ショッピングモールでも歌うぞ!
CDの販促イベントは、CDショップ内で行われるインストアイベントだけではない。
大型ショッピングモールのイベントスペースや、屋上といった公開スペースで行うイベントもある。
前者は基本的に興味がある人しか会場入りしないが、後者は通りすがりの人の目にも触れる。
ファンの前ならかなりの甘えも許される。
しかし、不特定多数の前ではそうはいかない。
天出優子という、天才音楽家の転生者は、自ら望んでその道に進んだとはいえ、アイドル音楽というものの長所も短所も理解している。
一般的な評価はかなり低いのだ。
「可愛いだけの女の子が、下手くそな歌とガチャガチャした踊りを披露し、それを現実の女性に見向きもされないモテない男が持ちあげて騒いでいるだけ」
そう思う人が多い事も知っている。
大体、彼女の父自体がアイドルのみならず、芸能界を全く評価していないのだ。
最近では優子の才能のみならず、アイドルでも学業に秀でたメンバーを見たりして考えを改めてはいるが、それでも総じて父のアイドルへの評価は低いままだ。
「プロデューサーにちょっとお話しがあります」
レッスン後、優子はスタッフを通じて戸方Pにアポイントメントを取った。
「なんだい?
編曲を頼んでいた事関係かな?」
直通電話での対話をしてみた。
「公開の場でのイベントで、歌う曲について提案があるのですが……」
「それはイベントスタッフに伝えてみて。
やってるのは僕じゃなく、そっち。
ただ、どういう考えかは聞かせてもらえる?」
優子は自分の考えを語った。
それはアイドルに興味が無い通りすがりの人、アイドルに偏見を持つ人、それらを唸らせる方策。
最初から音楽に興味が無いとか、急いでいて見ている暇が無いとか、それはもうどうしようもない。
ただ、足を止めて聞いてくれる客が、すぐに帰ってしまわないよう、馬鹿にされないようにはしたい。
しばらく聞いていた戸方Pは
「分かった。
その線でいこう。
僕からも言っておくけど、言い出しっぺの君にも責任持ってもらうよ」
と返答。
「君が決めたんだから、メンバーを説得して、レッスンを納得してもらうようにね」
とも言われた。
優子はイベントを管轄するスタッフとも話をする。
彼女は基本的に怠惰だが、こと音楽に関しては妥協をしない。
スタッフは、優子のトークについては全く信用していない。
スキルではなく、内容に問題があり過ぎる問題児だからだ。
だが、音楽のセンスに関しては大分信用するようになった。
元々凄いレベルにあったのだが、それが独りよがりではなく、きちんとグループのバランス、イベントの流れに沿ったものになっているからだ。
最早同じスタッフ、あるいは上位のプロデューサーのような感覚で接していた。
優子は現場スタッフと話をつけた後は、メンバーにも説明する。
「次のイベント、歌う曲は第1部が『雨の日の僕の隣』、第2部が『息を止めて、まぶたを閉じて』でいこうって提案しました。
理由は、これらの曲は歌に重点を置いたものだからです!」
カプリッ女リーダー寿瀬碧を差し置いての独断専行だから、特に寿瀬がムッとした表情になっている。
だが、優子は熱く語る。
「世間に私たちの歌は下手じゃない、上手いんだって見せましょう!
私は、自分たちがそう見られている事が許せない。
偏見をぶち壊して差し上げましょうよ!」
意図は伝わった。
それ以上に、熱意がビンビンと伝わってくる。
普段は、着替えとか接触狙いの変態小学生が、いつになく意気込んでいる。
寿瀬も、こんなにやる気に燃えてるなら仕方ないか、と優子の独断専行を許す事にした。
「やろう!
私たちは可愛いだけじゃない、ちゃんとした実力を持っているんだ! って見せましょう!
