灰戸洋子卒業コンサート
灰戸洋子の卒業コンサートは、本人の強い希望で日本武道館で行われる。
彼女の人気や知名度を考えれば、もっと大きな会場も使えただろう。
しかし、
「私にとっては、日本武道館がステータスなの!
今回は私の我がままが認められるんだし。
絶対『ライブハウス武道館へようこそ!!』って叫んでやるんだ」
と目をキラキラさせながら語っていたし、プロデューサー含めて何も言わない事にした。
日本武道館は1万人近く入る会場ではあるが、ドームやアリーナに比べれば半分以下の座席数である。
当然、チケット入手は難しくなっていた。
ではあるが、
「チケットありがとうございます。
と、フロイライン!一同の分、礼を言っておいてもらえる」
と、学校で武藤愛照に言われ、天出優子は驚いた。
「えーっと、フロイライン!一同って?」
「ああ、比留田茉凛も直接お礼言うとは言ってたけど、私にも同級生経由で挨拶しといてって言われたの。
流石に研究生分は無かったけど、正規メンバーの分は全員、関係者席が用意されてた」
抽選で入れないファンには残念な話だが、関係者席は別枠だからファンは入れないし、本人の希望でこういう使われ方しても文句は言えないだろう。
「天出さん……ちょっとお願いが……」
「悪ぃ、ちんちくりん、俺の分もチケット欲しいんだが……」
堀井真樹夫と、伝統芸能のドラ息子も、妙に腰を低くしてチケットをねだって来た。
有名人の権力みたいなのが、灰戸洋子には通じないようで、関係者席は彼女が招待したい人用で全てキープされたようだ。
「……あんたらは、灰戸さんを観たいんじゃなくて、天出さんのパフォーマンスを観たいだけでしょ?」
愛照が呆れながら言うと、男子は二人して
「それの何が悪い?」
「前の馬場さんの卒業コンサートの歌、あれを聞いてしまったら、また観たいと思っても仕方ないじゃないか!」
と変な感じでリピーター化していた。
更に他のクラスメイトや、芸能クラスの下級生、更には高等部の先輩までもが
「チケット無いですか?」
と、藁にも縋る思いでクラスを尋ねて来て、優子は流石に閉口した。
結局、
「立ち席、機材置き場を空ける事で出来るスペースが解放されて、その席の再募集が掛かるんだけど、スタッフさんがそこで良いなら優先してあげるって言ってた。
ファンクラブ入ってないから、正規料金にはなるよ」
と返したのだが
「いや、ファンクラブ入ってるけど」
「俺様がファンクラブに入るなんて、滅多に無いからな、誇りに思え」
と会員証を見せられ、優子は思わず溜息を吐いていた。
コンサート当日。
「やっほー、師匠、来ちゃった!」
「スケル女のライブ、勉強させてもらいます!」
アルペッ女のほぼ全員が楽屋にやって来て挨拶をした。
別の用事で遅れて来る者と、どうしても体調が悪くて来られない者を除き、正規メンバーが揃っている。
壮観なのだが、いつもの変人衣装ではなく、普通に綺麗な服装だから調子が狂う。
まあ、優子は全国ツアーで、他所行き衣装のメンバーにも慣れたから、軽い違和感程度で済んでいたが。
「今回はお呼びいただき、ありがとうございます」
体育会系な挨拶は、大阪の姉妹グループ・アダー女のリーダー、垂水悠宇のものだ。
その横には、連行された犯人のように手錠と腰縄をされた藤浪晋波が居た。
優子ならずとも、奇異に感じるが、何も言えずにいると
「今日はこの子の暴投(誤字に非ず)に付き合っている時間がもったいないので、このような見苦しい姿としました。
ご迷惑をお掛けします」
と、放浪防止用の緊急処置であると告げる。
更に
「灰戸さん、卒業おめでとうございます」
と言って、フロイライン!メンバーも楽屋を訪ねて来た。
ギスギスした空気で有名なこのグループだが、流石に他人のコンサートでは空気を読む。
礼節を守って、静かに佇んでいた。
その中から、武藤愛照がリーダーに耳打ちしてから列を離れ、優子の傍に来た。
「天出さん、ちょっと離れた場所で話す時間ありますかぁ?」
こちらも他所行きモードで話しかけて来る。
アイドルの時の武藤愛照は、照地美春や陸奥清華と同じ、ぶりっ子、あざと可愛い、昭和のアイドル風なのだ。
その仮面を外しても大丈夫な、資材とかの影に移動すると
「クラスの連中、来てたよ」
と教えて来た。
「一応、目当ては天出優子じゃなくて、灰戸さんだからねと釘は刺しておいた」
「ありがとうね。
今日の主役は灰戸さんだし、私目当てで騒ぐのはやめて欲しかったから。
まあ、こんな会場だとそんな声はかき消されるだろうけど」
「理事長と校長と担任も来てたよ」
「え?」
「ここ来る途中すれ違った。
関係者以外立ち入り禁止の場所にいるから、何だろうって思ったら、貴女のとこのプロデューサーと立ち話をしていた。
二人は知り合いみたいで、そっち経由でチケット入手したみたい。
そういうコネがあるなら、クラスメイトはともかく、他の方はそっちを使って欲しかったよね」
「まあねえ……」
「あと、客席には結構見知った顔のアイドルが来てた。
貴女は他所のグループには興味が無いんだろうけど……」
「失礼な。
興味が無いんじゃないよ。
顔と名前を覚えられないだけで」
「まあ、貴女はそういう人だよね。
だから、私が覚えていたから、そういう事だと伝えたかった。
じゃあ、コンサート楽しみにしてるから」
そう言って、メンバーの元に戻っていった。
コンサート開演。
「アイドル」というものが大好きな灰戸洋子らしい、可愛らしいステージ。
