来訪者
普通、学校には文化祭とかでもなければ、無関係の人間が遊びに来る事はない。
なのに天出優子絡みでは、妙に来訪者が多い。
今回もやはり、優子絡みで招かれざる客がやって来た。
「堀井君、なんかお客さんが来てるよ」
教員が呼びに来た。
「え? 僕に? 誰だろう?」
「外国人だったけど、君の名前を言っていた」
「もしかして、また師匠かな?
ドイツ人の神経質そうな爺さんじゃなかったですか?」
「いや、男女2人組の同じくらいの年の子。
とにかく行ってみて」
若手世界的ピアニストの堀井真樹夫には心当たりがあった。
あいつら、何で日本に居るんだ?
そう思いながら校門に向かう。
「真樹夫!
会いたかったぞ」
女性の方が堀井に軽いハグをして来る。
そして男性の方が
「ここが君が通う学校か。
日本は基礎教育は良いが、高等教育は遅れていると聞く。
君はこんな所に居て、大丈夫なのか?」
上から目線で話しかける。
この2人は、堀井のドイツ時代の同門で、エリアスとゾフィーという男女の双子である。
同じ師の元でピアノを学び、現在も国際コンクールでよく会う。
堀井が小学生時代は、東洋の黄色人種を日中韓モンゴルベトナム一緒に考えて、馬鹿にしていた。
成長するにつれ、ヨーロッパを襲ったチンギス・ハーンも、移民問題の当事者も、鯨以外の食文化上ゲテモノ食いとされるのも日本ではないと区別するようになり、また堀井もドイツ時代より腕を上げた事で、反転して好意的に接するようになった。
そんな彼等にとっても、最近の堀井の作曲家デビューは衝撃的な事である。
先に訪ねて来た彼等の共通の師匠に、色々と聞いて来たようだ。
「ところで、君に曲の作り方を指南している女性と会いたい。
先生が言うには、実にキュートな女の子だそうだな」
(なるほど、こいつらも天出さん目当てか)
そう思った内心溜息を吐いた堀井だが、目的を言っている兄の横で、殺気を放っている妹には気づかない。
とりあえず一旦どこかで時間を潰して貰って、放課後に堀井家の地下練習場で会う事にした。
「という事で天出さん、放課後あいつらに会って欲しいんだけど、今日都合大丈夫?」
「まあ、平日は特別な事でもない限り、仕事は入ってないけど……」
「ごめんね。
またお菓子贈って埋め合わせするよ」
お菓子の言葉に、近くに居た武藤愛照と伝統芸能のドラ息子が反応した。
結局、いつもの四人でドイツ人兄妹と会う事になる。
「おお!
日本の伝統芸能な役者ですか。
ハジメマシテ、アエテウレシイデス」
最後の部分だけ日本語で挨拶をし、ドラ息子に握手を求める兄。
その横で、妹がドイツ語で愛照に突っかかっていた。
「貴女が真樹夫の師匠とか言う彼女なわけ?
日本人にしてはスタイルが良いじゃないの!
ちょっと胸が大きいからって、世界基準じゃ貴女くらいはザラにいるからね!」
何を言われているか分からずポカーンとしている愛照。
「違う。
彼女じゃないし、僕の師匠はこっち」
そう言って優子を紹介した。
ゾフィーは優子の上から下まで観察し、小さいフラットな胸を見てから鼻でフッと笑い
「先生が言っていたように、実にキュートな女児ですね」
と言って握手を求めた。
「女性共通でも未婚女性でもなく、女児と呼ぶのはどういう事ですかね?」
ドイツ語で言い返す優子だが、それは気にせず
「ちょっとドイツ語の知識があれば気づく程度の言い方の違いを指摘して、嬉しいの?」
と更に皮肉を返して来た。
これにはカチンと来たようで、優子がドイツ語で皮肉を言い、それにゾフィーも応戦して激しい口論になってしまった。
愛照とドラ息子は顔を見合わせて
「堀井も罪な男だよな」
と、ゾフィーが突っかかる原因を的確に言い当てていた。
「やめないか。
口喧嘩しに来たんじゃないだろ?
勝負は別な事でしろよ」
兄のエリアスが妹を窘める。
「勝負?」
「そうだった。
小さい日本人、私と勝負しなさい」
「別に良いですよ。
叩き潰して差し上げます。
まあ、一応理由を聞きましょうか」
「何て名前か知らないけど、コンテストに出た事も無い日本人に、真樹夫みたいな優れたピアニストを指導する事なんて出来るわけないでしょ?
どうせ色仕掛けで真樹夫を誑かしているんでしょ!」
「……自虐してるようで残念なんだけど、私に色仕掛けが出来ると思う?
言ってて虚しくならなかった?」
「……そこは撤回するわ。
そんな幼児体形で真樹夫を誘惑とか出来ないし。
貴女で可能なら、私だって可能なわけだし……」
ゾフィーも他人の事は馬鹿に出来ない、貧相な体つきだ。
「まあ、とにかく貴女の実力を見せてもらうわ!
東洋の名も知らぬ女を、真樹夫が師匠とか呼ぶのは許せない!」
やれやれと思いながらも、優子は勝負を受ける事にした。
ここにはピアノも一級品のがある事だし。
「ほら、このピアノだってベヒシュタインでしょ。
我がドイツの音楽は世界一なのよ!」
「はいはい、すぐ隣にヤマハのもあるけど、見えてないのね。
で、ピアノ勝負ね?」
「そうよ。
この曲で勝負。
ただ楽譜通りに弾くのでは芸がない。
表現力で勝負よ。
審査員は、そこにいる全員で」
「あそこに2人は、ピアノの事については素人だけど?」
「素人でも、図々しい外国人でも、聴けば分かる程の差があるからね!」
(ここは日本だし、図々しい外国人は君たちだろ?)
