弱点を克服したい!
天出優子は少々不機嫌である。
彼女は自分が所属するグループ・スケル女の姉妹グループに曲を渡していた。
広島のアルペッ女とは相性が良い。
人間的には疲れる相手ばかりだが、音楽的には優子が好む、必要な音を完璧に配置した綺麗な楽曲が合っていた。
しかし、大阪のアダー女は違った。
彼女たちの特徴は体育会系、なんでも体当たり。
よって音楽も勢いがあるものだ。
当然、彼女たちの音楽も研究していた優子は、勢いがある元気な曲を作った。
大枠ではそれで良い。
しかし、やはり天出優子の曲は綺麗過ぎた。
がなり、しゃくり、こぶし、フェイクという歌唱法がある。
「これは」という歌詞を、アダー女では「これヴァァァァア」といった感じでがなる。
「そうだね」という歌詞を「そうだぬぅえ↑」といった感じでしゃくる。
歌の途中で、主旋律とは違う音を重ねる事がある。
というか、アレンジでメンバーがする。
こういう事も考慮した筈だが、いざ作った曲で行おうとすると、完璧ゆえに入れる隙が無い。
だから編曲家によって、改悪という形での最適化がされたのだ。
優子の前世・モーツァルトはほとんど修正をしなかった音楽家である。
書き上げた時点で完成していて、手直しをする必要がない。
それが転生後、修正を受ける事が増えた。
「天才音楽家」のプライドは確かにある。
だが、仮に天才でなくても、自分が自信を持って作った物を、他人に修正されるのは不快なものだ。
戸方プロデューサーのように、最初から自分は才能がそれほど無い、小さい時から音楽に浸って来なかった後から参入組だというある種の劣等感があれば、まずは一曲完成した事を喜び、そこから更に他人の手を経て良い形になっていっても不快には思わないだろう。
しかし、人生2回目で音楽にかけては「時代に合わない部分もあるが、自分が優秀である事には変わらない」という自負がある天出優子にしたら、完成させた曲に手を加えられるのは、どこか屈辱的に感じてしまう。
それも1曲の話ではなく、アダー女用の曲は全てであった。
優子のプライドは高い。
しかし、人生2回目の彼女は反省や自省という言葉を覚えた。
彼女は自分を優秀だと自認しているが、一方で「時代に合わない部分もある」としっかり認識している。
ポップな歌詞を書けない欠点は既に把握していた。
ここに「アダー女という、ギミックのある歌い方を好むグループと、完成された綺麗でつけこむ余地の無い自分の曲は合わない」という新しい弱点が加わったところで、
「理不尽な理由ではない、原因と結果が分かっているのだから、直したら良い」
となるだけだ。
自信作を直された「不快感」と、自信作が相手と合わないから調整が必要という問題点の把握は、両立するのである。
感情は感情、事実は事実。
モーツァルトというのは「私の音楽が分からない方がダメなのだ」と喚き散らすタイプではない。
……「皇帝ティートの慈悲」K.621 のように、聴く人の好みの問題で、彼にしては低評価(モーツァルト作品比)された事だってあるのだし、一々文句を言っても始まらない。
始まらないが、文句はひとしきり出るのだが。
「……で、そういう曲を学びたいわけですか」
メールで優子の意志を確認した戸方プロデューサーは考え込んだ。
彼には良い意味でプライドが無い。
自分の教え子(世間一般的にはアイドルはそういう扱い)を、他の誰かに預けて教えを授かる事に抵抗は無い。
ゆえに「誰に預けようか」という事を考える。
そして
「こぶしだのがなりだのは演歌の手法だから、演歌の先生に頼みます。
僕のコネでどうにかなる人を何人か紹介しますので、勉強して来て下さい」
と伝えた。
その後、
「衝撃を受けないで下さいね」
と意味深な言葉を付け加えている。
話は通っていたようで、演歌の指導者の元を訪れた優子は、すんなり中に通された。
「なんで武藤さんがここにいるの?」
「それ、こっちの台詞。
まあ、理由は何となく分かるけど」
「もしかして同じ理由?」
「半分はね……」
フロイライン!のメンバーで、優子の同級生にして世間的には「ライバル」の武藤愛照もそこに居て、他の練習生の様子を眺めていた。
愛照の歌い方は、しゃくりやフェイクは良いのだが、がなりやこぶしは利いていない。
基本的に「昭和アイドル」的なかわいい歌い方を目指しているので、かわいくない歌い方は下手なのだ。
しかし、フロイライン!はアダー女以上に体育会系というか、パワフルな芸風である。
そういう歌い方もあり、弱点を克服すべく愛照もコーチを探した結果、この指導者を紹介されたという事である。
世間は結構狭い。
まあ、戸方Pとフロイライン!の先代プロデューサーが知り合いで、音楽の方向性は違っても人脈的には近かったから、こうなったのは偶然ではないだろう。
