集大成
「音楽を愛する皆さん、御機嫌よう。
これより音楽祭を開幕いたします」
司会による挨拶で音楽祭は始まった。
まずは開催委員長による演説。
諸々をすっ飛ばし、司会は日本のアイドルを招待した事を伝えた。
「今回は特別に、遥か東洋の彼方から、実に可愛らしい女の子たちを招待しています。
伝統ある音楽の場に相応しくないとお思いの方もいるでしょう。
しかし、我々の懐は広い。
世界にはこんなお歌もあるのだという事を、認める度量があります。
皆さん、音楽は伝統あるものですが、一方で常に前に歩んでもいます。
全く異なるものを取り込む事が、次への進歩に繋がる事もあるでしょう。
是非とも、この可愛らしい女の子のお歌が、それに相応しいか見てみませんか?」
寛大さを言っているようだが、かなりイヤミな言い回しをしていた。
「可愛らしい女の子」は「大人ではない、半人前で何も出来ない子供」という意味である。
「お歌」はダンスもするものな為「Tanzspiel (タンツシュピール)」と話していた。
もっと正確に訳すと「お遊戯」であろう。
要するに
「日本のアイドルの音楽など、正統な音楽として認めていない。
でも、お子ちゃまのお遊戯会として、保護者視点で見てあげるよ」
というスタンスなのだ。
優子たちはステージ横の控室にいる。
優子はドイツ語が理解出来るから、司会の言っていう皮肉が理解出来た。
では、同じくドイツ語を理解は出来るが、母国語ではないフロイライン!の比留田茉凛・浜野環はどう聞いたのだろう?
出演を控えているが、見る限り落ち着いているようだ。
(武藤さん)
優子はつい小声で、武藤愛照を呼んでしまった。
さっきの司会の話を……と思ったが、今言っても意味がない。
なんでもない、とも言えず
(頑張ってね)
と言ってみる。
(貴女がそんな風に他人に気をかけるのって、凄い珍しい事だね。
ありがとう。
行って来るわ)
愛照がそう返し、手を振ってステージに向かっていった。
フロイライン!のパフォーマンスが始まる。
結果から書くと、彼女たちのライブは目的をほぼ果たした。
如何に日本では「ラスボス級」と呼ばれるスキル集団とはいえ、クラシック界でオペラを歌う世界的な歌手には遠く及ばない。
一方ダンスも、ボリショイ劇場で公演するバレリーナに及ばない。
楽曲だって、複雑に作り込まれた名曲群には及ばない。
しかし、それらの複合ならばどうだろう?
近代五種競技は、射撃・フェンシング・水泳・馬術・ランニングそれぞれの専門家に個々では及ばないかもしれないが、決して蔑まれるものではない。
近代五種は、古代五種(レスリング・円盤投・やり投・走幅跳・スタディオン走)を受け継ぎつつ、競技を再編成したものだ。
スポーツ競技にも貴賤は無いが、それでも歴史ある競技として尊敬されている。
フロイライン!のパフォーマンスはそういったものだ。
フロイライン!の楽曲には、クラシック曲の一部を組み込んだものがある。
それと一糸乱れぬ集団でのダンス、リレーの巧者のように歌い継ぐ技術も。
「一人で全て歌い切る」のとは違う「継投の巧みさ」という見るべき点。
クラシックを入れた曲でなくても、ミディアムテンポでピアノやストリングスがメイン、電子音が少ない幻想的な曲を披露。
これにはリーダーの人脈で連れて来た奏者による生演奏で、伝統好きな観客の嗜好から外れないようにする。
これらはフロイライン!の先代プロデューサーが、既に日本でもやっていた事であり、音楽祭用にブラッシュアップはしても、今までして来なかった事を新たに行ったわけではない。
そういう意味で、フロイライン!は日本と同じフロイライン!をやっているのだ。
そして、それは概ね好評であった。
「大した期待をしていなかったが、あの女の子たちも、まあまあやるではないか」
保守的な連中にそれくらい言わせたなら、十分な成果と言えた。
(フロイライン!も凄いね)
優子は袖で見ていて、また観客の評価も地獄耳的に聞き取った上で、そう思う。
如何に複合で見せたとしても、目も耳も肥えた連中は満点を出すはずがない。
どうせ満点を出さない客なのだ、好意的に捉えられたならそれで良い。
それは、フロイライン!の方が観客に対し好意的だったのがあるだろう。
このセットリストは、彼女たちの中に既にあったものだが、それでも精一杯ドイツの観客に寄り添ったものだ。
そして「張り合おう」ではなく「聞いて、好きになってもらおう」というパフォーマンスをした。
耳が肥えていればこそ、そこは分かるのだ。
彼等はクラシックの演奏において、指揮者の違い等をしっかり理解する。
この指揮者は短気だとか、ちょっと今日は気が急いているとか、分かる。