口が悪い人は「三十過ぎてるんだから、年齢考えろ」とか言うだろうが、そういう手合いには
「うっせー、バーカ」
と灰戸洋子は返すだろう。
とにかく、「ザ☆アイドル!」なコンサートが繰り広げられる。
音楽的には見るべきものは無いコンサートだったかもしれない。
しかし、アイドルのコンサートとしては満点だ。
華やか、煌びやか、可愛い、わちゃわちゃしている、ほんわかしている、そして何より楽しい。
スケル女のスキルアップしたものが、ハッキリと目に見えはしない。
このセットリストなら、一部の最近の曲を除けば、同じようにパフォーマンスするくらい、大学のアイドルサークルや地下アイドルも出来るだろう。
しかし、スキルアップは余裕という形で現れている。
スタミナ切れしない、多少遊んでもリズムが崩れない、客席に愛想を振り撒いてもダンスが乱れない、その自信が表情にも仕草にも現れる。
簡単に言えば、7女神という人気と技術とで認められた存在、その領域に出演した全員が達している。
当然、7女神の辺出ルナ、暮子莉緒、品地レオナ、帯広修子、照地美春はそれ以上になっていた。
優子の同級生の若手ピアニストは思った。
難しい曲はテクニックで誤魔化せる。
緩やかで一見簡単な曲こそ、奏者の表現力や感情の込め方が分かるのだ。
同じく同級生で、普段はドラ息子だが、継承したい伝統芸能に関してだけは真剣な男子も感じた。
弛まぬ練習をした者だけが、独自の解釈を許される。
守・破・離なんて言うが、「破」は「守」をしっかりした者しかやっちゃいけない。
伝統通り出来ない者が「破天荒」を気取っても、形にならない無残なものにしかならない。
彼ら2人は、一見ただのアイドルコンサートが、完成した者たちの余裕がもたらす雰囲気に満ちていると悟った。
それは関係者席で観ている「スキルお化け」ことフロイライン!の面々もであった。
スケル女、更に言えば今日の公演を自己プロデュースした灰戸洋子の目指すアイドルグループと、フロイライン!の目指す先は異なる。
それでも、完成されたスキルと、メンバーの余裕が作り出すコンサートは心地よい。
彼女たちやそのファンは「ビシビシ震えるようなスキルの暴力」「絶えず進化し続ける凄さ」を求めていたが、灰戸の世界もこれはこれで良い。
排他的とか言われるフロイライン!とファン「戦闘員」たちだが、それは低レベルな相手に対してであり、ここまで完成されたパフォーマンスには、方向性を乗り越えて賞賛の拍手を惜しまない。
フロイライン!以上に、姉妹グループのアダー女、アルペッ女メンバーには響いている。
完成されたアイドルコンサートとは、こんなに良いものなのか、と。
卒業コンサートもラスト。
灰戸洋子が挨拶する。
湿っぽさを振り払うように明るく
「スケル女は卒業するけど、私はアイドルやめないからさ、だから泣いてる人は泣き止んでよ!」
等と言った。
「今日は良かったよね?
自分ではすっごく良かったと思うから、否定はさせない。
だから、次のコンサートのスケル女は、今日より落ちるかもしれない。
私が抜けるんだから、同じものにはならないでしょ?
でも私はそれで良いと思う。
万物流転、守・破・離、テーゼ・アンチテーゼ・アウフヘーベン、色んな言い方あるけど、完成したといって安住せず、次を目指す為に一回壊れたり、否定するのはアリだと思う。
だから、次の進化を信じて、私の可愛い後輩たちをこれからも応援し続けて下さい」
そう言って頭を下げた。
万雷の拍手の後、また明るい言葉で笑いを取る。
「あ、後輩ちゃんだけじゃダメだった。
私も応援してよね!
見捨てないでね!
私、皆の応援が無いと生きていけないからね!」
卒業コンサートながら、明るさと笑いと感動の中で終了した。
楽屋に戻ると、メンバー皆が灰戸を出迎える。
灰戸は一人一人と握手したり、ハグをしながら言葉を交わしていった。
優子の番である。
灰戸は優子をハグ……というより抱きつきに近い形で耳元で囁いた。
「優子の才能は凄い。
よくスケル女を選んでくれたって感謝してる。
その上でお願いね。
貴女はいずれ、ただの歌手じゃ収まらなくなる。
でも、私の年齢までとは言わない、大学卒業する年の22歳くらいまでは、スケル女を引っ張っていって欲しいの。
その方が優子にとっても良い、と何となく思う。
100パーその通りにしなくて良いから、気に留めておいて欲しい」
優子は黙って頷いた。
その目からは、涙が溢れ落ちていた。
灰戸の言葉は、優子のこれからの指針になるのだが、今はただ別れを惜しむだけであった。
おまけ:
灰戸洋子、名前の元ネタはフランツ・ヨーゼフ・ハイドンです。
モーツァルトとは先輩ではあるが同時代人で、互いを深く尊敬し合う友人だったので、関係が深い描写にしました。
顔が前世の奥さん・コンスタンツェに似ている設定は、誰かに使いたかったのに適当な人がいなかったので、この人にしました。
コンスタンツェさんの事は嫌いじゃないですが、どうも知った顔に見られると気後れするというか。
自由奔放にやっている姿を、家族に見られたら、なんかテンション下がるというか、そんな感じの感情です。
キャラ的なモデルは、具体的に存在してますが、その人からの使用許可は貰ってないので、実名は出さないでおきます。
元は2人の性格を混ぜてましたが、段々ほぼあの方の性格になってしまって……。
いつか本人に話して、許して貰えれば良いなあ。




