弱き者たち
天出優子が、グループアイドルのダンスが苦手だったのは
「もう過去の事さ」
と本人が言っている。
元々下手だったのではない。
慣れていない、身体能力が追いつかないからであった。
数ヶ月も練習し、筋力もつけたら解決出来る。
傍から見れば、簡単に苦手なものを克服したようにしか見えない。
しかし、他の研究生たちは違う。
通常のダンスレッスンでも、振りを間違ったり立ち位置をミスして
「覚えて来たの?」
「もういい、分からないなら座って見ていなさい」
とKIRIE先生に怒られ、泣いていたりする。
優子よりお姉さんとはいえ、まだ十代、悔しいと涙をポロポロと零す。
通しの練習で、一公演分を踊るとなると正規メンバーですら大変だ。
1セット終了すると、レッスン場の床に倒れ込んで動けなくなる子もいる。
スパルタ式ではなく、ちゃんと配慮したレッスンをするこのスケル女であっても、公演が近いと雰囲気は変わる。
「練習で出来ない事は本番でも出来ない。
本番でやっと出来たとするなら、それは出来るよう努力して続けて来た練習が実を結んだのだ」
そういうスタンスで、直前は念入りに練習をする。
魔の6時間レッスン等と言われ、これで出来なかったメンバーは公演から外される。
研究生も他人事ではない。
正規メンバーでダメだった者や、怪我人が出た場合、補欠として参加する事になる。
以前は不祥事で数人が一気に脱退したり、またインフルエンザで数人がドクターストップとなったりで、研究生が代理で出演する事があったのだが、管理が行き届く今はまず研究生が正規メンバーの代理となる事はない。
それでも伝統として、研究生もまた正規メンバーと同じ内容のリハーサルを行うのだ。
万が一の為にも。
この日のレッスンは厳しかった。
徐々にドタバタした足運びから、揃ったステップになりつつあるのだが、足元に気をつければ代わりに上半身が疎かになるのが、慣れていない人間の常である。
振りを覚えるのに必死なのに、加えて着地のドテっとした感じとか、KIRIE先生の言う「重力を感じさせない移動」を出来ない研修生や、正規メンバーでも歴の浅い子は注意をされる。
昔と違って怒鳴られもしないし、パワハラ気味な説教もされない。
しかし、淡々と出来ていない事実を映像と共に指摘され、出来ない人だけでレッスンし、出来るまで指導される。
その間、出来ていたメンバーは休憩したり、自主練習をしている。
その姿を見ているだけでも、自分が情けなくて泣けてくる。
泣きながらダンスをしていると、
「その顔は何だ?
その目は何だ?
その涙は何だ?
お前がやらずに誰がやる?
お前の涙で、コンサートが出来るか?
ファンを楽しませる事が出来るのか?」
と、厳しく言われる。
アイドルたるもの、辛い顔は見せてはならない。
涙は、嬉しい時に見せれば良い。
先輩も含めた出来ていないメンバーにとって、最年少の天出優子が出来ているのが悔しくて、自分が許せない。
流石にヘバって来て、これ以上連続でレッスンしても逆効果だと判断された為、一時休憩となった。
その時、スポーツドリンクを持って来て手渡した優子の顔を見て、誰かがつい言ってしまった。
「いいわよね、天出は!
