受け継がれる意志
アルペッ女の全国ツアーは中休みに入る。
全国47都道府県を回る強行日程を終えると、流石の変人たちも疲れ果てていた。
酷い時は、昼公演後に移動し、夜公演は他県でライブ。
5月の連休、夏休みは毎日のように移動とライブ。
人数が多いから、メンバーを二分して同じ日に複数県での開催もあった。
相当な疲れなのだが、意図して狂っている節があるアルペッ女メンバーは、移動中も元気だった。
そして4月から始まった全国ツアーは、8月末までに47都道府県を全部制覇した。
兼任メンバーである天出優子のスケジュールの兼ね合いでこんな凄まじい日程となった。
そして、代償が来る。
カラ元気で張り切っていたメンバーたちも、一旦区切りを迎えると緊張の糸が切れ、季節外れの風邪をひいたり、日々マッサージや鍼に通う様子をSNSに投稿するようになる。
アルペッ女には休養が必要だ。
初の全国47都道府県ツアーにテンションMAXだったから、運営が無理矢理にでも休ませないと、暴走機関車状態になり破滅するだろう。
これから10月半ばからの再開まで、充電期間にあてられる。
タイトなスケジュールにされた原因である天出優子だが、彼女には休養期間は無い。
このアルペッ女全国ツアー中断期間中に、スケル女最年長メンバーである灰戸洋子の卒業コンサートが開かれるのだ。
「伝説のライブ」により、人気爆上がりした優子は、こういったコンサートでは重要パートを任される。
だが、同僚・後輩たちも成長しているし、優子はアルペッ女の緩いダンスに慣れていたから、きちんとスケル女のダンスに戻さないと、立ち位置は奪われるだろう。
いつにない優子の熱の籠ったレッスン。
優子は義務教育期間中だから、たまにならコンサートの為の早引けや欠席も許されるが、レッスン等を理由に常時平日も休むのは問題視される。
私立の高校生なら、出席日数さえなんとかなるなら、仕事優先も許されるが、中学生にはまだ早い。
そんな訳で、土日の限られた時間内でスケル女仕様にメンタルと身体のリズムを切り替える必要があった。
天才とあちこちから言われる優子の努力。
それに同僚や後輩たちも気づく。
自分たちもレベルが上がって、定期公演等で前列を任されるようになった。
そうなるまでの努力の過程を経て、やっと「天才」の努力している姿が見えて来た。
レッスン場で、技術的な話から始まるのは、基礎的な事を来るまでに終えているからだ。
微妙な歌い分けの違いは、感性だけで出来ない事は無いが、一度慣れてしまうと元に戻せなくなる時もある。
兼任なんてして、似て非なるというか、癒す音楽と癒される音楽の微妙過ぎる差というか、その言葉にしづらい差が個性の違いになっている他所のグループに合わせていたのを、僅かな時間で元に戻そうとしている。
同期や後輩たちも
「私も負けてられない」
と無意識に刺激を受け、レッスンに熱が入るようになった。
「セットリスト決まったから、今日からそれに合わせたレッスンしますよー」
スケル女の卒業コンサートでは、卒業するメンバーが自らセットリストを決める習慣がある。
八橋けいこの時はバラードが多めで歌詞を会場に届けたがった、馬場陽羽の時はユニット中心で個々の歌唱力を確認しようとした、というように楽曲以上に、全体の構成がそのメンバーの意志を現すものとなっていた。
灰戸洋子のセットリストを見て、メンバーは
「同期との合唱が多い」
「ファンからカップリングとか言われるペアの曲がある」
「激しい曲は全体で、穏やかな曲はユニットだったり、灰戸さんと歌ったりになっている」
「メドレー形式かな?
曲数がやたら多いし、何度も出番がある」
それぞれがそう感じていた。
「ちょっといいかな。
私の考えについて説明したい」
灰戸が前に立って、自身の意図を話し出した。
「私は、ライバルのフロイライン!のファンです。
かなり熱いファンです。
付き合わされてウンザリしている子もいると思います」
優子が横目で見ると、全員が苦笑いしている。
(私以外も平等にコンサートに付き合わされたんだな)
そう思うと、優子も苦笑いした。
灰戸も、既に卒業した馬場も、基本平等であり、皆に怒るし、皆に良い思いもさせる。
全員が平等に、灰戸の推し活に引っ張り回されたのだろう。
灰戸が言葉を続ける。
「知っての通り、あそこのグループはスキルが高い。
最近はうちらも大分スキルが上がったけど、あそこは昔からだった。
私は、あそこを目指して歌っていた」
確かに灰戸は生歌主義者だし、厳しいレッスンもウェルカムと言っている。
一拍置いて、更に話し出す。
「一方であそこのグループは、皆が同じ方向を見ている事もあって、お互いに厳しいし、ライバル関係でバチバチしている。
アイドル界の『デ〇ザー軍団』とか『■ックス海賊団』とか色々言われてる。
あー、若い子はやっぱり後の方の例えで理解出来るんだね。
知らないよね、『デル〇゛ー軍団』なんて」
そう言いながら、チラっと暮子莉緒を見た為、
「灰戸さん、私の方を見ないで下さい」
と反応され、軽い笑いが起こってちょっと場の空気が和んだ。
「でね、私はフロイライン!好きだけど、あれは真似しない方が良いと思うんだ。
というか、絶対真似しないで。
スケル女にはうちらの色がある。
歌が好き、ダンスが好きなのは同じでも、皆が皆同じ意識でなくて良いと思うんだ。
それぞれの目指す道があり、皆がお互いを尊重する。
フロイライン!が『ロッ●ス海賊団』なら、スケル女は『麦〇ら海賊団』というか」
「……灰戸さん、いちいちワン●゜ースで例えなくても通じますので」
「そう?
