親のような気分
天出優子が楽曲プロデュースする、夏限定ユニット「カプリッ女」がフェスに参加する。
現体制は優子が参加した初代から数えて五代目だ。
もう一人のプロデューサー照地美春の意向で
「可愛いは正義」
をコンセプトにメンバーが選ばれている。
その為か、どこかおっとりしたメンバーばかりになった為、リーダーは体育会系のアダー女から選ばれる。
リーダーとなった今長昇佳は、丸顔小柄な見た目は可愛い新人だが、ファンからは
「歌う哲学者」
と呼ばれるくらい、ちょっと意識が高い考えをする女性である。
「歌割りがない、それは一文字も与えられなかったメンバーだけが言って良い」
「実力が無いアイドルは、名前を憶えてもらえない」
「私はステージを平面ではなく、立体でイメージして振付の位置取りを把握しています」
といった感じで、他のアイドルとは言う事が違っていた。
内面的に「可愛い」というコンセプトから外れそうだが、本人は
「アイドルには色んな表現がありますので。
皆さんにも様々な顔を楽しんでいただけたらと思います」
と言い、このコンセプトを楽しんでもいた。
キャリアは浅いながらも、この子にリーダーを任せる事に、照地美春も反対しなかった。
「ちゃんと可愛いし、その上でしっかりした子も必要だよ」
との事。
『フェス頑張ります』
そんな今長からメールが届く。
この日、優子はスケル女のコンサートで別な場所に居た。
「大丈夫かなあ」
後輩の事を心配する安藤紗里と斗仁尾恵里のサリ・エリコンビ。
この2人も、優子と同じくカプリッ女の最初のメンバーだった。
だから、同期の優子がプロデュースする事になった第五世代カプリッ女の船出に期待しつつ、心配もしていた。
「大丈夫だと思うよ。
新リーダーは頼れる感じの子だから」
優子は一見、平然としているように見える。
確かに優子は、今長を信頼していた。
それでも、やはり優子の挙動はいつもとは違う。
しきりにスマホに手をかける。
メールを確認し、何かメールを書こうとするも、書いては消すを繰り返す。
マネージャーに
「あっちは特に何も問題起きていませんよね?」
とか聞いている。
そんな優子に、照地美春が後ろから抱き着いた。
「ゆっちょ、落ち着こうよ。
ほら、息を整えよう」
「……ミハミハさんが……を押し付けて来るから、興奮……いや呼吸が整いません」
そんな様子を、妙に殺気の籠った目で見て来る同僚もいるが、とりあえずは置いておこう。
「カプリッ女の事が心配なんでしょ?」
「いや、別に。
あの子たちなら上手くやれますから」
「不安だよね。
私たち、今日は近くに居てやれないから」
「でもまあ、ちゃんとやれるでしょ」
「カッコつけなくて良いよ。
だって、ゆっちょ、いつもより落ち着きないもん。
心配してるの、見ててすぐ分かるよ」
優子は言い返さなかった。
バレバレなんだとしたら、カッコつけても意味がない。
溜息をひとつ吐くと、こう答える。
「今までも曲提供した事はあるんですけど、相手がキャリア浅い子ばかりってのは無かったんで。
歌って踊ってくれると分かってはいるんですけど、なんか落ち着かないんです」
「あれ?
ゆっちょって、今回以外も誰かに曲書いた事あったっけ?
おかしいなあ、あれあれ~?」
照地は色々察しているくせに、わざとそんな事を言っている。
優子も、作曲・編曲家としてペンネーム使ってい、自分の存在を隠している設定がすっかり頭から抜け落ちていた事を悟り、やはり自分が落ち着いていないと気付かされた。
「ミハミハさんは落ち着いてますね」
「うん!