そうツッコムが口には出さない。
まあ、素人でも分かるくらいの差をつけて、勝ってやろう。
最近は圧倒的な実力で他人を叩きのめす事をしなくなっていたが、久々に攻撃的な演奏をして良いな。
こうしてゾフィーが選んだ難解曲での勝負で、優子は圧倒的実力差を見せつける。
先攻で素晴らしい演奏をしたゾフィー。
彼女の世界大会でジュニア5位になるくらいの実力を持っている。
後攻の優子は、あえてゾフィーと「全く同じ」に弾いた。
そう、一ヶ所ゾフィーが苦い顔をした、出だしでほんの僅か遅れた部分まで再現して。
「さ……猿真似は上手いようね」
「そうかもね。
じゃあ、今度はアレンジしてみようか」
この勝負は交互に弾いて行われたが、それに対し
「君はそのベヒシュタインのピアノでもう一回同じ曲を弾いてみよう。
私はこのヤマハのピアノで、それに合う曲を重ね合わせるから」
と優子は言ってのけた。
そして、即興で作った伴奏曲に完璧に合わせられ、ゾフィーはこの小柄な日本人が尋常じゃない実力を持っていると悟る。
自分の演奏をトレースされた事もそうだが、技術が無いとこういう遊びは出来ない。
明らかに格上の存在だ。
楽譜をちょっとしかはみ出せない、その曲の枠でしか演奏出来ない自分に対し、枠組み自体を変えられる相手とは次元が違う。
「貴女の実力は認めるわ」
強がっていたが、手が震えているゾフィー。
もしかしたら師匠より上かもしれない実力を感じ、恐れすら抱いていた。
「凄いね。
やはり君たちは日本なんかにいるべきじゃない。
僕たちと同じ音楽の英才教育を受けよう。
先生に頼んで推薦して貰えば、今からでも編入出来るよ」
兄のエリアスが拍手をしながらそう言った。
「いや、僕は日本にいる」
「何故?」
「きっと天出さんが日本を離れないだろうから。
彼女に習いたいから、日本から離れられない」
「フロイライン優子、君はどうだい?
君がドイツに来れば、真樹夫もドイツに来る。
素晴らしい事だと思わないか?」
それに対し、優子も拒否をした。
「私は日本に居たい。
飛行機に乗るのは嫌だけど、それが理由ではない。
私にはすべき事があるから」
「それは?」
「アイドルとして楽しい音楽を創る」
それを聞いて、ゾフィーは高らかに笑い出した。
「アイドル?
ぷっ。
なにそのチンケな音楽。
下手くそな素人を並べて、フレンチカンカン紛いの下品なダンスをさせて、雑音を撒き散らしながら、思春期の若者にしか通じない青臭い詩を歌う、取るに足らない音楽じゃないの。
歌詞はともかく、音楽としても幼稚、私たちがしている本物の音楽からしたら取るに足らない。
世界に通用しない、日本という閉じた社会の、更に一部の変人にしか受けないニッチなジャンル。
そんなものを創る事に何の意味があるの?
真樹夫、そんな志の低い女に付き合う必要ないよ。
貴方だけでもドイツに帰って来なさい」
天出優子は、前世を思い出していた。
ドイツが偉そうに言うようになったものだ。
前世の優子は言われたものだ。
「ドイツ語のオペラ?
ぷっ。
なにその野蛮な音楽。
下手くそな素人を並べて、作法の無い下品なダンスをさせて、濁声のドイツ語アリアという雑音を撒き散らしながら、他国の歴史を借りて来て歌う、取るに足らない音楽だろう。
イタリアの本物の音楽からしたら取るに足らない。
ハプスブルク領内という閉じた社会の、少し人格がおかしい貴族にしか受けない音楽。
そんなものを創る事に何の意味があるのかね」
「フフフ……」
思わず嘲笑が零れる。
「何がおかしいの?」
「いやはや、ドイツも偉くなったものだってね。
昔は自分たちが新興の音楽国で、伝統的音楽国イタリアからは馬鹿にされていただろうに」
「過去は過去。
昔の話をしても意味がないでしょ」
「よろしい。
君たちが馬鹿にしている新しい音楽で、君たちに分からせてあげよう。
クラシックこそ至高、その思い上がりを叩き潰す!」
「天出さん、協力するわ!」
「え?
武藤さん、今の会話の意味分かったの?」
「分からん!
だけど、アイドルが馬鹿にされた事は分かった。
あんたが常々言ってる、音楽に貴賤なし、楽しんでこそ音楽。
それを教えてあげましょう!」
図らずも2対2の対立構図になり、両者の間に火花が散っているかのようだ。
ドラ息子が堀井に話しかけた。
(なんか、エライ場面に遭遇してるよな……)
(うん、こんな事になるとは思わなかった……)
結局この場はこれ以上何も起こらず、火種を残したまま解散する事になった。
そしてこの対立は、後日思わぬ形で再発火するが、それはまだこの場の誰も分からない。
おまけ:
武藤愛照が会話を理解した過程。
「ぴきーーーーん」
NT的なアレというか、その時電流走る、というか、そういうのがあった模様。
その直感だけで、ドイツ人との対立に割って入った。
「ファッキンジャップくらい分かるよバカヤロー」
との事でした。
(なお、相手はそんな事は言っていない)




