配信するぞ!
アイドルグループ「スケル女」に限らず、昨今のアイドルは配信メディアでファンと交流している。
「フロイライン!」みたいに、半分一方通行な配信しかしないグループもあるが、基本は準リアルタイムでファンのコメントにレスをして会話を行う。
これは諸刃の剣といえる。
リアルタイムで生のやり取りが出来る為、ファンとの仲が良くなり、それがライブに人を呼ぶ。
一方でリアルタイムゆえに、失言を取り消せない。
ファンも悪ノリをしてしまう為
「水着、水着って、おじさんがキモいよ」
というつぶやきが聞かれ、批判されたアイドルもいるくらいだ。
まあ、グループ最年長の灰戸洋子くらになると
『ようこりん、そろそろ水着グラビア厳しくね?』
「うっせーよ、ばーか」
という掛け合いが許されている。
初見の視聴者には暴言に聞こえるが、ここまで芸歴が長く、ファン歴も長くなると、握手会でも
「結婚して!」
「はいはい、またね」
なんてやり取りをするくらい、良く言っても悪く言っても「馴れ合って」いた。
さて、スケル女研修生も配信をしなければならない。
このグループは、配信のギフト数だったり、勢いランキングでライブのセンターを決めたりするから、配信と言えど真剣勝負である。
研究生でも1位なら、飛び級でセンター抜擢があったのだ。
天出優子の同期たちも、緊張しながら初配信に挑む。
「皆さん初めまして。
今日からこの枠で配信しますので、よろしくお願いします。
まずは自己紹介させて下さい」
傍若無人なところがある天出優子も、初配信の初っ端は定型文の挨拶をした。
スタッフと練習はしたが、やはり初めての事だから緊張もする。
そういう場合、こう言えとスタッフから言われた。
「えーっと、初めてなので何話したらいいんでしょうか?
何か聞きたい事はありますか?
色々教えて下さい」
すると、コメント欄が氾濫し始める。
ロリっ子に色々教えてあげたいヲタクたちのスイッチが入ったのだ。
『誰と仲良いの?』
「同期の子たちです」
『ミハミハと会った?』
「あ、色々と教えてもらってます」
『ミハミハ、うざくね?』
「そんな事ないですよ~」
『レッスン大変?』
「あー、辛いですねえ」
『やめないでね』
「やめませんよ! 頑張ります!」
こんな無難なやり取りを進める。
中の人たる数百年前のおっさんは、自分が転生した年齢相応の少女でも言わない、いわゆる「ぶりっ子」な態度をして、もしかしたら前世の自分と同じか、それ以上の年齢の男性と話をしている事が、内心笑えていた。
そして、プロデューサーから素を出して良いと言われた事を思い出す。
アイドルたるもの、可愛くなくてはならない。
だが、ただ可愛いだけでは面白みがない。
そこで、素を出せる質問が出るのを待つ。
『何の漫画が好きなの?』
この質問に、思わずニヤけてしまう優子。
最近ハマっている漫画があるのだ。
「えーっと、闇に降り立った天才の……」
『麻雀?』
「うん!」
『ざわ……ざわ……』
『ざわ……ざわ……』
『ざわ……ざわ……』
コメント欄が一気に擬音で埋め尽くされる。
中の人・モーツァルトは博打が大好きなのだ。
まだ小学生だから、博打はさせてもらえない。
堅物の父ゆえ、そんな事をしたら思いっきり怒られる。
だから、実際にはやっていないのだが、悪い先輩からプレゼントを貰ったのだ。
悪い先輩とは、優子を「昭和少年漫画愛好会」に勝手に加入させた、暮子莉緒である。
本人は麻雀が好きというわけではないが、王道少年漫画から成年漫画に順調に進化してしまい、元総理大臣がアメリカ大統領やローマ法王と麻雀する漫画だったり、放浪する話だったり、駄目人間が鉄骨を渡るものだったりをコレクションしている。
(スケル女って、王道アイドルな癖に、かなり変な女性が揃ってるよなあ)
と、入るグループここで良かったのか、たまに自問自答したりもする優子。
自分も同じと看做されている事には、まだ気づいていない。
そんな変人コネクションで得た麻雀漫画から、博打好き音楽家は新しい賭博を覚えたのだ。
そして、わざとボケた事を言う。
「なんか、透明なパイ見た事あるんだけど……」
『やめてーーーーー!!!』
『小学生が血液を賭けるのは十年早い』
『アイドルが読む漫画じゃねえwwwww』
『君はむしろ、狩られる側だからね』
『えー、もっと可愛い漫画読もうよぉ』
……一部、文字ながらうざったいコメントが見られるようになる。
(もしかして……)
優子がそのコメント主の正体を見ようとしたところ、ファンの方が目ざとく
『ミハミハ来た!』
『ミハミハがコメントしとる』
『ワロタ、ミハミハやんけ』
とツッコミが殺到。
(あの人、何してんだよ!)
