(最終話)転生モーツァルトは女子アイドルを目指します
『私が目をかけたユウコ・アマデとその仲間たちによるコンサートは、当初は期待した程ではないと思った。
2曲目は中々面白かったが、他の曲は音楽的に見るべきものはない。
緊張するステージで楽しそうに歌い、踊る姿は子供たちの参考にはなる、その程度に思っていた。
しかし、若い世代には違っていたようだ。
あのコンサートを観て、しばらくして私の弟子が言って来た。
日本にしばらく滞在したい、と。
彼は日本のアイドルの音楽に刺激を受けたようだ。
彼は新しい音楽を創造しようと、産みの苦しみの渦中にいた。
そんな彼には、特に変わった事はしていないが、王道の主旋律だけで勝負する楽曲が刺激になったようである。
そう、18世紀から19世紀初めの古典派や、ロマン派のように。
新しい事とは、必ずしも今までに誰もして来なかった事とは限らない。
ルネサンスという言葉があるように、古きものを再び見つめ、現代風に再解釈するのもまた、新しい扉を開く事に繋がる。
そして、苦しんでいた彼には、ユウコたちの楽しそうに歌う姿は癒しとなったようだ。
彼だけではない。
別な悩みを抱えていた他の弟子も、同じような事を言っていた。
ああいう自分たちが楽しんで歌う姿、頭を空っぽにして聴くような曲は、疲れた心によく効く、と。
ユウコ・アマデたちの挑戦は、期待外れではなかったようだ。
これをどう解釈し、どう我々の発展に繋げていくか、それはもう若い世代に任せよう』
天出優子をクラシック界に誘ったドイツ音楽界の大物、堀井真樹夫・エリアスとゾフィー兄妹の師匠でもある人物は、日記にそう残している。
スケル女グループのパフォーマンスは、その日記のように「まあまあの成功」という微妙なものだった。
よく音楽を聴く人たちには、実に物足りない。
しかし、しっかりと仕上げて来た「お遊戯ではない」音楽は、とりあえず拍手はしておこうという程度には認められたようだ。
そして、老人たちは気づかないが、悩み多き若者はふと気づく。
妙に心に沁みている、と。
誰かが言っていた、「アイドル曲は疲れた心によく効く」と。
別にアイドル楽曲に限った事ではない、ヒーリング音楽というのは既に存在している。
楽曲とダンスとステージパフォーマンスを含んだ諸々、そして楽しんでいる空気。
総合的な音楽に刺激を受けた者は、少ないが存在している。
そういう意味で、小さいがしっかりとした爪痕を残したようである。
「まあ、全然大した事ない音楽だったじゃない。
期待するだけ無駄だったようね」
優子に会って悪態をつく妹ゾフィーを、兄のエリアスが窘めた。
「お前、ニコニコしながらペンライト振って、乗っていた癖に」
「そんな事してない!
このグッズだって、どんなものかな?って試しに買っただけだし」
「はいはい、そういう事にしておこうか」
そしてエリアスは優子に話しかける。
「どこがどうと言えないけど、良かったよ。
でも、妹が言うように音楽的には大した事がない。
否定しているんじゃないよ。
平凡だったけど、それが妙に良かった。
でも、これって、観に来た人にしか伝わらないだろうね」
優子は頷きながら
「それで良いよ。
最初こそ『叩きのめして差し上げる』って思ってたけど、気持ちが変わったの。
『楽しんでくれたら、それで良い』ってね」
「至言だね」
「我ながらそう思う。
他人の評価なんてどうでも良くなった。
楽しんでくれたなら、それで今日のコンサートは誰がなんと言おうが成功よ」
そう言って無い胸を張る。
なんか納得し合っている兄と恋敵の中にゾフィーが割って入った。
「どんなに観客を満足させようと、周囲を楽しくさせようと、私は認めない!
真樹夫は譲らない!」
「……それなんだけど、私は別に……」
「受けて立ちなさいよ」
その声はゾフィーのものではない。
武藤愛照の日本語だ。
「マッキーがどうとか言ってるけど、堀井君の事でしょ?
ドイツ語は分からないけど、なんとなく言ってる意味は感じ取れた。
貴女は鈍感だから教えてあげる。
ライバルである事以上に、お前なんか相手にしてないって態度の方が頭に来るのよ!
私もそうだったけど、眼中にもないって事程屈辱的な事はないのよ。
負けるならせめて、ぶつかって負けたいものよ。
だから、貴女はどうも思ってないかもしれないけど、せめて真正面から受け止めなさい」
「そういうものなのか……」
「そうよ。
むしろ思いっ切り負けた方が仲良く出来るってものよ」
「そうか……。
よし、そこの女」
「ゾフィーよ!
名前くらい覚えなさいよ!」
なんとなく、優子がどういう返事をしたのか理解出来て、頭を抱える愛照。
「受けて立ってあげますわ。
返り討ちにして差し上げます」
「ふん!
