前夜
スケル女グループはドイツに到着した。
音楽祭が開かれる某都市まで、空港から乗り換える。
そして到着した彼女たちに、意外なものが届いていた。
「パーティーの招待状?
差出人は……ああ、堀井君の師匠か」
かつて天出優子の学校を訪ね、彼女をもクラシック界に誘った人物。
高名な音楽家であるが、今は引退して後進の育成に当たっている。
相当に気位が高く、気難しい人物として知られている。
優子と会った時は、そんな感じは一切しなかった。
それは彼が、才能ある者は人種・性別・年齢問わず認めるからで、ただの女子高生とかアイドル歌手だったら視界にすら入らなかっただろう。
今は世界のコンクールで最高2位と受賞を重ねる、若手ピアニストにして優子の同級生かつ作曲上の弟子の堀井真樹夫も、ドイツで彼に師事していた時は「数多くの弟子の一人」でしかなく、才能をある程度評価していたから差別こそしないものの、親しみを持って接したりはしなかった。
彼が堀井に友好的に接するのは、コンクール入賞よりも、自分で曲を作るようになってからである。
彼は創造出来る者に一目置く。
ゆえに、堀井の師匠であるという優子にも、優しく紳士的に接していたのだ。
そのドイツ人音楽家からのパーティーの招待状だが、これはスケル女全員のものである。
差出人こそその音楽家だが、主催は音楽祭実行員会で、半公式行事のようなものだ。
優子は、自分の仕事のメールを読み飛ばしていた前科があった為、メールを再度確認するも、そんな予定が入るという連絡は無し。
同行スタッフやコーディネーターと相談したが、
「実行員会主催なら、行かないわけにはいかない……」
と、音楽祭前日の練習が終わったら、それに参加するよう予定変更となった。
「どうしよう?
予定が無かったから、私たち正装とか用意してないよ」
「まさか舞台衣装、制服で行くわけにはいかないよね?」
「もう何も無い!
いっそ、裸に葉っぱ一枚で行こうかしら」
そんな風に慌てるメンバーに対し
「ここはお姉さんに任せなさい!
今から仕立てに行くよ!」
と、メンバー最年長の灰戸洋子が胸を叩いて請け負った。
彼女はファッションブランドのアンバサダーも勤めているし、こういう時に本当に頼りになる。
急遽全員分の正装が整えられ、食事会に参加出来た。
「やあユウコ、また会えて光栄だ」
音楽家は優子のみハグをし、歓迎の意を伝える。
他のメンバーは一瞥もせず、グループのリーダーとは握手をしただけだから、態度は相当に露骨だ。
「今日はどうして呼ばれたのでしょう?
予定に無かったので、驚きました」
「そうだね。
すまなかった。
でも、オーストリアでの君の放送を見て、話をしたくなったのだよ。
君たちを招待する事に、他の実行員は反対していたのだが、あの放送で見る目が変わった。
それで急遽、招待をねじ込めたのだよ」
この音楽家の返答に優子は
(我々は招かれざる客なんだな。
まあ、それでこそ面白い)
と妙に闘志を燃やしていた。
パーティーは立食スタイルである。
(これなら何人呼んだって大して変わらないだろうに)
と、音楽祭に招待しておきながら、パーティーにはあえて呼ぼうとしなかった彼等の態度に溜息を吐く。
そして
(頼むから騒動を起こさないでくれよ……)
と、会場の調度品をベタベタ触りまくったり、早速部屋を出て探検しようとしたり、タッパーがどうのこうの言ってるメンバーを見て心配する。
「ドイツで会うと、なんか不思議なものだな」
そう声を掛けられ、振り返るとフロイライン!の面々が立っていた。
「あ、浜野さん、こんばんは。
皆さんも招待されていたんですね。
私たち、突然招待されて、服を揃えるわ、予定は変えるわで中々大変だったんですが、フロイライン!の方はどうだったんですか?」
サブリーダー浜野環は肩をすくめて返す。
「なるほど、そういう嫌がらせをして来たのか。
これだからお高く留まった俗物どもは度し難い。
うちらは、比留田茉凛がお嬢様だからな。
招待しないのは失礼だとして、最初から呼ばれていたよ」
「そういえば、比留田さんは?」
そう聞く優子に、浜野は指で比留田の居る場所を指し示した。
紳士たちに囲まれて談笑している、如何にも高価な服に身を包んだ比留田。
「ここの市長と、協賛企業の会長と、実行員の一人の政治家だそうだ。
俗物どもに囲まれるああいう場面で、実に頼りになるよ、うちのリーダーは」
そうボヤく浜野だが、彼女も黒のドレス姿が中々高貴に見える。
とても超能力的直感でスーパーの半額シール商品に殺到する人には見えない。
「ユウコ、ここに居たのか?」
「あんたも来てたの?
