KAWAIIという感情
「あれ?
天出さん、その鞄に付けてるの、〇〇ランドのグッズでしょ?
行ったの?」
学校で天出優子と顔を合わせた武藤愛照が聞いて来た。
自称……現在は世間も認める優子のライバルである愛照だが、その付き合いは長く、小学校の頃からよく知っている。
「音楽の天才」と言われるが、世間はその真価をまだ分かっていない、とちょっと誇らしげに思ってもいる。
そんな、ある意味「天出優子ウォッチャー」な愛照には、優子がアクセサリーをぶら下げているのは奇異に映った。
この音楽の天才は、音楽から離れれば離れる程、ダメ人間なのだ。
彼女の他人の事は言えないが、まず勉強がお粗末である。
スポーツはポンコツ極まりない。
人間の感情の機微は、ある面では感受性が高いが、ある面では物凄く鈍い。
平気で傍若無人な事、無神経な事、セクハラな発言をする鈍さは、割と腹立たしい。
そんな優子は、小学校の頃からアクセサリーやアイテムには興味を示さなかった。
小学生女子は、シール集めだの、プリクラ撮影でのデコレーションだの、アニメキャラのグッズだのを集めるのが大好きだ。
玩具じゃなくても、キャラものの靴下とか、ヘアゴムとか、そういう小物に目が無い。
しかし優子はそれらに興味を示さない。
付き合いで持つ事はあっても、扱いは悪いし、無くしても気にしない。
イヤリングとかネイルとか、自分を飾る物には興味を示すが、鞄にジャラジャラぶら下げるとか、スマホケースに貼るとか、そういう外部付属品には気を留めない。
愛照には多少気を許しているのか、優子は彼女の前で「前世では」なんて口にしているが、愛照の方が
「また変な事言ってる」
と気にしていない。
だがそれは事実で、ゆえに優子は「既に一回成人した男性」だった為、こういう小学生女子とかが好きな「可愛い」に興味が無いのだ。
男性の感性は変化する。
これからの説明は、何となくの傾向であり、現在は異なる存在もある事を先に明記しておく。
男性でも子供の頃は、同年代の女性同様可愛いのが好きである。
ワンワンとかニャンニャンとか言って、子犬や子猫、その縫いぐるみを可愛がる。
しかし、早ければ幼稚園の頃には、可愛いではなくカッコイイに興味が移り、行動な粗暴になる。
思春期になると、可愛いに興味を示す自分を嫌い、あえてツッパったりもする。
現代日本はこの程度だが、優子の前世・モーツァルトの時代はより「男性は男性らしく」を強要された時代で、「可愛い」を耽溺すると「あいつはおかしい」と思われたりした。
モーツァルトが生きた18世紀、イギリスでは「マカローニ」と呼ばれる派手なファッションを好む男性がいて、女性的な外見や感性をしていたが、これは風刺の対象であり、軟弱で堕落した存在として嘲笑されたものだった。
男性が「可愛い」を愛でる事を許されるのは、自分の子が出来た時だ。
子にも辛く当たる文化圏もあるが、基本的には我が子可愛いは許される。
35年という短い人生ではあるが、モーツァルトはそれらを全部経た後に、転生して日本で二度目の人生を送っている。
かつて「神の使い」が警告したように、本来の精神の発展とは異なるもので、女子の「可愛い」を愛でる精神になる前に、既に「子供まで産ませた18世紀の成人男性」の意識が支配していたのだ。
そんな天出優子が、アクセサリーを付けている事を、愛照は不思議に感じた。
優子は
「ここ数日、灰戸さんに連れられて、あらゆる『可愛い』を見て回ったの……」
と少々疲れた顔で笑った。
「まずはここね!