だって、私がやるべき事はこっちだもん!」
「カプリッ女の心配とかは無いんですね?」
「心配したって、私があっちに行けるわけないもん。
身体が2つにならないし、ワープも出来ないからね。
だったら、信じて任せるしかないよ」
歴史を振り返る。
以前にも述べたが、指揮者が専門職として独立したのは19世紀の事である。
天出優子の前世たるモーツァルト死後の事だ。
基本的には、作曲者が自分の曲を指揮する。
無論、他人の曲を指揮する事もある。
しかし、現在ほど頻繁ではなく、ベートーヴェンがモーツァルトの曲の指揮をしたりしたが、相手も同等の作曲家だったりした。
自分の曲を、頼りない者たちに任せきりという事は無かった。
当時はアマチュア音楽家たちによる市民楽団なんて存在せず、演奏するのは教会や宮廷お抱えのレベルが高い楽団である。
当時は、例えば既にこの世に居ない先人の曲を演奏する場合、演奏者の即興で曲を解釈する事が多かった。
天出優子が転生後に音楽勝負を挑まれた際、相手が演奏した曲を即座にアレンジしてみせるのは、前世でそれに慣れていたからだったりする。
こういう事が出来る相手なら、自分の曲を演奏されても文句はない。
しかし、相手が頼りない時、どうしても心配になる。
生まれた我が子とも言える曲を、台無しにされないかどうか。
それ以上に、優れた我が子に振り回されたりしないか。
芸術家は、自分の作品が冒涜されないか、常に気にしている。
モーツァルトは割と曲を雑に扱う時があるが、それは自分だから許されるものであり、実力も知識もないものが自分の作品を雑に扱ったら許さないだろう。
曲に関してはそういう部分があるが、まあそれよりも自分の教え子……といえるかどうか分からないが、自分が曲を与えたメンバーが単純に心配なのがある。
やはり天出優子はモーツァルトそのままの人格ではない。
もっと現代っぽく、女性っぽい感性も加わっていた。
しかし照地が言うように、もう心配してもどうにか出来るわけではない。
そして自分たちには、自分たちのすべき事がある。
一回頭から追い出して、自分の事に専念しよう。
こうしてスケル女のコンサートは無事に終わる。
そして楽屋に戻った優子、及び照地のスマホにメッセージが入っていた。
『うまくパフォーマンス出来ました。
今日はたまたまかもしれません。
私は、自分たちが毎回ベストを尽くすことが大事なんじゃないかなと思います』
相変わらず意識高い言葉に、思わず頬が緩んだ。
緊張が緩んだ時、
「どうやら、君たちがプロデュースした子たちは、今日立派にパフォーマンスしたみたいだね」
と後ろから男に声を掛けられる。
「戸方さん、いらしてたんですか?」
「わーい、戸方先生だ~!
先生、聞いて下さいよ~、ゆっちょったら、柄にもなく皆を心配して気がそぞろだったんですよ」
「へー、君がねえ。
意外な面を知ったように思います」
「そんな、人の事を珍獣扱いしないで下さいよ」
珍獣という言葉を発した優子の脳裏には、変人集団「アルペッ女」の面々の顔が思い浮かんでいた。
戸方風雅総合プロデューサーは、そんな事は気にも留めず、優子と照地をコーヒーに誘う。
「フェスの方を見て来たスタッフによると、リーダーの今長さんが緊張するメンバーを纏めてくれたようです。
『自分たちに足りないものはない、全部照地さんと天出さんが整えてくれた。
あとは緊張とか気後れとかで、自分たちが実力を出せないなんてしないように。
今持っているものを全部出せば、それで十分だ』
なんて言ったそうです。
立派な子ですよね」
「はい」
「そうなんです、昇佳ちゃんは出来る子ですよ。
心配する事なんて無いと思うんですけど」
戸方はうんうんと頷く。
「どっちの在り方も正解だね。
信頼して安心するのも、不安になって見守りたいと思うのも。
君たちも僕の気持ちが分かったかな?」
「え?
先生も私たちを見て、心配とかするんですか?
意外です」
「照地さん、君も僕を珍獣みたいに言わないでよ。
これってね、深く関わる程、思い入れが強くなって気になり過ぎるんだよ。
だからね、適度に距離を置いた方が良いと、僕は思ったんだ。
スタッフにある程度を任せる、彼等も分業にして一分野だけ責任を持たせる。
それでも、やはり関わると色々と思いものだよ」
散々「投げっぱなし」と言われる戸方プロデューサー。
そこには、あまり思い入れを強くしない為の意思があったようだ。
分業が多作に繋がるという理由が一番なんだろうが、彼のプロデューサー歴も長い。
様々な試行錯誤で、とりあえず今の形式にたどり着いたのだろう。
この後、またどう変化するかは分からない。
しばしプロデューサーと芸能人との在り方について談義。
2人の新人プロデューサーにはためになる話もあった。
時間が来たので切上げ、戸方が会計を持って解散する。
その去り際、本当に最後の最後で戸方は重大な情報を漏らす。
「天出さんさあ、ドイツ人に喧嘩売ったりした?」
心当たりはある。
その顔色を見て、戸方は話を続けた。
「なんか、音楽祭に招待が来たんだよねえ。
『場違いかと思いますが、アイドルという人たちの実力をお見せいただきたい』
っていう慇懃無礼なメールが来てましてねえ。
その追伸で
『ユウコ・アマデによろしくお伝え下さい』
ってあったんですよ。
いやはや、僕の目の届かない所で何があったんでしょう?
適度に距離を置いている僕ですが、君たちを親のように見守っているのは変わりませんよ。
親にあまり心配かけるような事はしないで下さいね」
どうやら双子が一枚噛んでいるようだ。
面倒臭い事になってしまった、そう思う優子だが同時に
「面白い、叩き潰してさしあげます」
と闘志も燃やすのであった。
おまけ:
最近はクラシックとコラボするアイドルもいるから、そこまで場違いにはならないと思います。
まあ、ドイツ、ドイツ言ってるのはモーツァルトがドイツ語圏の人間な事の他に、某アイドルが事あるごとに
「ドイツです」
と言っているのも理由の一つでして。
(あとは「我がドイツのぉぉぉ、〇〇はぁぁぁ、世界一ぃぃぃぃ」てな感じで、障壁役には丁度良い傲慢さを感じてまして)




