もっと「可愛い」を理解したい!
先日勃発したドイツ人の双子音楽家との、音楽路線を巡っての対立。
特に妹の方は、天出優子を敵視して激しい。
まあその理由は単なる音楽性の違いだけではないのだが。
それにしても、クラシック音楽史上主義というのは、天出優子にしたら
「イタリア音楽こそ至高、ドイツ語のオペラとか野蛮」
と、言語の響きだけで馬鹿にしていた連中を思い出し、中々に不快だった。
(自分が手掛ける以上、そんな批判は封じ込めてやる!)
こうして気合いを入れて、夏限定ユニット「カプリッ女」の曲作りに臨む。
優子は曲担当で、総合プロデュースは先輩の照地美春が担う。
彼女が決めたコンセプトは「可愛いは正義」。
とにかく可愛いアイドルの究極形を目指す。
「ミハミハさん、ちょっとお願いしてもいいですか?」
「えー、珍しい~。
なんでも一人で解決しちゃうゆっちょが、相談って何だろう?
わくわく!」
「ミハミハさんの『可愛い』が詰まった場所に連れていってくれませんか?
価値観を共有したくて」
「きゃー!
やったー、ゆっちょもやっとそういう気持ちになったのね!
嬉しい、嬉しい!」
そうはしゃぐ。
しかし、この女性はただそれだけの能天気人間ではなかった。
「でも、ちょっとだけ注意するね。
勉強する、なんて気持ちじゃダメだよ。
何があったか分かんないけど、可愛いを理解しようって意気込んでいるんじゃない?
それだと楽しめないからね。
頭空っぽにして、可愛いに浸って、気づいたら理解したってのが正解だよ」
それは灰戸洋子も見抜いていた事である。
可愛いの基礎を学びに行った際、彼女は真っ先に言葉が要らない、ただただ和める場所を選んだ。
大分優子の気持ちから、身構えている部分が無くなったのを見計らって、クセのある可愛さを見せたりした。
身構えている時に、可愛さは入って来ないものである。
頭で理解しようとしてしまう優子は、その辺がまだ出来ていない。
だが、天出優子の場合、音楽に置き換えれば大体の事は理解が早い。
知ってか知らずか、照地は重要な発言をする。
「まずは楽しいって思う事だよ。
可愛さは幸せな気分と一緒にあるものなの。
リラックスしようよ。
好きな歌を聴いている時って、ハモりがどうとか、進行がどうとか考えないでしょ。
ただ良い曲だな~って思えばいいよね。
同じだよ」
これでやっと、優子の頭から「どういうものなのか、分析する」という意識が消えた。
そう、音楽と同じなのだ。
理屈で聴いていると、その曲の良さなんて全く分からない。
そんなのは後で、楽譜を見れば良いだけだ。
良い曲を良い曲として楽しむには、リラックスして音楽に没入すれば良い。
そういう状態でも「この曲いいな」とか「ちょっと合わないな」とか、そういうものは分かる。
モーツァルトの場合、気に入った曲なら、頭にすんなり入って来て、何も考えないで聴いているように見えてもすぐに譜面に書き起こす事も出来る。
それを思えば、身構える必要は全く無かったのだ。
流れに身を任せて、「可愛い」を肌で味わえば良いだろう。
元々、天出優子は感受性が豊かなのだ。
大人になり生活したり子を成したりしている内に大分失われはしたが、芸術家ならではの感受性はまだ残っている。
天出優子という現代の日本に生きる女子高生としても、今回は童心に戻って普通に楽しもう。
音楽は楽しむものという信念、同様に「可愛い」という文化も楽しもうじゃないか。
照地美春の可愛いは、灰戸洋子のそれと、似て非なる。
同じようにファンシー系が大好きだ。
しかし、そういうテーマパークで触れ合うアクティブな灰戸と違い、年少の照地は大人しい。
灰戸は体験型というか、一緒に写真を撮ったり、パレードを観たりと行動的である。
しかし照地は、ただ見ているだけ、可愛いものに囲まれているだけで幸せなようだ。
灰戸はキャラクターグッズが大好きである。
コラボがあれば、必ず足を運ぶ。
照地はキャラクターよりも、デザインや雰囲気で可愛いものを望む。
それが優子を連れ回しての移動にも現れていた。
灰戸はとにかく色んな店に連れて行った。
猫カフェとフクロウカフェではまったりしていたが、後は怒涛の移動。
灰戸が思う可愛いもの巡りだから、わざと何でも詰め込んだものではない。
多忙な灰戸だけに、普段から一度の外出で多数の目的をこなす癖がついていただけだ。
一方の照地は、全く違う。
雰囲気そのままに、実にのんびりしたものだった。
お気に入りのグッズ店に入り、あれこれと買い物をする。
いや、全てを買う事はなく、あれが良い、これが良いと品定めし、店員とお喋りしながら時間を過ごしていく。
