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汗を流そう!

 先日の天出優子とペアになってのダンスレッスンは、富良野莉久には久々に楽しいものであった。

 人間にはリズムがある。

 そのリズムを乱されると、上手くいかないし気持ちも良くない。

 富良野莉久は、色々あって体重が増えている。

 女の子はそれだけで神経質(ナーバス)になるのだが、加えて彼女はアイドルであった為、前は出来ていたパフォーマンスが今は出来なくなった事で、余計にストレスを貯めていた。

 しかし先日のレッスンで、富良野は年下の優子に上手くリードされる。

 今の彼女に合ったリズムでダンスを合わせられ、少しずつ引き上げられた。

 彼女は、久々に踊っていて気持ちが良かったのだ。

 相手がダンス大好きな天才音楽家の転生体だったから、彼女は上手く掌の上で転がされたと言って良い。

 だが、やはり体重増は誤魔化せない。

 本来落ちていたパフォーマンスを、ゾーンに入った事で全盛期並みに引き出せたとはいえ、終わった後に一気にダメージが来てしまった。

 それで不覚にも、恩人ともいえる優子の頭上でリバース……。


(私は体重を元に戻さないとならない!)


 富良野は決意する。

 だが彼女は勘違いしている。

 確かにストレスから来る過食で体重が増えた部分はある。

 しかし、それ以上に彼女の体の変化というものがあるのだ。

 無理してここでダイエットをすると、骨粗しょう症になったりしかねない。


 そして2個目の勘違いをする。

(体重を落とすには運動だ!)

 確かに減量には良い。

 贅肉を落とすには良いだろう。

 しかし、確実に筋肉はつく。

 代謝が良くなるから、将来的には良い事なのだが、華奢な体格だった時の体重には戻らない。


「天出さん、一緒に走って欲しい!」

 富良野はオーディション同期に頭を下げる。

 天出優子の中の人は、下心満々でレッスン後に抱き着きに行き、吐瀉物をぶちまけられるというしっぺ返しを食らっていた。

 それもあって内心、富良野の事を「ゲロイン」と呼んでいるのだが、それとは別に

(汗だくで必死な表情の美少女は良い!)

(火照った顔が、熱でポオっと赤く染まる様は良い!)

(嘔吐は口から、ウ〇子は尻から、上か下かの差しか無いか)

(何も知らない小娘が、私の手練手管で変わっていく、実に興奮する!)

 と変態思考が頭を駆け巡っていた。


 なお、こんな変態思考をしている人の肉体は、小学6年生女子なのだ……。


「いいよ莉久ちゃん、一緒に頑張ろうよ!」

 そう言って手を握りながら、その手の温もりを感じまくる。

 笑顔の裏には、下卑た変態顔があるのだが、素直な富良野はそれを感じ取れない。

「ありがとう!」

 そう言って手をギュッと握り返した為、天出優子の中の人は、危うく昇天しかけた。


(実力よりも可憐さ、完成品よりも未完成の大器、美女よりも美少女。

 さらっとこなす天才よりも、必死に頑張っていく様を応援したい。

 うん、アイドルオタクの男の気持ちが染みるように理解出来る!)

 そう思う優子であったが、一方で彼女の先輩のように

「難しいものをさらっとこなし、ドヤって感じで見せてくれるのが最高なんだよね!」

 とライバルのアイドルを崇めるようなドルオタもいる為、趣味嗜好というものは一筋縄ではいかぬものである。


 とりあえず、彼女たちはレッスン終了後、一緒にに走る事にした。

 こういう体を使う事を嫌う中の人(モーツァルト)だが、下心がある時は違う。

 自分の作曲への取り組みといい、ダンスへの熱狂といい、ギャンブルへののめり込みといい、良いものも悪いものも「欲望」には忠実で、かつ努力を惜しまぬのだ!




