いざ、ドイツへ!
「イル・グランデ・スケル女の最終調整をしますよ」
スタッフが皆に正式名称で呼び掛ける。
「????」
「それ、何でしたっけ?」
自分たちで盛り上がっておいて、スケル女姉妹グループとOGとで構成された「グレート・スケル女」の存在をメンバー皆が忘れてしまっていた。
実のところ、最近はそういうネタに走るのを忘れるくらい、全員が充実していた。
ドイツの音楽祭で与えられた時間は僅かなもの。
同じく音楽祭に参加する、今回共闘関係のグループ・フロイライン!は、その時間に歌とダンスの全てを注ぎこみ、7曲びっしり歌うという。
それに対しスケル女グループは、
「音楽はゆったりと楽しもうよ」
という理念から、4曲だけとした。
最初の曲は歌唱力が大事にされるもので、ドイツ語で歌われる。
メンバー内オーディションの結果、帯広修子・灰戸洋子・筑摩紗耶がメイン歌唱に選ばれる。
それに天出優子を加えた4人がドイツ語で歌い、残りはバックダンサーとなった。
「バックダンサーだからと言って、ひよってるやついる?
いねえよなあ?」
振付師KIRIEが発破をかけた。
彼女も張り切っている。
彼女もオリンピック開会式のセレモニーを担当したりと、ダンス界では一目置かれる存在だ。
しかしクラシックの世界は、そんなものは知ったことではない。
気が強く、軽いヤンキー気質があるKIRIEは、こうしたクラシックの祭典に殴り込みをかけるかのような参戦に、思いっきり燃えていた。
バックダンサーとて、観方を変えれば主役だ、そういう信念の元でメンバーを磨きあげる。
そう、鍛えるのではなく、磨くのだ。
出来ない事をするのではない。
出来ているダンスを、より洗練させる。
レベルアップが既に完了しているスケル女メンバーは厳しいと思わないが、今までKIRIEの指導を受ける事がなく、音楽のタイプ的にも難しいダンスをして来なかったアダー女とアルペッ女の姉妹グループメンバーには中々しんどかった。
しかし、充実している彼女たちは必死に食らいつき、自主練を重ねて求められるレベルに達する。
2曲目は「恋をゲットしたい」である。
かつて挑戦的に作られた、「恋はトマホーク」「深層心理ドリル掘削」「大雪山の涼風」という3つの曲を変形合体させて完成する曲である。
3年前に作られたこの曲は、ハモりやアリアの掛け合いのような部分が練習曲として丁度良く、研究生の課題としても使用されている。
この曲を歌唱指導の晴山メイサもまた、磨き上げていた。
彼女には、クラシック界に対する他意はない。
元々声優の発声指導や演歌歌手のボイストレーニング等をして来た女性だから、クラシックの声楽とかと関わる事も無かった。
彼女にはあるのは「自分の指導がどこまで世界に通じるのか」という興味である。
声楽と張り合うつもりはない。
あのオペラのハイソプラノなんて、自分が指導したって出せるものではない。
しかし、それが全てではないはずだ。
日本の中だけでやって来た技法でも、十分なはずだ。
3曲目、4曲目はスケル女の定番曲である。
スケル女グループの曲は、基本的に青臭い青春ソングが多い。
歌詞を読めば、オペラ慣れしている連中は失笑するだろう。
しかしここは日本語で勝負する。
声の調和、入れ替わりのスムーズさ、ダンスとの調和、客席パフォーマンスも含めた全体的な「美」と「可愛さ」を見せる。
ここが正念場だ。
「つかみ」と「オペラにも通じる技法」、この曲もアイドルソングではあるが、その後に見せる曲こそ「日本のアイドルが認められるか」を試す曲である。
KIRIEも晴山も熱心に指導する。
かくして、準備は全て整えた。
あとはドイツに行くのみ。
そんな渡航を控えた平日の高校で、優子と武藤愛照は同級生の伝統芸能のドラ息子から話し掛けられた。
「堀井から聞いたが、今週末にドイツに行って、音楽祭に参加なんだってな」
「うん」
「そうだけど」
「先に渡しておくわ、餞別だよ。
大した金は入ってねえが、うちの兄貴や祖父いから頼まれたからな。