勝つのは私だからね!」
そう言ってプリプリ言いながら去っていった。
「……あれで良かったの?」
「いいと思うよ。
今はあんなだけど、その内無二の親友になれるかもしれないしね。
なんとなく、だけど……」
特殊訓練ばかりしているフロイライン!メンバーの直感力はちょっと異常なのだが、それが正解だったかどうかはここでは書かないでおく。
帰国後、優子たちは普通の生活に戻った。
普通に学校生活をしながら、普通の人とは違う芸能レッスンの日々。
そんな中、優子はまた戸方風雅総合プロデューサーに呼ばれた。
「実は来年、また姉妹グループを増やす事になりましてね」
戸方Pは話し始める。
沖縄の芸能スクールと組んで、「躍動的な」を意味する音楽用語「con slancio」からコンスラン女というグループを立ち上げる運びとなった。
沖縄のノリの良さを活かしたグループにする予定である。
立ち上げ期には兼任メンバーを送って、人気が出るまでブースター的な役割をして貰う。
優子にも、再び兼任を要請したいが、その前にもっと重要な話をしておきたい。
「また、楽曲提供で協力してくれますか?
君は沖縄の音楽について、色々研究してましたよね?」
「はい。
形だけなら同じようなを作れるようになりました。
ですが、そのエッセンス的なものを、まだ掴み切っていません。
これが出来ていないので、今の自分ではまだ模倣品、それっぽい曲しか作れません」
「うん、やはり君は凄いね。
僕なら模倣品で十分って思っちゃうよ。
それ以上の曲を作れないからね。
君は作れるって確認があるから、深入りするんだね」
「作れる、作れないかよりも、分からないまま終わるのが嫌なだけです」
「なるほど……」
少し黙って、優子の表情を見つめながら戸方Pは聞いて来た。
「君、もっとプロデュースに本腰入れる気ある?」
既に楽曲提供能力は疑いようもない。
ダンスに関するセンスも良い。
その他のプロデュースに関しては、夏限定ユニット「カプリッ女」をプロデュースさせた時に、メインで担った照地美春を間近で見て、色々と分かっただろう。
なにも彼女一人でプロデューサー業するわけじゃない。
出来ない事は周囲のスタッフを頼れば良いし、何より総合プロデューサーとしての自分がいる。
やりたいという意思があるなら、優子に任せても良い。
「質問があります。
その新グループのプロデューサーをすれば、スケル女の活動に支障は出ますか?」
「多分出る。
一回やってみて分かったかもしれないけど、プロデューサーは創作以上に調整が中々難しいのよ。
それが案外負担になって……」
「じゃあ答えは出ました。
しません。
出来ない事はないですが、当分はアイドル業に集中したいので。
これは卒業した灰戸洋子さんとの約束でもありますし」
灰戸洋子は卒業コンサート終えた後、優子にこう言った。
「貴女はいずれ、ただの歌手じゃ収まらなくなる。
でも、私の年齢までとは言わない、大学卒業する年の22歳くらいまでは、スケル女を引っ張っていって欲しいの」
「100パーその通りにしなくて良いから、気に留めておいて欲しい」
優子は、その方が良いと思った。
だから優子は戸方Pに向かい、
「楽曲提供は喜んで協力します。
兼任は出来るかもしれません。
飛行機嫌なので、そこはどうにかして欲しいのですが。
でも、本業に支障が出る仕事は勘弁して下さい。
私はもっと、やる事がなくなるまで今の仕事を極めたい。
私はより高みを、最高の女子アイドルを目指します!」
戸方はニッコリ笑って、それ以上は求めなかった。
この子がそうしたいなら、そうさせよう。
今でさえ凄いのだ。
きっと本人が思う以上のスーパーアイドルが爆誕する、そう感じた。
転生モーツァルトである天出優子の女子アイドル生活は、まだまだ続くのである。
~~ (終) ~~
終了しました。
自分の作品って、宇宙船のもの以外、ほとんどが物騒なので
「日常系書いてみたいなあ」
と思ったのが書き始めのきっかけでした。
あと、映画「アマデウス」で見たモーツァルトがかなり印象深かったので、彼で書いてみたかったってのがありました。
最初は「現代人がタイムスリップしてモーツァルトに出会う」を考えたところ、逆立ちしてもかないっこないので、逆にしてみました。
モーツァルトに現代の楽器や、死後の音楽の情報与えたらどうなるか?と。
そして、普通にクラシック界に置いたら「天才降臨」で終わるので、絶対無いであろう音楽をさせてみる。
「モーツァルトが自分のやって来た音楽否定してアイドルなんかするわけないだろ、ふざけんな」
というコメントも貰いましたが、当たり前の状況に置いても何の化学反応も起こさないので、そこは譲れない大前提でして。