私、若い子に伝わるよう、必死に考えたんだけどね。
でも、今のツッコミって凄く良いよ。
私たちは、ギスギスもしてないし、上下関係に厳しく後輩が先輩に文句を言えないなんて事もない。
仲良くやっているし、一方で言いたい事も言い合える。
フラットな関係。
これだから私は、ここを辞めて、フロイライン!を受け直すとか思わなかった。
まあ、向こうが採ってくれるかどうかは別だけど」
メンバーたちが笑う。
先輩のお言葉の最中だが、空気は極めて温かい感じだ。
「私の卒業コンサートでは、そういう空気でいきたいのよ。
陽羽ちゃんの卒業コンサートで、特に若い子が何を目指しているかは、よく分かる。
ね、優子」
「私に振らないで下さいよ」
「あっははは、一番のきっかけが迷惑そうにしてるわ。
戸方さんに聞いたんだけど、オーディションで天出優子を見い出し、欠片が揃ったって言ってた。
スケル女らの楽曲が難しくなって来たのは、正直優子のせい。
でも、優子は悪くない。
他に同じような子を見つけたら、戸方さんは同じようにしていたから。
そして、戸方さんにも予想外だったけど、この子の影響力は才能に留まらなかった。
皆が刺激を受けて、レベルアップをしている。
それはスケル女らに限った事じゃない。
なんとなく、アイドル界全体のムーブメントになっているね」
しばし息を整える。
「さっきも言ってけど、スキルを上げる、ライバル心を持つ、それは良いけど、スケル女の良さは決して無くさないで。
仲良しこよし、それの何が悪いの?
私たちは楽しく音楽をしたい。
関係が悪かったら、楽しめないじゃない。
ファンだけじゃなく、私たちも楽しくなかったら音楽じゃない」
これは天出優子も転生後に常に思っていた音楽観であった。
大衆音楽は楽しく、皆に愛されるものでありたい。
それには演者も楽しむべきだ、と。
「私の卒業コンサートのセットリストに込められた思いはこれ。
私たちのファンの皆さんは、ギスギスしたスケル女を望んでいない。
それにも応えましょう。
意識は高く、されど他人には寛容で。
ライバルだし、高め合う仲間だけど、一方で仲良く。
これなら、スキルを高める方針に切り替わっても、スケル女はスケル女らしくいられる。
変わっていく部分もあれば、変わらない方が良い部分もある。
私たち『らしさ』は変えないでいこうよ。
卒業を前に、私はそれを伝えたかったし、形にしたかった」
和んでいた会場だったが、一転してシーンと鎮まった。
涙をすする音も聞こえる。
優子は
(最近、私たちは頑張ってレッスンしている。
私は単に音感をスケル女風に戻しているだけだが、皆は割と鬼気迫る感じの時がある。
それはそれで良いけど、行き過ぎるなよって言いたいんだ。
競争やライバル心が強くなり過ぎると、周りが見えなくなり、攻撃的になる。
フロイライン!でなくても、私だって前世でそういうのは見て来た。
不本意ながら宮廷音楽家の身分を失い、大衆の為の音楽を書くようになってから、私も大分心穏やかに、楽しくなったものだ。
我が妻の面影が見える女性よ、貴女は私に常に色々と気づかせてくれるし、教えてくれる。
迷惑を掛けた前世の事を思い出し、少し気後れする所があったが、こんなに有難い女性は他にいないよ)
そう感慨に耽っていた。
「大丈夫ですよ、灰戸さんの思いは伝わってますし、受け継いでいきたいと思ってます。
灰戸さんの意志だからじゃなく、私たちの思いとしても」
現リーダー辺出ルナがそう言うと
「ありがとうね」
と灰戸も返した。
「で、ですね、灰戸さん。
ちょっと意志を曲解している子がいるんですけど」
「そうだね。
なんか、ひっつく大義名分を与えてしまったというか……」
その視線の先に天出優子……いや、彼女に抱き着き
「灰戸さんもああ言ってるし、仲良くしようね」
と言う照地美春と
「灰戸さんは同期同士の競い合いは良いし、一方で仲間としてもやっていこうって言ってます。
だから、対象は私です!」
と優子を奪おうとする富良野莉久がいた。
他のメンバーは生温かい溜息を吐くのであった。
(溜息で済まさず、助けて下さい!)
優子の心の声に応える者はいない。
おまけ:
全国ツアーの日程、かなり過密にしてしまいました。
同じ事やったグループがいて、その時はかなりメンタルやられていました。
なんか、ファンが待っている中、抜け出して、窓から見える遊園地のジェットコースターに乗りたくなってスタッフに泣きながら嘆願したり……。
作中のアルペッ女ですが、1グループでは全国47都道府県を半年にならない間に回るなんて不可能なので、分割したり、1日で移動したり(関東・関西・中部なら交通の便的に可能)としました。