「いやあ、ビックリしたねえ」

「…………」

 レッスン後、皇居ランニングをしようと準備運動をしていたら、たまたま皇居周辺の動物の観察をしていたやんごとなき方から声を掛けられたのだ。

 前世で皇帝とか教皇とかと会っていた天出優子(モーツァルト)は、穏やかながらも放たれる気を感じ、どうにか礼儀正しく振る舞った。

 だが富良野莉久はそういう事に慣れていない。

 最初、優子が誰と話しているのか分からなかったようだが、理解すると共に緊張して汗を噴き出す。

 その方が去っていった後も、動悸が止まらず、何も話せないでいた。


「じゃあ、走ろうか」

「……うん……」

 富良野はフワフワした気分のまま、優子に促されてランニングを始めた。

 ここは1周約5km、信号がなくノンストップで走れるコースである。

 ここで走るという先輩曰く

「顔バレしなければ、凄く良いコースだよ。

 顔バレしなければね」

 と、近くに東京駅もあるし、皇居周回ランニングはする人が多い為、絶対バレるなよと暗に釘を刺されていた。

 ファンたちの間では、皇居ランニングをしている事がバレているのだが、彼等彼女等はそれを待ち伏せたりはしない。

 ファンでない人たちにバレた時の方が面倒なので、気づかないようにするのだ。

……ファンに対しては

「着いて来たら、次以降コンサートやイベントのチケットが当たらないと思ってね」

 という脅しが利くのだが。


 優子と富良野は、例のアンクルリストを着けた足でランニングをする。

 二人とも体力で売っているキャラではない。

 一周走り終えると、もうハアハアと息が上がっている。

……体は子供、頭脳は変態の方は、別の意味でハアハアしてもいるのだが。

「莉久ちゃん、汗凄いよ。

 拭いてあげるね」

「いいよ、汚れるよ」

 外から見れば百合っぽい構図で、汗まみれの中いちゃつく2人。

 片や下心丸出しだが、もう片方は

(よく気が利くし、良い子だよねえ)

 と素直に感動していた。


「じゃあ、もう一周行きましょう。

 付き合ってね」

 年下の親切な子の前でかっこつけたかったのだろう。 

 富良野の方からまた走ると言い出した。

「もう少し休んでからの方が」

「ううん、今行きたいの!」

 彼女は軽い興奮状態にあった。

 レッスンで既に疲れている。

 ランニング前に思いがけぬ人と遭遇した。

 そして自分に付き合ってくれる可愛いオーディション同期に対する感動。

 更に一周走り終わってのランナーズハイ。

 これが自分の限界を感じさせなかった。

 休もうという優子の制止を振り切り、彼女はもう一周の途に着く。


 二周目、明らかに苦しそうだ。

 体が軽い分、消耗が少ない優子は

「大丈夫? 休もうよ」

 と声を掛けるのに、富良野は虚ろな目のまま、聞こえてないようで、走り続ける。

(絶対に三周目は阻止しないと)

 下心無しでそう思う。

 だが、その決断は遅過ぎた。

 走り終わって、二重橋前広場に到着すると、そのまま富良野は座り込んだ。

「もう……終わり……ね……。

 これ……以上……走っても……逆効果……だから……ね……」

 自分も息絶え絶えでゴールし、富良野に話しかける。

 だが、反応が無い。

 優子は富良野の汗を、今回は体液堪能趣味とは別に拭いてあげようとして、気がついた。

(汗をかいていない)

 体を触ってみると、非常に熱くなっている。

(これは危険だ)

 急いで病院なりに運ぼうとするも、優子自身も既に体力の限界に達していた。


 結局、2人とも倒れる前にスタッフに連絡を入れ、救助、そして説教へと移行。

「どうして水を持って走らなかった?

 水分補給は絶対必要だからな!」

 今後はちゃんとスタッフと連携し、その指導の元で体力作りするよう指導されてしまった。

 踊ればリバース、走ればダウン。

 このように、非常に手間がかかる富良野莉久という新人アイドル。

 だが、天出優子(モーツァルト)が知っているようで、知らない世界がそこにはあった。


 曰く

「ポンコツな子ほど愛おしい」

おまけ:

運び込まれた病院にて。

軽い脱水症状なので富良野莉久は点滴を受けている。

目を覚ました富良野に天出優子が話しかける。

優子「莉久ちゃん、大丈夫?」

富良野「なんかねえ、倒れていた時、頭の中で音楽が聴こえたんだ。

 こんな感じの……」

口ずさんだ曲に、優子モーツァルトが反応した。

優子「それ、レクイエム!(K.626)

 ダメだ、行っちゃダメだ、帰って来〜〜いっ!!」


富良野莉久の奇妙な臨死体験であった。

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― 新着の感想 ―
> 危うく昇天しかけた 神の御使か何かさん、夢の中で説得するよりこういう方面から攻めた方が成功したかも…? そして熱中症対策は大事。真夏でなくても激しい運動すれば危ないなあ。
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