相変わらず貧乏くさい格好ね」
この音楽祭招待の発端となった双子、エリアスとゾフィーが優子を見つけて絡んで来る。
他人の事を貧乏くさいと罵るように、オーダーメイドで仕立てたらしい衣装を、着慣れた感じで纏っていた。
「ユウコ、この前の放送を見たよ。
素晴らしい意見だったね」
「なによ、あんなのありきたりな意見じゃないの」
「本当に曲を作れる人が言うのと、聞きかじっただけの人が言うのでは重みが違うよ。
少しは彼女を評価したらどうだ、ゾフィー」
「ふん、評価するかどうかは、明日の演奏を聞いてからじゃないの。
パリのオタク向けイベントを見たけど、期待出来そうにないわね」
「聞き捨てならないな、俗物!」
優子と双子の言い合いに、浜野も参戦する。
東京では同級生の武藤愛照が、パリではリーダー比留田茉凛が突っかかって来るゾフィーに、割り込む形で反撃しているように、基本「フロイライン!」は売られた喧嘩は買う、というか「喧嘩を売ってる場所に立ち会ったら、他人の喧嘩でも買う」ストロングスタイルなのだ。
「なによ、あんた、関係無いでしょ!」
「ユウコ、この人は?」
「同じく招待されている日本の『フロイライン!』のサブリーダー・ハマーンさん」
「ハマーン言うな!」
「そう、貴女も低俗なアイドルとかいう、男に媚びを売る女なのね」
「そう言って馬鹿にしたいようだが、私たちに対しては筋違いな批判だな」
フロイライン!ほど「ヲタ媚び」をしないアイドルも珍しい。
このグループは実力重視、同僚にすら容赦しない厳しい集団だ。
低俗とか媚びとか言われるのは心外であろう。
「なに……よ……」
それ以上口を動かせず、固まるゾフィー。
浜野は目つきが鋭くなり、得も知れぬ圧を放っている。
ゾフィーはその圧に負けて、言葉を出せなくなっていた。
「そこまでにしようか、ゾフィー。
エリアス、君が居ながらどういう事かね?」
彼等と堀井の師が、剣呑な空気の場に入って来た。
横には比留田も立っていて、圧を放つ浜野を笑顔で制する。
「すまなかったね、私の教え子が失礼な態度を取って」
音楽家は穏やかに謝罪した。
まあ、頭も下げてないし、自分ではなく教え子の非を指摘しているだけだが。
浜野も圧を出すのをやめ、普通の表情に戻っている。
そして音楽家は、ドイツ語が通じる3人に話した。
「あの双子には言ったが、私は『日本のアイドルに恥をかかせる為』なんて目的で招待したわけではない。
実行委員だって、そんな理由を受け容れるわけがない。
君たちを招待したのは、期待しているからだ」
「期待ですか?」
「ユウコが番組で言っていただろう?
