運動会だ!
小学生は学校行事が多い。
最近のアイドルは、そういった学校行事に出られないスケジュールは組まない。
ライバルグループ「フロイライン!」の卒業したメンバーだが、当時多忙だった為に事務所が土日祝日にコンサートやイベントを詰め込み過ぎた結果、高校の卒業式や地元での成人式に出られず
「恨みます、呪います、祟ります」
と怨念を吐いた。
それが社会的に問題になり、バッシングを受けたその事務所だけでなく、他のアイドル運営も、学校に行かせないスケジュールは組まなくなった。
最近、小学生でもアイドル、もしくは研究生として活動出来るのは、そういった先人のお陰とも言える。
彼女たちは、貴重な学生生活を代償にせずに済むのだ。
さて、モーツァルトが転生した天出優子だが、運動会などという行事は、出来るならバックれたい。
体力で売ってるキャラではないのだ。
常々「マイクより重い物は持ちたくない」なんて言っている。
唯一の楽しみはフォークダンスである。
本来は男女で踊る為、中の人が極度の女好きだから、興味がないか、むしろ不快なはずなのだが、昨今は時代が良い。
「無理して男女ペアにしなくても良い」
と、特に女子が女子と踊る事が許された。
男子も男子と踊る権利はあるが、行使する者は少ない。
女子が「キモい男子と踊りたくない」というのは許されるのだから、かなり男子不遇ではあるが、そういう女子が少数派なのでまだ救われている。
案外、口ではごちゃごちゃ言いながら、異性とペアになりたい男女は多いのだ。
まあ、そういう社会問題は置いといて、天出優子の場合
「下手に男女ペアで、変な噂を立てられないように」
と学校が配慮した結果、女子としかペアにならないようになったのだ。
中の人が人知れず、歓喜で吠えまくったのは言うまでもない。
にしても、それ以外の時間、優子はやる気が無い。
運動神経も大して無いし、転んで怪我されても困る。
だから、6年生という事もあり、実行委員会に入れられたのだ。
なので、競技に参加する事よりも委員会用のテントにいてあくびをしている。
そんな優子だが、彼女の仕事は運動会当日よりも、それ以前に終わっていた。
運動会で流す曲の選曲を任されたのだ。
そして選ばれた曲は、まずは定番の
・ラデツキー行進曲
・天国と地獄
・道化師のギャロップ
・クシコスポスト
・ウィリアムテル序曲
・トリッチ・トラッチ・ポルカ
この辺は中の人も外さない。
指揮者、音楽家である為、観客が何を求めているかは理解し、奇をてらわない。
しかし、その他の曲では我を出しまくった。
それが以下のラインナップ。
・交響曲25番 ト短調 K.183 第1楽章アレグロ・コン・ブリオ
・交響曲26番 変ホ長調 K.184 第1楽章モルト・プレスト
・「フィガロの結婚」序曲 K.492
・アイネクライネナハトムジーク K.525
・ピアノソナタ15番 ハ長調 K. 545
昼食時間用のBGMも考え、賑やかな曲だけでなく、和やかな曲も選んだ。
なお、自分自身の曲だけで固めたのは
「定番の方で、他の奴の曲も選んでいる」
からとしているが、実は裏事情があった。
最初、候補に挙げたのは自分の曲以外だったのだが「Taboo」(マルガリータ・レクオーナ)を選曲した為に、特に教師から
「もっと格調高い曲を!」
と言われ、臍を曲げたのだ。
「格調高い?
彼らに音楽の何が分かる?
よろしい、ならばそういう曲を選んでやろう。
私の曲に文句をつけられるのなら、やってみろ!」
と意地を張った為である。
なお、後日この運動会の休み時間のBGMは「まるで銀〇伝みたいだ」と、一部の父兄から評された。
アナウンスの先生の声が某声優に似ている上に
「紅組、白組、両者互角のまま戦況は推移した。
両軍は一時戦線を下げ、補給と休息に時間を充てる事になる」
という読み上げがされたのも一因であろう。
こんな感じで、運動会前に一仕事終えていた優子の気は抜けていた。
そんな優子とは対照的に、笑顔満開なのが自称「ライバル」の武藤愛照である。
ここはライブ会場とかイベント会場だったかな? というレベルのにこやかさである。
応援の父兄たちにも愛想を振りまいている。
(よくやるなあ……)
とあくびをしている優子に、愛照が近寄って来た。
満面の笑顔だが、唯一目だけが笑っていない。
むしろ怒っている。
そして、優子を人が少ない場所に連れ出すと
「あんた、気を抜いてんじゃないわよ!」
と、どこかの俳優の「笑いながら怒る人」のような感じで詰って来た。
「気くらい抜かせてよ。
やる気ないんだから」
と悪びれない優子に、愛照は明らかに違う方角に手を振りながら
「あっちの方を見なさい」
と促す。
ちょっと光が見えた。
「あれはね、私たちを隠し撮りするパパラッチ。
私も、貴女も、狙われているの」
そう囁いた。
光とは、関係者以外学校には近づけないため、長距離から狙う望遠レンズの反射である。
そういう機械を知ってはいても、意識する気が皆無な数百年前の意識の優子とは違って、写真週刊誌や隠し撮りサイトの存在を知っている愛照は、
「それすらもアピールの場」
とポジティブに考えている。
普通に考えたら、肖像権の侵害に当たるのだが、売れるためだ!
