お試しライブ
スケル女というアイドルグループには、他のグループには無い強みがある。
独自のライブ会場を持っている事だ。
立ち見のみで、定員200人未満の地下ステージだが、借りて使う会場と違って様々なお試し公演が可能だ。
今回そこを、夏専用グループのお試しライブに使う。
こういう試みはスケル女が初ではない。
老舗グループである「フロイライン!」が、研究生発表会として大分前からやっている。
この発表会もまた、緊張感漂うものだ。
有料ライブであり、毎回観客には審査用紙が渡されて、歌唱力やダンス能力を審査される。
得票上位を続けていれば大概は昇格するし、逆に年6回、東京と大阪それぞれの公演の総獲得ポイントが足切り点に届かなければ脱退するよう言われる。
「フロイライン!」研究生落第者が、他のアイドルグループでエースになる事もあるから、
「あの事務所は実力重視過ぎて、見る目が無い」
と評される事もある。
その事務所では可愛いだけではダメなのだが、アイドルとして見るなら、可愛いだけで十分だったりするのだから。
「少年ジャ◯プのアンケートと同じ」
と、7女神の暮子莉緒は解釈していた。
それに対して、スケル女の研究生発表会は実に緩い。
ライブに慣れさせるのが目的だから、かなりの失敗にも目を瞑る。
正規メンバーの公演はきちんとしているが、ローティーンも多い研究生発表会は、失敗してもそれを糧とすれば良いというスタンスである。
ライバルに比べて、上手くはならないが、臨機応変な対応が得意なメンバーが育つやり方だ。
だが、今回のお試しライブは、初めての試みとなる。
正規メンバーと研究生が混ぜられたグループとなり、どんな形が良いかを確認する。
その為、失敗しても良いわけではない。
失敗して怒られはしないが、選抜メンバーからは外される。
いや、成功していても、イメージと違うなら外されかねない。
観客は普通に楽しむだけで、審査はしない。
だが、観客ありきのライブパフォーマンスをして、それをスタッフが審査する形になる。
なお、所詮は臨時グループ用の審査に過ぎず、正規メンバー選抜とは別物とスタッフは告げた。
要するに、夏フェスは暑くて嫌だから、選抜されないようにサボって、正規メンバー選抜に専念するって態度でも許されるのだ。
とは言っても、アイドル……芸能人になろうって女の子は承認欲求の塊である。
自分が選ばれないのは許せる、だけどあの子にだけは負けたくない、なんて対抗心も持っている。
こういう選抜だって、アピールの場なのだ。
……やり過ぎると、フロイライン!みたいにギスギスユニットになってしまうのだが。
天出優子にとって、初の観客前パフォーマンスとなる。
小学6年生の彼女は、有料ライブを今まで止められていた。
今までも存在していた小学生研究生は、お披露目会と、無料出演となるバックダンサー以外はライブ出演させられていない。
それが方針だからで、他のアイドルグループの予備軍(名称は様々)では出演OKだったりする。
その代わり、ライブ会場でのグッズ販売もさせられるし、撮影会や握手会もある。
そこで、刺激の強いオタクと接触したり、説教おじさんに遭遇したり、手を強く握られる、これはおばさんに多いが体をベタベタ触られる、等等で心を病んで辞めていく子も多いから、スケル女運営が保守的でお高く止まっているとも言い難い。
だが、今回は戸方Pの鶴の一声で、天出優子の出演が決まった。
お試しライブに、最強クラスを出さないわけにはいかない。
伸び悩んではいるが、可愛さだけならトップ級の富良野莉久のペアでもあるから、ここは出すべきであろう。
本人も、キツい観客に対する耐性がありそうだし。
天出優子の中の人からすれば、この程度の痛ヲタは大したことなかったりする。
優子の前世はモーツァルトであり、18世紀ヨーロッパの記憶が鮮明に残っている。
風呂が日本ほど普及してなく、体臭がキツいのに、それを香水を盛大に使って誤魔化す貴族階級。
庶民は、現代日本のように手洗いの文化は無い。
あの時代の臭いのキツさに比べれば、日本人の体臭なんて無いに等しい。
かのナポレオンが眠っている時、妻のジョゼフィーヌが悪戯でブルーチーズをナポレオンの鼻に押し付けたところ、寝ぼけながら
「うーん、ジョゼフィーヌ、今夜は疲れてるんだ。
今夜◯◯するのは勘弁してくれ」
と言ったエピソードがある。
あちらの体臭はそういうレベルだ。
汗で据えた酸っぱい臭いも、それを消す為のスプレーの匂いも、大した事はない。
また、厚かましい態度も前世では慣れている。
モーツァルトは、あえて上品な貴族社会から、庶民の音楽に向かっていった人物だ。
酔っ払いを相手してあしらった事も多数ある。
人生2回目の経験値は伊達じゃない。
小学6年生なら泣くようなヲタクの行動も、彼女には経験済みのたいしたことない修羅場である。