伝統の継承、新しい試み、それを踏まえての進歩、というアウフヘーベン。
正直、私たちのような音楽家には、アイドルというのは招かれざる客だ。
だが、そこに刺激となるものがあれば、私たちは伝統を受け継ぎつつ進歩出来る。
そう思わせる、面白いものを期待している。
明日、私を失望させないでくれたまえ」
そう言って握手をして、その場から離れた。
「面白い、ねえ……」
楽しいとはちょっとニュアンスが違うが、この音楽家も「音楽は面白くあるべきだ」という思いを持っているのだろうか。
ただの演奏家でなく、創作する者を高く評価するのは、そういう「進歩に繋がる面白さ」をそこに見ているからかもしれない。
優子とは違う思いで、浜野は「面白い」を受け取ったようである。
「そういえば、お前の同級生、武藤から話は聞いた。
批判的に見る者も、敵ではない、観客としてしっかり楽しませろ、とな。
その通りだ。
あの者が言ったように、明日は互いに『面白い』もので皆を満足させような」
「はい」
そう言って彼女たちも、パーティーの中に散っていった。
そのパーティーの内外で「面白い」というより「頭が痛い」事も起きていたが、それは置いておこう。
【会場の内外で起きたあれこれ】
その1:
「いやあ、ご飯は美味しいけど、あんな窮屈な場は御免だね」
アダー女の問題児、藤浪晋波は会場を抜け出す事に成功していた。
「ところで、ここはどこだ?」
格式高いパーティーでスマホをいじるわけにもいかず、鞄にしまったままだ。
その鞄を置いて来た以上、地図もなく場所不明である。
「にしても、正装ってきついし、熱いよね。
脱ごうかな」
すると、ヒューヒュー口笛が聞こえる。
どうやら、物凄く治安の悪い通りに入ったようだ。
「脱ぐなら全部脱げよ、お前は出稼ぎ中国人の売春婦なんだろう?」
(???)
言葉も分からず困惑する藤浪。
「さっさと脱げや!」
ナイフを見せて脅して来た不良だったが、そのナイフが急に宙を舞った。
「くにはちゃーん、ダメだよーこんな所ウロウロしたら。
皆心配してたよ~」
「あ……陸奥ちゃん……ちわっす」
アルペッ女リーダー陸奥清華が見つけたようで、駆け寄って藤浪の首根っこを掴んだ。
「痛い……痛いです、マジで……」
「帰ろうね、良い子でいてね」
ぶりっ子ボイスだが、目が笑っていない。
「なんだ、俺は蹴られたのか?
手が痛えよ」
「おい、こいつも一緒に……」
不良たちが陸奥も一緒に襲おうとしたが、陸奥から発せられる圧にビビッてしまう。
(なんだ……この女……体が動かない……)
そして笑顔の陸奥は、モーセの十戒の映画のように、割れた海を進むが如く、不良たちの中を堂々と帰っていったのだった。
その2:
「ちょっといいかな?」
灰戸洋子の目が怖い。
長門理加が思わず後ずさっている。
「鞄の中を見せて」
「嫌です」
「見せなさい!」
見ると、鞄の中にはパーティーで出された料理が「そのまま」詰められていた。
「みっともないから、やめなさい!」
「だって、タッパーがなかったので」
「ここで食べて帰りなさい」
「帰国したら食費の足しにしようと思って……」
「それまでに悪くなってるでしょ!」
他の参加者の目をはばかって小声で説教している。
それを横目に
「本当だよね、ここで食い尽くせば良いのに……」
と筑摩紗耶がまた一つのテーブルの料理を空にし、他に移動する「イナゴ行動」を繰り返していた。
その3:
現地コーディネーターは疲れていた。
原因はアダー女の今長昇佳の通訳の為である。
彼女はパーティー参加者の一人で、大学教授と議論をしていた。
「音楽とは、楽譜や記憶媒体に記されればそれは『存在』している。
それは分かる。
しかし、こうして音楽祭のようなもので演奏されたものは『存在』と言えるのか?
ハイデッガーは他者との関係の上で存在というものを定義している。
ならば無くても問題なく、翌日になれば忘れるようなものは『存在』なのか?」
という、哲学論と音楽を絡めた話をしていた。
通訳は、音楽用語はともかく、哲学については日本語を解するのが難しい。
まして哲学論争は言い回しがもって回ったようなものだ。
彼がここに掛かりっきりになった為、問題児は堂々と行動出来ていたのである。
その4:
会場の外にて。
「私はフロイライン!の相生里愛と言います。
陸奥さんですよね?
相当に強いって聞きます。
一手、勝負願います」
藤浪を連れ帰った直後、勝負を挑まれる陸奥。
「えー、こんなところで?
困ったなあ。
一回だけだよ」
そうして対峙した2人。
しかし戦いは起こらなかった。
両者互角な為、中間で闘気がぶつかり均衡、「一千日戦争」の形となった。
迷惑なのは、その闘気にあてられて、かきたくもない冷や汗をかいた周囲の者である。
その5:
音楽家(やっぱり招待したのは失敗だったかなあ?)




