可愛いの鬼
スケル女グループの夏専用ユニット「カプリッ女」、今年は「可愛いは正義」を合言葉に、照地美春・天出優子の二人がプロデューサーする。
グループ内オーディションも終了し、スケル女正規メンバーから二人、研究生から三人、大阪の姉妹グループ・アダー女から二人、広島の姉妹グループ・アルペッ女から二人という九人編制となった。
これにスケジュール次第でスケル女7女神という人気メンバーが助っ人に加わる、初編制以来のシステムであった。
メンバーが決まって、即歌レッスン……とはいかなかった。
恐ろしく作曲が速く、かつ多作の天出優子が居るのに何故?
理由は、照地美春がダメ出しをしたからである。
カッコいいと可愛いは違う。
熱いと可愛いはかなり違う。
清楚と可愛いは、大分近づいたけど違う。
照地美春は、とにかく可愛いを極めた女性だ。
最近、熱かったり、カッコ良かったり、清楚だったり、演歌だったりを作っていた優子は、この照地の「可愛い」という壁にぶつかってしまった。
天出優子の前世はモーツァルトである。
モーツァルトも可愛い曲は書いて来た。
代表的なのは「きらきら星」K.265や、メヌエット K.334であろうか。
優子は照地のリクエスト、「可愛い」に応えるべく自分が考える可愛い曲を作った。
しかし、それが照地とは合わなかった。
正確には、優子の作った可愛い曲は、可愛い音楽として照地も認めている。
しかし、昨今の可愛い曲は、音楽として可愛いだけではなくなっている。
「間に小芝居を挟みたい」
「台詞を言う部分が欲しい」
「振り付けは激しくなく、ヒラヒラしたり、ふわふわしたものが良い」
「16ビートとか、ギミックは必要ない、むしろ有害」
「ステージ上で皆でわちゃわちゃしたい」
こんな感じである。
言語化していないだけで、照地の「可愛い」はもっと大量に条件があった。
「あのね、ゆっちょ。
これ、リズム早いよ。
こういう衣装で踊ると、バタバタして可愛くなくなる」
「こういう台詞を喋るシーン考えたんだ!
どこかに間を作れる?」
「髪が靡くのって可愛いと思うの。
本来は良くないんだけど、横とか後ろを見せる所から始まって、フワッと髪を靡かせて振り向き、笑顔を見せたいんだ」
言葉は全くキツくない。
単なるダメ出しではなく、具体的なイメージがあって、それを告げて来る。
フワッとした言い方だが、自分のイメージからは妥協する気が無いようだ。
そしてそれは優子に対してだけではなく、スタッフにも
「サンダルで踊るんですけど、ヒール高く出来ます?
背を嵩上げしないと、お客さんから見づらいので。
あと、ヒールを上げる事で足に角度が付けば、ペディキュアが見えやすくなると思うんですよ」
「暑さ対策でミスト使いたいんですけど、これに柑橘系のキツ過ぎない匂いを加えて欲しいんです。
分かるのは前の方の席だけかもしれませんが、きっと印象に残ると思うんです」
「パフォーマンスの時、花びらをお客さんに撒きたいんです。
紙で作りますよね。
ラメ入りのってあります?
きっと、キラキラ反射して綺麗だと思います」
等と様々な注文をして来た。
照地には、単に歌やパフォーマンスだけでなく、観客も含めたライブの最初から最後までの全てがイメージ出来ているようだ。
スタッフは、普段はポケ〜っとして人形みたいな照地美春の、普段通り穏やかながらも強い押しに驚いている。
更に、全体を俯瞰して見ている事にも。
この子は思った以上にプロデュース能力が高い。
照地の能力の高さを、押しの強さに優子も驚いていたが、時間を含めてあらゆる角度からコンサートが見えている「四次元の視点」そのものは理解出来ていた。
それはモーツァルトも持っている能力だからだ。
モーツァルトはオペラを書く。
原作こそ別の者が書いているが、それを自分なりに解釈し、始まりから終わりまで、どの役がどう動き、歌う事でどう響き、観客の心にどう届くかがイメージ出来るのだ。
錯覚と言えばそうだろう。
何せ、皇帝レオポルト2世と皇后マリア・ルドヴィカに否定的に見られた「皇帝ティートの慈悲」K.621のような計算違いもやらかしている。
しかし、自分のイメージを膨らませて、細部まで完成させ、それを他の担当者に要求するというのは、自分もやっただけに、よく分かるのだ。
(ちょっとでも自分のイメージからズレてしまうと、途端に魅力が失われてしまう。
よ〜く分かる。
今回はミハミハさんの思う通りにしてやりたい)
そう思って協力する優子だったが、同時に
(自分は照地美春と価値観を共有出来ていない。
彼女の思う可愛いとは何なのか?