何でも出来て。
ダンスももう克服したんだし、才能ある子はさっさと昇格しなさいよね!」
これに優子はカチンと来た。
確かに前世から引き継いだ才能はある。
だが、天出優子は才能だけで全てやって来たのではない。
モーツァルトはこうも言っていた
「私ほど作曲に時間と頭を使った人はいない。
有名な作品は全て研究した。
作曲家とは努力をし続けるべきである」
と。
天出優子はリズム感は良かったが、現代風の振りに慣れていない、集団でのダンスに慣れていない為に立ち位置で間違う、小学生の身体が長時間のダンスや大きい振りに着いて来ない、という欠点があった。
彼女はそれを努力で克服したのだ。
彼女は常々
「マイクより重いものは持ちたくない」
なんて言っている。
しかし、「持ちたくない」と「持たない」の間には相当の隔たりがある。
自分は体力勝負の人間ではないと思っているが、それでも最低限の事をこなす為に体力をつけるべきと判断したなら、音楽の為の努力は惜しまなかった。
だから決して、才能だけで欠点を克服したのではない。
そう言おうとしたところ、リーダーの馬場陽羽が優子に耳打ちする。
(悪いけど、しばらく言わせたいように言わせてやって。
この埋め合わせは絶対するから)
しばらく、出来なかった子たちは恨み節を口にした。
別に出来る優子への悪口ではない。
どうして出来ないんだ、自分には才能が無いんだ、ただ辛い、そういう愚痴が延々と続く。
挙句に
「こんな厳しいなんて思ってなかった」
「一気に難しくなって辛い」
「先生を代えて欲しい」
なんて言い出す始末。
興奮状態が収まり、次第に口数が減った頃を見計らい、リーダーが口を開いた。
「悪いけど天出、ちょっと足を触らせてもらうよ。
うん、筋肉ついたね。
あんたたちさあ、天出が才能あるから良いなとか言ってたよね。
才能は認めるよ。
でも、こいつはそれだけじゃないから。
やる事をやって来たから。
そこのあんた、立ってみて。
足触るよ。
筋肉さっぱりついてないじゃない。
出来ない理由はそれだよ。
努力不足。
分かるんだよ、私もそうだったから。
私も入ったばかりの時は出来なかったんだよ。
だから、いっぱい勉強して、いっぱい練習した。
そうしたら出来るようになっていた。
そんな私だから、努力した人と、してない人の差は簡単に見分けられる。
筋肉の量の問題じゃない。
努力して身につけたものは、自信となって表情に出る。
やれるという自信になる。
あんたたちの表情は、出来ない不安なものだった。
自信に満ちた表情でレッスン始めた人は、この中には居なかった。
もっと頑張ろうよ。
挫けるのは、やれる事全部やって、それで出来なかった時まで待とうよ。
まだまだあんたたちには伸びしろがある。
だけど、それはリハで伸ばすものじゃない。
リハや本番に来る前に自分で伸ばすものだよ。
まあ、言いたい事は全部吐き出したよね。
気分スッキリしたら、今持っているもの全部出しきろうよ。
それで公演メンバーから外されたら、それは『今の』実力なんだから、それを分かろう。
あくまでも『今の』ね。
それが分かれば、次までに何をしたら良いか分かるから。
さあ、気を取り直していこう!」
それは努力で登り詰め、選抜メンバーも何度か外された事があり、決して順風満帆なキャリアで来たわけじゃないリーダーの言葉。
だから響いたようだ。
泣いていたメンバーの表情が引き締まり、
「天出さん、ごめんなさい」
と感情をぶつけてしまった子も謝って、場は収まった。
「天出、ありがとうね。
年下に正論言われたら、こじれる事もあるから黙っててもらった。
小学生にそんな事させて、私も駄目なリーダーだね。
で、埋め合わせをしたいから、要望があったら遠慮なく言ってね」
そう言うリーダーに、優子はすかさず
「とりあえず、私の足の筋肉を絶えず撫で回している変態をどうにかして下さい」
と、照地美春のハラスメントへの対処を要求したのであった。
おまけ:
そして、努力してスキルを極めたアイドル現場では……
カメラマン「は……速い!
コンサート会場は暗いから、カメラのシャッタースピード落ちるとはいえ、速過ぎて上手く撮影出来ないとは……。
特にあの赤いメンバーカラーの子、通常の3倍だ!
まるで彗星だ!」
「フロイライン!」現場では、幾多の芸能カメラマンが驚愕させられていた。
カメラマン「ちぃっ、カメラの反応が悪い。
被写体の動きに、フォーカスがついて来ない」
かくして、磁力のリニアモーターフォーカスにも限界を感じたカメラマンは、諦めてF値の良い暗い場所でも撮れるレンズ(超高額)を買う羽目になってしまったという……。
(※:動きが高速過ぎて、プロがコンサート写真撮れなかったアイドルは実在します。
1回目で全部ぶれぶれになった為、2回目は1回目の記憶から動きを先読みし、移動先にピントを合わせておいて成功したとか。
その元ネタのアイドル、メンバーカラー赤の女性は、ハワイでマングースを捕まえようとして追いかけ回したという逸話持ち。
企画で小学生と鬼ごっこし、すばしっこい小学生男子を次々と捕まえるという鬼体力の持ち主でもありました)




