転生モーツァルト、ヨーロッパに再降臨す
「はい、着いたよ。
目を開けて大丈夫」
頭では理解していても、いまだに飛行機が信じられない天出優子は、気がおかしくなりそうな長い時間を耐え忍び、ついにパリ、シャルル・ドゴール空港に降り立った。
天出家は飛行機旅行をしないので、初のヨーロッパとなる。
つまり、モーツァルトが死んで、転生して天出優子となってヨーロッパに戻る、実に二百数十年ぶりの事である。
「ここって、どこですか?」
苦手な人は、現代人であってもダメな着陸時の恐怖が過ぎて、優子はようやく落ち着きを取り戻す。
「ここは空港じゃん。
しっかりしてよ」
灰戸洋子に嗜められるも、空港かどうかなんて聞いてはいない。
シャルル・ドゴール空港なんて、モーツァルトが生きていた頃は存在しなかった場所だ。
だから、モーツァルトが生きていた時はどこだったかを知りたかった。
まあ、なんとか「リノワール村やトレムブレ村っていう小さな集落があった場所」と知れたが、「そこ、どこ?」となったから、聞いた意味はなかった。
とりあえずパリからそう遠くない場所らしい。
一旦、陸地に足が着けば、天出優子は現代日本の女子高生として文明を理解する。
チャーターしたバスでパリ市内に向かいながら
(あの時から変わっていて当然だよなぁ)
と、ちょっとセンチメンタルな気分になっていた。
バスの窓から見える丘陵は当時と変わらない。
しかし、建物や道路は全く違う。
似て非なる光景がそこにあった。
「じゃあ、これから観光します。
動画収録もしますから、気を抜かないように。
あと、脱走する恐れがあるメンバーの迷子紐を、担当者は絶対離さないように」
スタッフに言われ、メンバーは凱旋門でバスを降りた。
「シャンゼリゼ通りとか、定番だね」
一度パリ公演を経験した灰戸洋子は、感動している初めて勢を横目に冷静だった。
彼女は通りそのものより、通りで営業しているブランド店の本店の方に関心が向いていた。
優子は前世でパリに来て、知っている。
知っているはずだった。
しかし
(ここ、本当にパリか?)
と固まってしまっている。
無理もない。
現代のパリは、ナポレオン3世によって都市計画され、作り直したものなのだ。
モーツァルトが知る、曲がりくねって入り組んだパリは、少なくとも目の前には存在していない。
シャンゼリゼ通りは、モーツァルトが生きていた時代には存在していた。
その当時から流行の場所で、マリー・アントワネットもここを馬車で通り、ルイ15世広場のオテル・ドゥ・クリヨンで音楽の授業を受けたりした。
今のシャンゼリゼ通りは、相当に近代化されて当時の面影はないが、雰囲気は当時と似ているかもしれない。
通りに面した名目ブランド本店を眺める灰戸洋子のギラギラした目の輝きは、前世で見た女性たちのより強烈に思えてならない。
ぶっちゃけ、怖い。
だが、買い物は後日自分でしろという事で、一同はルーブル美術館にたどり着く。
(ここは旧ルーブル。
何か変なの(オベリスクやピラミッド)が建ってるけど、基本的には変わっていない。
どこか懐かしい。
ここには王家のコレクションが保管されていた。
こうして誰もが観られるというのを、実際に目の当たりにすると、王家は滅びたんだなぁ、と実感出来て来たよ……)
あの当時を知っているのは、この世に天出優子一人だけ。
懐かしい建物を見ながら、寂しさも込み上げて来る。
美術館は、サラッとモナリザだけ観て、次へ行く。
某変人が
「モナリザの手は良いですよねえ。
私、アレついてないんですけど、下品な話なんですが、ウフフ……ぼっ(以下略)」
と言って、馬場陽羽、辺出ルナ、垂水悠宇そして陸奥清華にシバかれていたが、見なかった事にしようか。
なんかリーダーたち、その一件で仲良くなってるし。
優子のセンチメンタルな気分は、次のヴェルサイユ宮殿見学で爆発してしまう。
涙が流れて止まらない。
前世で35年、転生後に15年以上生きて、スレて来たのは確かだが、やはり感受性豊かな少年の心が残っていたようだ。
モーツァルトは1763年12月、ヴェルサイユで行われたクリスマス・ミサに参列している。
翌1764年元旦、国王ルイ15世の招待を受け、晩餐会に参加した。
モーツァルトの記憶には、2人の女性の事が残っている。
一人はポーランド人で、ルイ15世の王妃であるマリー・レゼンスカ。
彼女はドイツ語を話さない国王の為に通訳をしてくれた、良い思い出を残した女性である。