いきなりキャラものは、優子のような無関心層にはハードルが高いから」
と言って灰戸洋子に連れて来られたのは、猫カフェであった。
男性も猫には弱い。
日本では宇多天皇が『寛平御記』という猫日記を残したりしている。
自由気ままで、時に甘え、時にクールで近寄って来ないような猫に、ストレスの多い男性も振り回されて、それでリラックスするのかもしれない。
優子も子猫が短い足で遊んでいる様とかは、素直に可愛く感じたし、緊張を解いてリラックスして過ごした。
「じゃあ、次行くよ」
子猫に名残惜しく別れを告げた優子は、次はフクロウカフェに連れて行かれた。
フクロウはヨーロッパでは「知者」「森の賢者」と呼ばれる存在である。
猛禽類ゆえの凛々しさと、落ち着いて佇まいから畏敬の対象なはずだが……
「灰戸さん、なにこの間抜けな生き物は?」
と享年35歳のオッサンが思わずはしゃいでしまった。
フクロウカフェにいるメンフクロウが、地面をエッホエッホと走って寄って来る。
威厳とか無く、丸い目で、首を思いっ切り傾げてこちらを見て来る。
「さあ、餌をあげようか」
慣れた灰戸がエスコートし、優子はフクロウとも時を忘れて戯れた。
この辺までは、天出優子も理解が出来る可愛さである。
そして、自分が知りたい「照地美春の可愛さの世界」の入門編である事も。
灰戸もその辺は分かっているので、和んでいる中身オッサンの女子高生を引っ張って店を出た。
ここからが本番である。
「リラックスすると共に、今、優子は可愛いものを求めている。
あの子猫ちゃんやフクロウちゃんたちと同じような癒しを求めている!」
「否定はしません。
でも、アレ以上に良いものがあるんですか?」
「まだまだだね。
もっとリラックスしよう。
そこにあるものを、心の抵抗無く受け容れようね」
まだまだ優子の心の準備が足りないと思った灰戸は、自分のお気に入りのメイドカフェに案内する。
中身が女好きのオッサンだから、女性が接待する店に入って、内心興奮していた。
だが、その興奮も段々、やれやれと言った内心の溜息と共に落ち着いてしまった。
この店のコンセプトは「ドジっ子」。
新入りメイドが「はわわ、お嬢様の言う事なのに、上手く出来ませんでした、ぴえん」となる様を楽しむコンセプトなのである。
本物のメイドを知っている天出優子の中の人だが、18世紀の家事使用人のダサいものとは違い、この日本のメイドは「照地美春の好きな方面の」可愛い服で、表情も18世紀のものと違ってくたびれても、無表情でもない。
ちなみに、メイドカフェのコンセプトのようなメイド服を着たものは、19世紀ヴィクトリア女王時代のイギリスが発祥で、モーツァルトが生きていた時代は違っていた。
お嬢様と呼ばれ、萌え萌えキュンに付き合って、大分抵抗は無くなったようである。
そして本命のキャラクターグッズや、着ぐるみがショーをするテーマパークに連れて行かれる。
「人は形から入るっていうけど、まずはそれだ!」
ノリノリの灰戸(三十路超え)にエスコートされ、アニマル耳のカチューシャや、肩からかけるキャラもののバッグなどを装着させられる。
結構な値段だから、一緒に行った彼女にこういうのを買ってあげる男性は、財布の中の減少で冷めたりもするが、こういう事には金を惜しまない灰戸に買い与えられる優子は気持ちが萎える事もなく、
「ちょっと恥ずかしいです」
「いいんだ、この場では普通の格好の方が浮くから」
と言いくるめられ、段々受け容れていった。
「……と、こんな感じであちこちに連れ回されたの。
まあ、大概の『可愛い』は分かった気がするんだけど、
『ヤンデレ』『ツンデレ』はまだ理解出来ない」
「なるほどね……。
そう言えば、貴女もプロデュースするカプリッ女の今年のコンセプトは『可愛いは正義』だったっけ。
貴女も色々勉強してるのね。
で、小学校からそういう小道具に興味が無かった天出優子も、ついに陥落したってわけ?」
優子は首を横に振る。
外国にも通じる「Kawaii」を分かっては来たが、自分の好みとは違い、耽溺してはいない。
ああいうのは、たまに見るから良いものだ。
しかし、常日頃身につけているのは、別の理由による。
「その可愛さ巡りの後、灰戸さんにくっつけられたグッズをそのままに、照地さんとの打ち合わせに行ったんだけど」
優子はその時の事を思い出す。
「やーーん、可愛い~。
ゆっちょも、可愛いものに目が無いんだね~。
ちょっと待ってて。
はい、これあげる」
「これは?」
「私とお揃いのグッズ。
中々手に入らないの。
これを、私とゆっちょの愛情の証として、ずっと持っててね。
肌身離さず身につけていてね」
そうして貰ったアイテムが、愛照が目にしたグッズである。
「律儀に守ってるんだ」
そう言う愛照に、優子は溜息を吐き
「あの人、いつ見に来るか分からないじゃない。
小学校の時、急にやって来て学校をパニックにした事、覚えてるでしょ?」
「……理解した」
この可愛いグッズは、外す事が許されない、ある意味「呪いの装備」と化したのであった。
なお、普段なら話に割り込んで来る男子二名は、話の内容を把握すると、さっさと退散したという事付け加えておこう。
彼等は本気で興味がないのだから。
おまけ:
なお、作者の別作品で暴れまくっている薩摩人ですが、彼等にも「稚児趣味」という、可愛い男児を愛でる風習はあります。
11~12歳の美少年に振袖を着せて化粧をさせ「稚児様」と呼んで、その後はスタッフが美味しく(以下略)