そんな愛照と裏腹に、優子は面倒臭そうだ。
「じゃあ、事務所に連絡して排除して……」
と言いかけるも、
「ダメ!
そんな高圧的な事したら、貴女は良くても、私の評判も悪くなる。
ここは協力して、あんたも笑顔を振りまきなさい!
あんたが抜けた表情してると、ネットの注目はそっちにいくから!
私と同じように、無難な笑顔でいれば何の問題も無いから!」
と、相変わらず「笑いながら怒る人」で文句をつけられる。
(面倒だなあ……)
と思った優子は、全然違う方法で対処した。
なんと、ほとんどの時間、校舎内に隠れてしまったのだ。
理由は「筋肉痛」。
「マイクより重い物を持ったから、手が痛い」
なんて言っていて、明らかに仮病なのだが、パパラッチの存在を暗に告げると、教師たちも黙認する。
まあ、フォークダンスの時間には、言った事を全部忘却してグラウンドに姿を現す。
踊っている時、元からダンス好きだった事と、色んな女の子と手を繋げる興奮で、パパラッチが賞賛する程の輝く満面の笑顔であった。
遠くから見ている愛照が、笑顔のまま般若のオーラを出しているのが怖かったが。
この運動会、子供たちの競技はある意味二の次となっている。
ダンス系アイドルになった武藤愛照が、誰彼構わず愛想を振りまいていた為、彼女が目立ちまくっていたからだ。
その仕草は、後に「武藤プロ」なんて呼ばれ、隙が無いアイドルとして畏怖される事になるのだが、ここまで目立ち過ぎると反感も買ってしまう。
同級生たちの彼女を見る視線が冷たい。
だが、彼女は天出優子に救われる。
本人は悔しい限りなのだが。
それは、最後の表彰式での事だ。
優勝した紅組に、優勝旗の授与がされたのだが、その時の曲を誰も聞いた事がない。
高揚感のあるその曲を楽しんでいると、優勝旗を渡した後の校長から
「この勝者を讃える曲は、実行委員の天出優子さんが作曲されたものです。
皆さん、拍手で讃えて下さい!」
と告げられたのだ。
この一瞬で、運動会の主役は優子のものとなり、武藤愛照の過度なサービスへの反感はどこかに吹っ飛んでしまった。
生徒からも、父兄からも拍手をされた優子は、コンサート終わりの指揮者のような仕草で礼をする。
主役の座を一瞬で奪われた武藤愛照は、笑いながら心の中でハンカチを噛んで悔しがっていたのだった。
おまけ:
あの世にて……
ルートヴィヒ・フォン・ケッヘル「また増えたのか!」
非公式なケッヘル番号がどんどん追加されているのに、この人以外気づいていませんでした。
おまけの2:
運動会の山場は騎馬戦であった。
紅組主将堀川君「左翼は若本、右翼は森、両翼包囲を行うが、白組主将の鉢巻は野田、卿が正面突撃で取って来るが良い。
白組の主将、あの魔術師は何かを仕掛けて来よう。
水島、鉄壁の異名を持つ卿に防御を任せる。
では勝利の前祝いだ。
(麦茶で)乾杯!」
白組主将富山君「我々は井上君を先陣とする左翼は前進、納屋君の右翼は後退し、斜線陣を形成する。
そして出たら反則になる校庭のラインを使って、半包囲の形に移行する。
この校庭は、紅組の強者全員を活躍させるには狭過ぎるから、今回はそれを利用させてもらおう。
混戦に持ち込み、あとは羽佐間君の剣道部の肉薄攻撃に任せよう。
やれやれ、歴史研究部の私なんかが主将なんて荷が重いから、皆に頼ることになるけど、よろしくね」
この伝説の戦いは、下級生の宮野君、鈴村君によって研究され、数年後に両者が紅組・白組主将となり、再び熱い戦いを演じる事になる。