まあ、そのコメントの「他の架空の音楽家でも良いだろ」ってので、「他の実在の音楽家のネタも使えるな」と思い立って、途中でワーグナーさんから劇作家のシェイクスピアまで使うきっかけになったので、コメントはありがたいものですよ。
この作品で、今までと大きく違うのは「書きながら本職に質問出来た」という事です。
最近は握手会だ、オンライントークだ、お絵かき会だツーショットポラだ、と芸能人に会える機会がありますからね。
モデルとした人数人には、こういう小説書いてるって事も話し、分からない事とか、仕事の分量で過不足ないかとか、質問してました。
事務所はともかく、本人からは半公認です。
「相当変人にしたよ」と言っても、笑って許してくれた……と思います、多分きっと……。
バーターとして「もしアニメ化したら声優に推薦する」という空手形を切りましたが。
……歴史上の人物とも、こうやって添削お願い出来たりしたり、分からない事を聞き出せたら色々書きやすいんですけどねえ。
ネタバラシ。
既に過去にキャラ名の由来を明かした人は省きます。
天出優子は、アマデウスの漢字化です。
照地美春は、アントニオ・ルーチョ・ヴィヴァルディから、ディルチョ・ビバルとして漢字化。
辺出ルナはそのままゲオルク・フリードリヒ・ヘンデル。
帯広修子は、帯と修でフランツ・シューベルト。
暮子莉緒はそのままグレゴリオ聖歌のグレゴリオ。
品地レオナは、レオナルド・ダ・ヴィンチ。
李友里はジャン=バティスト・リュリ。
安藤紗里と斗仁尾恵里は二人合わせてアントニオ・サリエリ。
富良野莉久はフランツ・リスト。
寿瀬碧はジュゼッペ・ヴェルディ:ヴェルディは緑と訳せるので。
兵藤冴子はピョートル・チャイコフスキー。
戸伏クロミはクロード・ドビュッシー。
てな感じで、スケル女は音楽家の名前を使っています。
アダー女は日本人メジャーリーガー、アルペッ女は「蒼き鋼のアルペジオ」から発想を得て軍艦名+現役のアイドルの名前の改変です。
フロイライン!はSF作品の女性強キャラや、高速をウリにするキャラです。
その中で、優子のライバルの武藤愛照は、ムツィオ・クレメンティという音楽家と、銀河鉄道のあの女性の合わせ技です。
ムツィオ・クレメンティはモーツァルトが宮廷で対決したイタリアのピアニストで、皇帝ヨーゼフ2世は両者の実力を同等とした人物です。
なお、小説内の2人の関係とは違って、モーツァルトはクレメンティを酷評していました。
転生前はやはり、かなり人間的に尖ってます。
堀井真樹夫は、ピアニストのマウリツィオ・ポリーニから名前を取りました。
(2024年にお亡くなりになった方です)
キャラ的には、大分本物のアイドルを参考にしましたが、とりあえずグループ名は実名を書いても、個人名(生きている人)は控える事にします。
伝統芸能のドラ息子が本名書かなかったのも、「中村」「市川」「蛯名」なら歌舞伎だし、「野村」「和泉」なら狂言だし、「亀井」「石井」なら能楽と、どれかを特定可能(そして大体決まった苗字になっている)という理由からでした。
モデル的にはデスノのリューク役の(以下略)。
なお天出優子は「人生2周目」と言われる童顔のアイドルを外見上のモチーフに、自分もアイドルながらプロデューサーもしたアイドルを設定上の参考に、あとは史実のモーツァルトの変人ぶりと、数々のハラスメントを堂々としているアイドルたちを混ぜ合わせて合成したキャラです。
女の子大好きは、照地美春にも反映されてますが。
(照地のモデルの子は、別に女性好きではない、距離は結構近い感じだけど)
灰戸洋子は、多分モデルのアイドルそのままっぽいかも。
作者、女性主人公を書くのはほとんどしないので、慣れてないです。
なので内面は男っていうのは、割と助かった設定でした。
でも、今後も女性主人公は増やしていきたいです。
次回作(現在構想中)も女性主人公なのは確定してます。
歴史小説ですが、資料が乏しいので、また創作で間を埋める作業をしています。
てなわけで、5月から9月までの毎日の投稿にお付き合いいただきありがとうございました。
気づいたら自分作の中では3番目に長い160話になりました。
モーツァルトの逸話は60話くらいで大体使い終わっていたので、あとは過去の音楽家や現役アイドルの、これまた強烈な個性たちにキャラが持っていかれた感もあります。
ショパンとワーグナーあたりは、転生者として出してもっと話に絡めても面白かった……いや、もう完結させたし、これ以上はやめておきます。
次回作は決まってるので、書き溜めるまで1~2ヶ月空けます。
その間に、SFの短いの入れられたら入れます。
ご愛読ありがとうございました。