軽く頭が痛くなる優子。
確かに、他のメンバーの配信に、プロデューサーやマネージャー、同じメンバーが顔を出す事もある。
配信中だが、
「照地さん、なんで普通にコメントしてるんですか?」
と思わず電話して抗議をした。
まあ、そのやり取りもヲタクにとっては幸せな風景である。
そして配信は午後9時には強制終了。
未成年、就学児童は配信制限があるのだ。
とんだ乱入はあったものの、初回配信は無事に終わったので、マネージャーからも
「OK! GJ!」
と短いメールで褒められた。
その晩、優子は夢を見る。
悪夢の部類である。
夢の中で、優子ではなくモーツァルトがスマホカメラで配信を行っていた。
彼は思う存分下ネタを話しまくる。
するとコメント欄には
『相変わらず軽薄で下品ですね』(カロリーネ・ピヒラー)
『変態なのは知ってましたが、まだ治ってないんですね』(マリア・アンナ)
『大人なんだから、もうそういうのやめろ』(レオポルド・モーツァルト)
『私が見込んだ人間なんだから、知性を持ちましょう』(ヨハン・ゲーテ)
『どうでもいいから、貸した金返せ』(ヨハン・プフベルク)
と、知った名前と顔のアイコンから、文句が大量に連なって来た。
「おい、あんたら!
なんで私が好き勝手にやってる中に入って来るんだよ!」
と霊界に向かって文句を言うも
『こんな人から素敵なハーモニーが生まれるとか信じられない』(カロリーネ・ピヒラー)
『そっちの世では、もっとお上品に』(マリア・アンナ)
『常識を覚えなさい』(レオポルド・モーツァルト)
『知性は大事だよ』(ヨハン・ゲーテ)
『金は命より重い……』(ヨハン・プフベルク)
と全員から反撃を食らう始末。
とにかく、夢の中でモーツァルトは詰られ続けた。
目が覚める。
体を撫でてみた。
ああ、ちゃんと天出優子の肉体だ。
ハッとして思わずスマホを持ち、配信アプリを起動させる。
あいつらが居た痕跡はない。
ふぅーっと溜息を吐いて、思わず独り言をつぶやく。
「誰に何と言われようが、私は私だ。
変えようがない。
好きに生きさせてもらうよ」
そしてその日、仕事現場で会った照地美春に、目の下の隈を心配され、悪夢の話をしてしまったが為に
「よしよし怖かったねえ~、もう大丈夫だよ~、ミハミハが着いてるからねえ~」
とウザ絡みされるまでが一セットなのであった。
おまけ:
同時刻。
他のメンバーの配信はこんな感じ。
灰戸洋子「カラオケ配信するよ!
今日は『フロイライン!』曲縛り!!」
ファン(今日は、じゃなくて、今日も、だろ!)
品地レオナ「チャンピオンズシリーズの実況配信するよ!
ここはマークが甘いよね。
オフサイドトラップ狙いだけど、裏取ろうとしてる選手をフリーにさせていたら(以下略)」
ファン(画面共有してないから、どのシーンなのか分からん!)
帯広修子「…………ピアノ弾きます……」
ファン(始めの挨拶以降、一言も喋ってないじゃん!)
かなり好き勝手やってた模様。
(現実のアイドルで、最初から最後まで何も話さない配信した人もいまして)