いわゆる「男性が付き合って、退屈に感じる女性のショッピング」であり、彼女たちにしたら買い物が目的ではなく、そこに行って楽しむ事が目的なのだ。
(そう言えば、前世の妻も、商人から色んな品物を見せて、あれが良い、これが美しいと品定めするのが大好きだったなあ。
灰戸さんは、顔や声は似ているけど、その辺は全く違っている。
まあ妻は品定めした後、全部買ってしまう所は灰戸さんと似ているかもな。
灰戸さんは余計な物は買わなけど、買うとなったら豪快だったし)
そう思いながら過ごしていると、照地の買い物が終了した。
結局3点くらいしか買っていない。
そして、お気に入りのカフェに入ると、さっきのショッピングについての振り返りが始まる。
途中で飽きてしまい、商品をろくに見ていない優子だから、飽きる前に見ていたものでしか会話が出来ないが、それでも照地は楽しそうである。
「ねえゆっちょ、楽しんでる?」
「あ、はい」
「あのお店、趣味に合わないとか無かった?」
「いや、そんな事はないです」
「どんな所に行きたいか、遠慮しないで言ってね。
案内するから」
「あ、はい、分かりました」
そんな風に言われたが、照地は余り動こうとしない。
運ばれて来た熊さん型のプリンとか、綺麗にデコレーションされたケーキとココアパウダーや抹茶の粉で絵を描かれた皿、カフェアートなんかを見ながら、ニコニコしていた。
(まあ、こういうのも悪くないな)
優子は久々に気が休まっていた。
思い返すと、優子はこの1年程、気が休まっていない。
変人集団アルペッ女に兼任で入り、全国ツアーをプロデュースし、海外にも行った。
その一方でスケル女の活動もサボらず、馬場陽羽、灰戸洋子の卒業コンサートにも参加した。
私生活では中学を卒業し、高校生になった。
私立の中高一貫校で、非公式ながら芸能クラスに入っているから、クラス替えはない。
それでも芸能クラスをやめて他クラスに移る人や、高校進学時に別な学校に変える人はいた。
一方で新たに高校から芸能クラス入りした人もいて、自覚していないが落ち着いた気持ちではなかった。
そしてなんかドイツ人に喧嘩売られたり……。
優子の作曲は趣味で、そういうモヤモヤを晴らす役割もあったが、それでも気持ちの揺れは曲に出ていたようで、得意の綺麗な音の曲は良いが、転生後に習得したギミックを使った曲だと「ちょっと落ち着きがないかも」と自覚する出来である。
まあ、他人から指摘はされていないのだが。
そういうちょっと疲れている優子に、こういう丸みを帯び攻撃的ではない癒しの形状のものに囲まれ、非日常的で童心に戻ったような空気に浸り、ゆっくりとした時間を過ごすのは良い薬となる。
優子は無意識のうちに「可愛いものを求める心」を持ち、それを理解する事になる。
「よし、じゃあ次に行こうか」
優子もまったりしている中、照地が時計を見ながら言い出した。
「どこに行くんですか?」
「うふふ、私のお気に入りの場所」
そうして連れて来られたのは、デパートのキッズコーナー。
「あそこで子供たちが遊んでいるでしょ?
そろそろお昼寝がしたくなる時間なの。
ほら、あそこの可愛い女の子。
風船持ちながらウトウトし始めている。
もうそこに行って、抱きしめて、腕の中でねんねさせてあげたいの!
あっちの子は、おしっこしたいのかな?
ママーって叫びながら、もじもじしてる。
うん、お姉さんが連れていってあげようか?
ね、こういう可愛い空間を無料開放してるのって、罪だと思うの~、ウフフフフ」
優子は心の中で叫んでいた。
「お巡りさん、こいつです!」と。
おまけ:
モーツァルトを誘った神の使いが居る場所とは異なる異界にて:
???「アイドル音楽だと? 握手会やお話し会で曲を売るスタイルだと?
そんなのは退廃的だ! 優れた音楽によって導かれるべきで、商業主義に染まった音楽はけしからん!
性的衝動を刺激した手法は、アーリア民族を堕落させる!
重厚なクラシックこそ至高なのだ!(なおユ(以下略))」
こっちに結び付きかねないから、一つのジャンルに詳しくなり極める一方で、視野を広くする為に浅く広く色んなジャンルを、気楽に脳みそ空っぽにして楽しむのもアリなんじゃね、と思う作者でした。
おまけの2:
デパートのキッズコーナーで終日子供を見ながら時間を過ごすのは、M娘。の八代目リーダーの実話です。
「あそこ、天国ですね」
「あれだけ癒しをくれるんだから、お金を払いたいなって思うくらい、良い場所見つけたなって思った」
と本人が述べてました。
お巡りさん、こいつです!




