
「ねえ、米谷さん。
そっち行っていい?
一緒のベッドで寝ていい?
何もしない、何もしないから!」
とハアハアしながら言って来たのだ。
同期と違って耐性の低い米谷は、貞操の危機を感じてスタッフの元に逃げ込んだのである。
スタッフは溜息を吐くと、優子をサリ・エリコンビの部屋に送る。
ここなら同期だから、耐性もあるだろう。
中身はともかく小学生である優子は、絶対に誰かと同室にして面倒を見るのが方針だった。
確かにサリ・エリの同期2人は、優子のセクハラにも耐性がある。
上手くあしらってくれる。
一緒にお風呂! なんてのも今では平気だ。
……それが良くなかった。
3人が風呂でキャッキャウフフとやっていた後、ホテルのフロントからスタッフに連絡が入る。
「〇号室で水漏れです!」
田舎者2人と、現代の常識が無い小学生が、知らず知らずのうちに風呂のお湯を溢れさせ、それが部屋の外まで拡がっていたのだ。
彼女たちはそれに気づかず遊んでいた。
女性マネージャーが駆け付け、部屋を開けさせ、事態を把握させる。
その後、大説教。
しかし、説教は最後まで終わらなかった。
一人部屋で暇を持て余した長門理加も、ホテルを抜け出してしまったのだ。
そして迷子になり、警察に保護される。
スタッフは警察まで迎えに行かないとならない。
同じ頃、藤浪晋波も捕獲された。
夜景が見える、この地で一番高い場所にある展望台で
「この世界は私のもの」
と歌い踊っていたようだ。
盆野と男性マネージャーは溜息を吐きながら、彼女を確保した。
そうしてホテルのロビーに、頼んでパーテーションで区切りを作ってもらい、問題児どもを並べての説教大会。
その後、
「藤浪の脱走から全てが始まった。
盆野、ここまで来て悪いけど、お前の従姉の面倒を頼むわ」
と親戚2人が同室にされる。
「安藤と斗仁尾は、後で反省文出すように」
と言われ、別の部屋に移動させられた。
実はこの2人は罪が少ない。
ホテルの風呂について知らなかったのだから。
どっちかが寝室に残っていたら、浸水にも気づいたのだが、優子のセクハラの対応の為に2人で風呂に入ったのが間違い。
元々の2人部屋なら、こんな間違いは無かっただろう。
「天出と長門が同部屋な」
そう言って通された部屋は角部屋。
その周囲にはスタッフが待機し、何かあったらすぐに対応出来るようにする。
さて、変態と奇人とを合わせたらどんな化学反応が起きるか。
表向きは何も起こらなかった。
だが、チェックアウトした後の部屋は惨状そのものだった。
一晩中パーティーと称して暴れたようだ。
スタッフは
「もう脱走しないので、買い物お願いします」
と頼まれて、物を差し入れした事を後悔する。
このホテルには出禁を食らい、遠征時のスタッフを増やす事が決まる。
こんな問題児だらけのグループが、当日のフェスでは大活躍するのだから、人間とは不思議なものだ。
なお、部屋に引き籠って何があったか知らなかった富良野莉久は、後から聞かされて
「優子ちゃんなら私と一緒の部屋で良かったのに……」
と呟く。
その表情が、セクハラしている時の優子の表情と似ている事に気づいたスタッフは
(たまたま爆発しなかっただけで、爆弾は他にもあったんだ)
と頭を抱えた。
ありゃ、フェス本編に入ってない。