挑戦的なパフォーマンスなら、きっと気づかれただろう。
ここは同級生の伝統芸能ドラ息子に感謝だ。
「前座みたいでシャクだけど、場は温めて来た。
バトンを渡すわ。
貴女たちの実力も見せて来てよ」
汗だくでステージから下がって来たフロイライン!。
愛照が、さっきとは逆に優子を励ます。
そしてステージに上がる正式名称「イル・グランデ・スケル女」。
その移動中、優子は何人か表情が硬くなり、足が震えているのを見た。
(なるほど、もう初冬なのにフロイライン!が汗だくになるわけだ)
ステージ上には妙な緊張感がある。
観客が威圧しているわけでも、ドームツアーのように数万人入っているわけでもない。
ステージの立派さと、演奏をしてくれるオーケストラからは確かに緊張させる空気が醸し出されている。
しかし一番は、静まった観客との間に、隙を見せられない空気が漂っている事だ。
勝負するわけではないが、それでもあえて言うなら、観客と演者とが勝負するかのような圧が皆を襲っていた。
(私にはむしろ心地良い)
前世では百戦錬磨も天出優子は感じる。
しかし、自分だけそうでは、皆がベストパフォーマンスを出来ない。
ここは自分がどうにかしよう。
元々ドイツ語を話せる優子が、冒頭で挨拶をする予定である。
何も言わなくても、クラシック寄りの音楽で説明出来たフロイライン!と違い、スケル女グループは「日本のアイドル音楽」そのものだ、何か一言あるべきだろうから。
優子は、あえて普通の挨拶をやめて、演奏時間に食い込む長さで喋り始めた。
前世のモーツァルトの如く、少し下品な例えも入れながら、社交界で貴族たちと話したが如く。
「皆さんのような音楽を聴く名人は、『俺の尻をなめろ』って曲を知ってますよね?
私たちは女の子ですから、そのまま本当にされたら、ハラスメントになりますが」
ここで客席からは軽い笑いが起きる。
「そうです、モーツァルトです。
あの人はそんな曲を書いたんです。
他にも『おお、お前ばかなマルティンよ』という他人を馬鹿にした曲、
『おやすみ!お前は本当の間抜け(雄牛)だ』という曲。
ふざけてますね、なんでそんな曲を作ったんでしょうね」
言い方が絶妙だったのか、客席から笑いが起こった。
(作ったのは私だし、大して意味は無かったけどね)
そう思いながらも、挨拶を続ける。
「でも、その曲は出来が悪いわけじゃないでしょう?
楽しむ事は出来ますよね?
是非とも私たちも、そういう曲を楽しむが如く、寛大な気持ちで聴いて下さい」
そして日本語で
「皆、行くよ~!」
と叫ぶ。
その瞬間、緊張の魔からは解き放たれていたメンバーが弾けるように動き出した。
既に優子のジョークと思われるドイツ語に対し、客席からの笑いが起こった事で、彼女たちの緊張は解除されていた。
こうなると、いつも通りの実力を発揮出来る。
そして最初の曲、「つかみ」の為にもドイツ語訳されたもの、これを優子含めた選抜メンバーがのびやかに歌い上げた。
確かにオペラ歌手の歌に比べて、上手いわけではない。
しかし楽しさが伝わる。
音楽は眉間に皺を寄せて、考えながら聴くものじゃない。
もっと楽しもう!
それが伝えられる。
オーケストラの生演奏とも良い調和で、日本でのカラオケ演奏よりもむしろ上手く歌っている。
(ああ、楽しいなあ)
優子はそう思いながら歌っていた。
隣を見ると、一緒に歌っている灰戸洋子も、汗だくながら良い笑顔でいる。
目が合い、お互い良い感じでいる事を共有出来た。
1曲歌い終えると、現リーダー辺出ルナも調子が出て来たようだ。
「次の曲、いきます!!」
(リーダー、そこはドイツ語で言う手筈だったでしょ)
内心そうツッコミながらも、口には出さない。
皆、良い感じだ。
このステージを楽しんでいる。
このまま行こう!
スケル女は「日本のアイドル」を世界に見せつけていた。
おまけ:
この回で出て来たフロイライン!の「クラシックの一部を使った曲」は
夢幻クライマックス(℃-ute):ショパン「革命のエチュード」とベートーヴェン「月光」
をイメージしました。
この曲、オリジナルメンバーでなくても、ピアノとバイオリンの生演奏バージョンもありましたし。
もう一つの「幻想的な感じ+ダンス」な曲は
時空を超え 宇宙を超え(モーニング娘。'14)
が頭に浮かびました。
なんとなく、クラシックとか好きだと、ドラムのリズムがバチバチ聞こえる曲よりストリングスやピアノだけの静かな演奏の曲がウケるかな、とか想像しました。
(こういうのなら「乃木坂46」の曲とか良さそうですが、あそこはフロイライン!のギスギスしたイメージとは合わないんですよね……)
次回で最終話です。