それが理解出来ない内は、同じイメージを思い浮かべる事が出来ず、作っては修正する、他人の注文にただ従うだけの三流作曲家に成り下がる。
それは私のプライドが許さない)
とも思っていた。
三流の音楽家は、注文に応じて曲を作る。
注文通りにも作れないのは四流以下だ。
二流になると、注文者の思う曲のイメージを、ほとんど修正する必要なく現出出来る。
言われたように作るのではない、思いをそのまま形にするのだ。
では一流は?
注文者のイメージの更に一歩上を行く。
「自分の想像以上だ」
と言わしめてこそ、創造だ。
今回、共同プロデューサーと言いながらも、先輩である照地美春を立てて、彼女の初プロデュースを成功させたい。
であるからには、彼女の「可愛い」という世界観を自分の物にしたい。
そう考えている優子の元に
「協力出来る事有る?」
と灰戸洋子が訪ねて来たのだった。
スケル女OGで、長年人気を支えて来た灰戸洋子。
彼女は生粋のアイドルヲタクで、カッコいいだの可愛いだの、トチ狂ってるだのコンセプトがおかしいだの、あらゆるアイドルを見て、愛してきた。
と同時に彼女も照地に負けず劣らず「可愛い物」好きなコレクターである。
散々「年齢考えろ」と揶揄われるながらも、ファンシーグッズに囲まれて眠り、限定アイテムが出れば徹夜してでも入手する。
それでいて大人な女性を魅せる、化粧品や衣料もプロデュースするのだから、守備範囲が広い。
照地美春が「可愛いを極めんとする鬼」なら、灰戸洋子は「現代の女性の美を広く手がける創造主」と言った所だろう。
現代に転生し、15年を女性として生きて来た優子だが、根本的な部分で18世紀欧州のオッサン(モーツァルト)が抜けてない為、可愛いを理解出来ているとは言い難い。
ここは渡りに船、灰戸の協力を仰ごう。
「なるほどねー」
話を聞いた灰戸は、優子を見遣った。
「こういうのはね、理解するものじゃないよ。
考えるな、感じるんだ、ってやつだよ。
音楽とか理科とかの理論とは違う。
良いと思ったら、それが良いものなの。
そこに違いは有るだろうけど、可愛いを良いものと思う感性こそ大事なのよ」
と言った。
「なんかさ、女の子はロボットアニメを観て、何が良いんだろう?って思ったりするよね。
男性が可愛い物を見て、興味を示さないのは、それと似ていると思うんだ。
優子は男性とは言わないけど、感性がそっち寄りだよね」
(確かに、中身が男性だからなぁ。
まあ、前世で決闘とかあったから、戦うヒーローはカッコ良いと思うけど、ロボットは今一つピンと来ないんだけどね)
そう思う優子の中の人。
灰戸は手を叩き、
「よし、可愛いに浸ろう!
私が案内するから、可愛いに満ち溢れた場所を満喫しよう!
可愛いの世界の住人になろう!
美春の気持ちと同じになるまで、可愛いの中に溺れよう!」
と言い出した。
今回異様に押しが強い照地以上に、灰戸は自分の関心事には強烈である。
優子に拒否する権利は無いも同様だ。
こうして優子は、灰戸洋子に導かれて、強制的に「可愛い」の世界に入門する事になった。
とりあえずマイナスにはならなかった、と後々納得する事になる。
おまけ:
日本が世界に発信するOTAKUカルチャーの一角が「KAWAII」ですので。