皆も一緒にやりましょうよ!」
正規メンバーからは、富良野莉久がやはり熱い感情をぶつけてくる。
この子は「ただ可愛いだけ」と見られるのを嫌う。
実力で認められたい。
優子以上に燃えている。
「じゃあ、皆もそれで良いなら、レッスンしよう」
リーダーの言葉で、皆一丸となった。
なお、この「雨の日の僕の隣」と「息を止めて、まぶたを閉じて」は、テンポこそアイドル調の明るく軽やかなものだが、基本はソロのリレー、デュオの歌い上げと、合唱曲ではない。
バラードのように聞かせる曲ではあるが、湿っぽい感じでもない。
聴衆を楽しませながら、かつ個人のスキルも見せられる良曲だが、問題はここ数年コンサートのセットリストからは外れている曲な事だ。
多作の戸方Pは、次々と新曲を出すから、初期の曲はやがて歌われなくなる。
よって、メンバーも歌い慣れてはいない曲が相当数存在する。
この2曲はそういった曲に含まれる。
「話は聞いた。
私は何回も歌っているから、指導しよう!」
と、どこからかスケル女最年長の灰戸洋子が入って来る。
おそらく戸方Pから何か言われたのだろう。
歌い方とか、ダンスを過去の映像を見せながら教える。
灰戸洋子自身、
「私はなんだかんだ言って生歌派」
という歌唱重視派で、ソロライブもしている。
昔そのままではなく、
「歌メインでいくなら、ソロの交代は少なくして、なるべく長い時間歌おうか」
「ダンスは、こことここはカットして、スタンドマイクの所から動かないようにしよう」
「あそこの会場、広さはこれくらいだから、左右これくらいの位置でのデュオにしようか」
等と有意義な改修を加えてくれるから有難かった。
「じゃあ、頑張って!
一人でも多くの客を引っ張って来てね」
灰戸はそう激励した。
いざ本番。
イベントが行われる屋内の広場には、既に多くのファンが集まっていた。
その見ている前でリハーサル。
優子はまずここでガツンを一発かますつもりである。
リハーサルは音響テストも兼ねている。
一人ずつマイクを持ち、声が拾えるかの確認をする。
その場で
「1番、寿瀬、OKです」
で終わらせず、アカペラで一小節歌ってもらった。
当然、予定外の歌声に歓声が沸く。
と同時に、何事かと足を止める客も。
そして新曲の冒頭を、テストを兼ねて歌う。
終わったら、今度は全員アカペラで、同じ場所まで歌ってみる。
これにもファンは歓声を上げ
「なんか、今日のイベント、特別な事するのか?」
という期待が高まった。
それがSNSで伝わり、ちょっとだけ盛り上がって来た。
「じゃあ、ここからが本番だから。
天出のプロデュース公演みたいになったけど、皆も長く自分の歌を聞かせられるから、どうせなら張り切っていこう!」
リーダーが気合いを入れた。
そして公演開始。
アイドル曲な新曲の後に、しばらくコンサートで聞いていなかった曲のイントロが流れ、古参ヲタクが興奮し始める。
通りすがりの客も、意外に上手い歌を聞いて足を止めて眺めるようになった。
イベントの第1部が終わると、特にネットでの書き込みが盛り上がっているのが感じられた。
第2部では、また違う懐かしい曲を歌う。
大いに盛り上がった。
基本的に、最初からファンで見に来た人たち、あるいはアイドルならどこでもがっつくオタクとが多数で、新規にファンになる人は少ない。
立ち止まって聞き入る人でも、最後までは見て行かなかったりする。
それでも、この日のイベントは評判が良いものとなった。
労力の割に、新曲予約券の購入は他のイベントと同程度と、費用対効果は悪いものだったが、それ以上に
「スケル女、案外歌えるじゃん」
「寿瀬とか全然チェックしてなかったけど、推し増ししようか」
「富良野イイ!
入って来た頃の富良野が戻って来た!」
等の好評で、優子はプロデューサーやスタッフから褒められたのだった。
……このイベントは平日なので、大阪と広島の助っ人メンバーは来ていない。
それが後々面倒臭い事になる。
次の土日イベントで、合流した大阪の藤浪、広島の長門は
「うちもソロ聞かせる良い曲選んでなぁ!」
「私にソロパートをくれないとか……犯罪……」
とリーダーに因縁をつけて来て
「私は知らない!
あの子のプロデュースだから!」
と責任をぶん投げられた優子は、しばらく変人2人に絡まれ続けて難儀するのであった。
おまけ:
天出優子「じゃあ、この歌……というか台詞パートを関西弁にして、藤浪さんでいきますね」
藤浪晋波「よっしゃ!」
天出(オペラでもそうだけど、言葉は現地語にした方が伝わるからね。
イタリア語やラテン語で聞くより、ウィーンではドイツ語でしょ)
※オペラといえばイタリア語で、映画「アマデウス」ではそれをドイツ語で作ったモーツァルト凄い!みたいになってました。
が、確かに凄いのは凄いのですが、モーツァルトが最初ではなく、ハインリヒ・シュッツの「ダフネ」(1627年)はドイツ語オペラだったようです。
英語、フランス語のオペラも既にあったようです。