もう一人は、王の愛人ポンパドゥール侯爵夫人。
モーツァルトは演奏終わりに、彼女にキスをしようとした。
しかし、拒否される。
ウィーンではマリア・テレジア女帝へのキスが許されたというのに。
モーツァルトは彼女については「お高く止まっている、自分を女帝だと思っているようだ」と、良く思わなかった。
それもこれも、もう二百年以上前の事である。
なのに、ヴェルサイユ宮殿の礼拝堂に立った瞬間、まるで昨日の事のようにフラッシュバックして来た。
生々しい記憶。
それが通り過ぎた時、改めて自分だけがこうして二百数十年後の世界に生きている孤独を感じ、結果涙腺が決壊してしまったのである。
「どうしたの、一体?」
「分かった、少女漫画の舞台に実際に来て、感動してるんでしょ、可愛いなぁ」
「いや、この可愛げのない天才だから、ヴェルサイユ条約を思ったのかもしれないよ。
どっちかというと、ドイツ好きな子だから、悔しくなったかも」
「それはないでしょ」
周囲は好き勝手に、優子の涙について語っている。
こればかりは真相を話せない。
話したって、共感出来る人はここには一人も居ない。
その事実が、余計に悲しくさせるだろう。
ヴェルサイユ観光も終わり、一同はホテルにチェックインする。
そしてモントルグイユ通りのレストランで食事をする。
(ここは変わらないな)
優子はそう感じた。
この通りは革命以前からあり、市民の為の市場であった。
今も同様で、市場で買える食料を使ったレストランが立ち並んでいる。
フランス人は食に関しては保守的だ。
変わらぬバゲットやアヒル肉の料理、スープがここにあった。
また寂しく感じるかな、と思ったが、仲間が一緒に食べながら
「美味しいね」
「フランスのパン、グッド!」
「……バゲットって言ってよ、フランスなんだから」
「スープも絶妙!」
「ポトフね」
と賑やかに盛り上がっていた。
その姿に、妙に心が満たされる。
食事も終わり、ホテルに戻った。
二人で一部屋。
同室は富良野莉久である。
「今日、ヴェルサイユで泣いてたよね?
あれ、どうしたの?
何かあったら、私に言って欲しいの」
二人きりになった時、富良野がそう言って来た。
(話した所で理解されない)
そうは思うが、心配してくれる同僚を無碍にも出来ない。
どうしようか考えていると、スマホが鳴った。
富良野のスマホもだ。
取ってみると
「藤浪、長門、筑摩が脱走した!
一瞬目を離したら、消えていた!
迷子紐も、密かに忍ばせていたGPSも部屋に置かれている。
急ぎ探さないと!
心当たりは無いか?」
という緊急連絡である。
「そういや、レストランの帰りに小腹が空いたから、マック探すとか言ってた」
「コンビニ行かないと落ち着かないとも言ってた」
「私は高い所が好きだー!……と喚いてた。
多分エッフェル塔に行ったと思う」
各種証言が集まり、スタッフは慌てて捜索に出動する。
「スタッフに迷惑かけないよう、部屋から出るの禁止!
明日に備えて、さっさと寝なさい!」
リーダーたちの命令で、今日は寝る事になった。
富良野も時差ボケがあるようで、さっきの話の続きをしたがってはいたが、結局ベッドの魔力に負けて、さっさと寝落ちしてしまう。
(ヴェルサイユの件は有耶無耶に出来たか。
私も感傷的だなぁ。
まるで子供のようだ。
皆死んで、私一人が未来に生きている事なんて、覚悟の上で第二の人生を歩んでいるのにな)
感情爆発し、孤独さに泣いた自分を笑いながら、天出優子も眠りに就く。
なんだかんだでヨーロッパに来たのは、彼女の心を大きく揺れ動かす事であった。
……朝、集合場所に行ってみると、藤浪晋波、長門理加、筑摩紗耶の3人が、正座で説教されていた。
旅は始まったばかりだが、波瀾万丈かもしれない。
おまけ:
YouTubeで「◯年前のる◯ぶを読みながら、観光地を歩いて、載っている店があったらそこに入る」(逆に、腹が減っても◯年前のガイドに載っていない店には入れないルール)ってのをやってる人がいまして。
それを18世紀の人にやらせてみたのが、今回の元ネタです。
これ、ローマならある意味、2000年前から変わらないものありますけど、パリはナポレオン3世の時の作り直しがあるので、通りから変わっていて、過酷かも。
AIにシミュレーションさせたら、ウィーンとザルツブルクは結構18世紀の土地感覚で歩ける模様。