2人は別々にレッスンを受ける。
「天出さん、君、巻き舌上手いね。
どこかで練習したの?」
「あ、前世で結構」
「ハハハ、『音楽の天才』は言う事が違うね」
巻き舌はドイツ語でもイタリア語でも使われている。
転生してから話せるようになった日本語と違い、ドイツ語やイタリア語は前世の記憶から継承されたものだ。
オペラ歌唱でも使う巻き舌に関しては、全く問題なかった。
こぶしは、ビブラートの応用でなんとかなる。
ただ、一定のリズムで規則的に声を細かく揺らすビブラートという手法と違い、不規則で感情を強調する為に強弱を際立たせる「こぶしを利かせる」は、ヨーロッパ人の転生した少女にとっては新しい表現方法である。
アイドル曲のこぶしと違い、本家本元の演歌のこぶしの方が、その意図がハッキリしていて勉強になった。
仮声帯発声は、「完璧な歌」からしたらかなりの異端だ。
こういう声帯を痛めるような歌い方は、ヨーロッパの声楽にはなかったものだ。
これで強い感情を表現する。
やはりアイドル曲よりも、「心で歌う」と言う演歌の方が意図が分かりやすかった。
(こういう歌い方をしたい場面があるなら、バックグラウンドの音はどうするべきか……)
天出優子は「勉強が出来ない、頭が悪い」と自嘲しているが、こと音楽に関しては全く違う。
理論をしっかり頭に詰め込んでいる。
だから、演歌の歌唱法も理論が分かれば、応用はすぐに出来るようになるだろう。
本人は理論と意識せずに、理解した事を形にしているから「自分は計算して音楽を作っている」という意識自体が無いのだが。
歌唱法を学んだ。
愛照はこの歌唱法をマスターする必要があるからまだ通うが、優子はどういうものかさえ理解出来れば良かったから、もう来る事も無いだろう。
そんな演歌の師匠の教室であるが、そこでアイドル現場では見かけない光景を目撃する。
生徒やアイドルに対しては温和だった先生。
しかし、ある場面では一変した。
「先生、曲を書いたので見て下さい」
お弟子さんだろう人が、紙に書いた何かを持って来た。
サングラス越しだが、先生の目つきが鋭いものに変わっているのが分かる。
「バカヤロー!
こんなありきたりな言葉並べて、てめえは何を歌にしてんだ!
出来ねえんだったら、諦めて別な仕事探せ!」
受け取った紙をくしゃくしゃに丸め、お弟子さんに叩きつけていた。
「どこが悪いか、教えてくださ……」
言い終わる前にまた丸めた紙での一撃を喰らう。
「言っただろうが、ありきたりなんだよ、ありきたり!
ちっとも心に届かねえ。
てめえは前から全く変わってねえ!
言葉を作る素質ねえんだよ!
それを分かった上で、ちっとはやり方考えやがれ!」
癇癪をぶつけ終わると、コロっと表情が変わり
「お見苦しいところをお目にかけましたね。
さあ、続きをしましょうか」
と愛照に向き直った。
なお、愛照は
「これくらいの事でくじけるなら、その人のやる気がその程度のものなんだ」
と平然としているし、優子は
「前世の徒弟制度とかはこんなものだったし、むしろ懐かしい光景」
とパワハラとすら思っていない。
未練がましく残っている弟子に
「このお嬢ちゃんの方が、てめえより面白い歌詞書くんだよ。
てめえより指導していて面白えんだ」
と怒鳴りつけていた。
「え?
武藤さん、ここで作詞指導受けていたの?」
優子は、愛照も最近は作詞をしていて、フロイライン!研究生曲に採用された事を知っている。
しかしそれは愛照自身が手直しして作ったものだと思っていた。
「天出さん、このお嬢ちゃんの歌詞はね、面白いんだけどギャル語?っていうか、言い回しが若い子向き過ぎるから、ちゃんとした言葉にするよう指導してくれって言われててね」
愛照の初期原稿だと「ちゃらくてダリい」とか「マジ、パねえ」とかそんな言葉が多い。
そのまま使っても良いが、作詞を学ぶなら一回きちんとした日本語で作ろう、という事で勉強させられていた。
「すみません、では私の歌詞はどうでしょうか?
私も作詞を勉強したいのですが、今は作曲の方が楽しくて後回しにしてます。
でも、私の歌詞自体は先生から見てどうですか?」
そう言って優子は、自身のスマホで、自作の歌詞を見せた。
「我往かん、永遠の悦楽を棄て、汝と共に苦難の旅路を……」
こんな感じの文字の羅列を見て、詩的には出来が良い事を認めつつ、指導者はこう思った。
「この2人、足して2で割れば丁度良いんじゃねえか?」
おまけ:
別に心で歌いとか、R&Bとかあるよってネタ書こうとしましたが
「この辺の近い時代の、ファンが熱い分野で中途半端に語ると、良くないものを召喚するぞ」
と天の声が聞こえたので、やめときます。
実際、古典的な声楽にないだけで、ホイッスルボイスとかハスキーボイスやウィスパーでの歌とか、演歌じゃなくても色んな手法ありますよね。