……それとは別に、優子の方が男女のファンで対応に差をつける方が問題であろう。
男性ヲタに塩対応なのではない。
前世で、自分のファンだった男性には、貴族であれ庶民であれ礼をもって接して来た。
女性ヲタに対してハラスメント気味なのが問題である。
躾けし直したから大丈夫だろう、そんなスタッフの期待は裏切られる事になる。
いざ本番。
10代の若手メンバーだけ、正規メンバーと研究生入り混じったライブとなった。
珍しさからファンも殺到。
開演の挨拶の影アナだけは、リーダーの馬場陽羽が行った。
彼女もまた、フレッシュメンバーのパフォーマンスをチェックする。
ライブは全員での合唱、ペアとなっている2人での歌唱、ソロ歌唱、正規メンバーだけのパフォーマンス、研究生だけのパフォーマンスといった構成であった。
普段は後列の正規メンバーにしても、自分にスポットライトが当たる気持ち良さを体験出来る。
だが、嬉しさとパフォーマンスは比例しない。
盛り上がり過ぎた余り、歌の出だしを間違えたり、歌詞を飛ばす子も出る。
ファンたちは
「まあ、仕方ないよな」
「研究生だからなあ」
と生暖かく見守っているが、審査している者たちの目は鋭くなる。
馬場陽羽は
「歌は覚えるんじゃない。
体に染み込ませるものだ。
それが出来ていないから、肝心な時に出て来なかったりする」
などとかなり厳しめな事を言っている。
そんな中、2組のパフォーマンスが良い。
1組目の富良野莉久・天出優子組は、デュオもソロも自信満々で、魅せてくれる。
富良野は伸び悩んでいると言われていたが、元々それくらいの実力はあった。
自信を無くしていたのが、最近年下の師匠のお陰で復活したのと、まだ体のキレは以前程ではないにしても、数曲ならば十分全盛期の動きを見せられた。
天出優子の方は言うまでもない。
デュオでは相手に合わせていたが、ソロでその真の実力を披露する。
それは圧倒的であり、一言多いファンたちですら
「すげえ」
「声楽やってたのか?」
「演技力も、あれミュージカルとか舞台の経験者っぽいよね」
と唸っている。
だが、この2人はスタッフからすれば「出来るだろうな」という想定内。
予想以上だったのが優子の同期、安藤紗里と斗仁尾恵里の「サリ・エリ」コンビである。
この2人、実に息がピッタリであった。
研究生入りした時から、両方田舎から出て来た関係で仲良くなっている。
斗仁尾恵里は地元の民謡少女で、安藤紗里はバレエ経験者、双方の良さを引き出し合って、スタッフも馬場も驚くパフォーマンスを本番で見せてくれた。
こうしてお試しライブ、昼公演が終わる。
帰りはメンバーが来場客に握手をして見送る。
ここで、やらかしやがった。
大半が男のヲタクであり、興奮して何を喋っているのか分からない速さで一方的にまくし立てる。
スキルとして
「ああ、そうなんですね」
「うーん、頑張ります」
といった挨拶を、話の内容から臨機応変に切り返す事になる。
これを繰り返す内に、疲労もあって段々死んだ魚の目になって来るメンバー。
こういうのを上手く出来るから、トップメンバーは「女神」と呼ばれるのだ。
天出優子もまた、100人以上と握手していて疲れて来た。
人酔いというか、去り際の5秒程度の握手を入れ替わりで続けていて、目が回って来る。
そうして、次第に理性の箍が外れ始めた。
そして、「鍵閉め」と呼ばれる最後の人になったのだが、それは珍しく女性だった。
癒しが欲しかった所に、女性ヲタが来た、そしてこれより後に待っているファンはいない。
そう思った途端優子は、握った手の所に顔を持っていき、頬ずりをし、握った手を放そうとしない。
女性ファンは思わぬご褒美に大喜び。
……夜公演の前に、大人たちから説教されたのは言うまでもない。
優子には、客の手を長く握り過ぎないよう、過度な接触をしないよう、監視スタッフがつけられた。
本来、離れようとしないのはファンの方で、それを剥がすスタッフがいるのに、まさかアイドルの方を剥がす事になるとは、誰も予想していなかったのである。
おまけ:
その頃、灰戸洋子はソロコンサートで大阪に来ていた。
「じゃあ、行くよ~!」
と気持ち良く歌っている。
気持ち良くなり過ぎたのか、東京の新人たちのが伝染したのか
「あれ? ここじゃない!」
「あー、間違った~!」
とミスをしまくった。
MCの時に
「すみませんでしたっ!」
と謝りつつも
「だって、盛り上がり過ぎちゃったからさあ」
「これ、ここに来た人だけの秘密だからね!
SNSとかに書いちゃダメだからね。
え?
そうだ、生配信されてるんだったーーーー!!
スタッフさん、カットカット。
え? 出来ない?」
と、ミスすらもネタにしまくり、会場を盛り上げるのが芸歴15年の強みであった。