気持ちの問題だから、受け取ってくれ」
「あ、分かった」
「うん、メンバーにも伝えておくし、私がフロイライン!を代表するのも変だけど、お礼も言っておく。
ありがとうございます」
「で、だ。
この前、うちでお前らの話が出てな、その時の事を話しておきたくなったんだ。
うぜえだろうけど、聞いてくれねえか」
「分かった」
「これもあんたのお兄さんや、お祖父さんからの伝言っぽいよね。
聞く価値凄くありそうだよね」
優子は相変わらず、音楽以外は深読みも相手への斟酌もしない。
逆に愛照は、気が許せない集団で活動しているせいか、他人の行動を深く読むようになっている。
ドラ息子が話を始めた。
「正直な、うちみたいな伝統を売りにしている家では、クラシックこそ最高とか言ってる奴らの気持ちの方がよく分かるんだ。
伝統ってのは、それを引き継ぐ人にしたら、重いものなんだよ。
そこに土足で踏み込むような真似をされたら、先に拒否反応の方が出てしまうんだ。
だけどさ、決して排他的なだけじゃないんだよ。
認めるものは認めるんだよ。
新しい取り組みってのは、確かに反発はするけど、それを全て否定していたら進歩しねえ。
だから俺みたいな若造が、新風吹き込もうって意気込みを、怒鳴りつけながらも応援する。
この辺の心の機微ってのは俺にもよく分からねえ。
だけど、親父や兄貴が言ってた事で、これだけは分かったってのがある。
そうやって鵜の目鷹の目で見て来てる連中も、敵じゃねえんだ。
お客さんなんだ。
敵だと思って演技したら、そりゃ受け容れねえ。
時代遅れとか馬鹿にして演技したら、それは伝わるらしいんだ、俺は分かんねえけど。
だから、見る目の厳しい客にも、自分を贔屓してる大旦那のように接しろってな」
優子と愛照は聞き入っていた。
確かにスケル女もフロイライン!も、クラシック界に一泡吹かせてやるという意識が強い。
やってやるぞ、という気分でコンサートに挑もうとしている。
それじゃダメだ。
分かってはいた。
しかし、今回はどうにも入れ込み過ぎているようだ。
こいつが言う通り、観に来てくれるのは敵でなく、潜在的なファン候補と言えよう。
それを不快にさせるライブをしてはいけない。
「うん、ありがとう。
参考になった」
それでも言葉が軽い優子。
これはもう性分だから仕方ないかもしれない。
「こんな為になる話をあんたの口から聞けるなんてね。
ドイツは大雨降って洪水になるかもね。
でも、あんたの言葉じゃなく、お兄さんやお父さん、お祖父さんの言葉だとしたら納得だわ。
その人たちにお礼言っておいて」
仕事モードでない時の愛照の口の悪さも、もう治らないかもしれない。
この3人も中学からの付き合いで、大分お互いの性格は分かっている。
お互いの言い方に感情を左右されず、そこにある気持ちはしっかり受け取ったようだ。
「じゃ、頑張れよ。
流石に今回は遊びに行けねえ。
日本から見守ってるよ」
「うん、良い報告が出来るよう頑張るよ」
「あんたの言葉、皆にも伝えるよ。
私たちはそれでライブをする。
あとは、受け取った側に任せるさ」
これがスケル女にもフロイライン!にも、最後のパーツとなるものだった。
身体の健康面は万全の状態だ。
技術的には、持っているものの100%以上を出せるだろう。
あとは心の問題。
敵と思わず、ファンと思って臨もう。
これで準備は整った。
スケル女グループもフロイライン!も、音楽祭が開催されるドイツへと飛び立つ。
過度に入れ込むでもなく、浮かれるでもなく、緊張するでもなく、実に穏やかかつ良い闘志を胸に秘めて。
おまけ:
以前も書きましたが、作者はドイツは1ヶ所しか知らず、かつ音楽祭なんて参加した事ありません。
なので、具体的にどんな感じなのか分からないので、完全な架空の音楽祭にします。
都市も架空で、内容もテキトーです。
出来るだけリアルなものを書きたいのですが、知らないものはどうしようもないので。
(取材旅行とか出来る身分になりたいものだ)




