日本は古い
オーストリアの首都ウィーン、その起源は古代ローマ時代まで遡る。
古代ローマのヴィンドボナが、ハプスブルク家の都ウィーンとして歴史を始めたのは1278年頃からだ。
モーツァルトに関わりがある都市は、他にザルツブルクがある。
ザルツブルクもまた歴史は古く、紀元前には既に岩塩の採掘が始まっていた。
モーツァルトのかつての主君であったザルツブルク大司教の支配地としての歴史は、696年に「ザルツプルヒ」と呼ばれていたこの地に司教区が作られて始まる。
このように歴史がある都市と縁が深かったモーツァルトが転生した、現在はスケル女とアルペッ女兼任である天出優子は、次の全国ツアー訪問地である京都について調べていた。
京都の都市としての歴史は、794年の平安京遷都から始まるだろう。
それから千年以上、京都は天皇の居る地として日本の代表都市であり続けた。
古代から中世にかけて、日本には「首都」というものが概念として無かったので、政治の中心地は色々変わっていたが、後世の定義に当てはめるなら、国家元首の居住地が在った「首都」として千年続いた都市である。
ゆえに、ここには古き日本の文化が大量に残っている。
和服、和食、和菓子、和歌、和室、和紙、和楽器等、和とつくものは京都と縁がある。
優子は「京都風」アレンジにこうしたものを取り入れようと考えていた。
「それは違うよ」
優子を止めたのは、スケル女OGの八橋けいこである。
彼女とは、この全国ツアーで披露しているアルバム作成で、作詞作曲でタッグを組んだ中だ。
京都ならではのアレンジをしたい為、京都出身の彼女に質問して良い音楽を求めたのだが、そもそもそれは間違っているという答えである。
「京都の者は、別に和風とか意識して生活してないよ。
あれは田舎の人が見て楽しみもの。
観光用に過ぎない。
私たちは歴史ある町で産まれたのを誇りには思ってるけど、生きているのは現代だからね」
八橋は優子に、京都に前乗りするよう言った。
優子は「隙あらば夜行バスを使ったり、予定外の行動をする東京在住組の監視役」でもあるので、その2人も強引に連れて、金曜の放課後に京都に向かう。
「言ってたように、何も食べんで来たよね?」
「はい」
冷静な優子に対し、普段とは逆で優子に連行されて来た2人は
「何も食べさせないとか、拷問です……」
「お弁当すら買ってくれないんですよ」
と半ベソな表情だった。
「分かった分かった。
食事おごってあげるから、付き合ってや」
八橋がそう言うと、長門理加、筑摩紗耶は大喜びする。
だが
「ラーメンですか?」
「なんで京都に来てまでラーメン……」
と、店を見てしょんぼりする。
「京都ってものを理解して貰う為よ。
食費は私が出すんだから、我慢してね」
と大先輩に言われたら、変人2人とて何も言えない。
まあ、今は変人を表に出していなく、外行きのまともな振る舞いをしていたが。
一食を食べ終わる。
「八橋さん、ご馳走様でした」
「でも、まだ足りない」
そう言う2人と、体が小さく、ちょっと満腹気味な優子。
八橋はニヤリと笑うと
「このラーメンはね、田舎の人が思う『京都風』の味なのよ。
じゃあ、これから本物の京都のラーメンをご馳走するわ!」
「2軒目!」
「やっほい!
腹ごなしも終わって、これからが本番ってとこですよ!」
そういう2人も伴って別のラーメン屋に入る。
「おおー、こってりラーメン」
「凄い、濃厚でスープがとろっとろ!」
実は長門・筑摩の2人は、チェーン店でもあるこの店は知っていたが、とりあえず食いごたえがある店だから喜んでいた。
しかし優子には衝撃的であった。
天出家はそんなに上品ぶった家でもないし、食べる物を選ぶようなグルメな家族でもない。
しかし、ラーメン屋に頻繁に行くような家でもない。
大体が家で食事をするし、たまにする外食でも普通の町中華や、醬油ベースのラーメンとかにしていた。
ガッツリ濃い味の濃厚ラーメン系は、好みとして行っていない。
当然、大盛りで有名な独自ルール店とか、激辛で有名な店、背脂チャッチャ系も避けている。
だから、先の「京都風」は「こんなものか」という感じで食べていたが、実際の「京都ラーメン」には衝撃を受けたのだ。
恐る恐る食べてみる。
ああ、これはこれでアリだ。
天出優子の前世で、ウィーンという帝国首都で生活していた。
同じ帝都でも、ウィーンと京都では文化が違う。
宮廷料理でも、ウィーンの方は「最高の食材をふんだんに使い、旨味を最大限に引き出す」から味の濃い料理が多かった。
一方の京都は「素材そのものの味を活かすから、調味料による味付けは控えめ」であり、優子が最初京都について調べた時は、こちらのイメージだった。
宮廷と庶民の料理は違う。
ウィーンでは、仔牛の肺や心臓などの内臓をクリームなどで煮込んだ「ボイシェル」のような濃厚な味であるのは共通している。
しかし今味わった京都の味は……。
余りにもイメージと違い過ぎる。
宮廷と庶民の味は違うと言っても、文化自体が違うような……。
その後もラーメン三昧。
東京一人暮らし組は、これ幸いと食べまくっていたが、優子の小さい体ではもう満腹。
八橋も、一口すすって、後は欠食女子に譲れば良いと言っていた。
そして
「分かった?
世間の思う京都と、そこで暮らす人の京都は別物なのよ。
京風ってのを私たちは受け容れているけど、それで京都を知った気になられたら、田舎者が何言ってるんだって鼻で笑っちゃうよ。
いや、そんな下品な事はしないな。
『よお、お勉強されはったんやなあ』って言うね。
ちなみに意味は『知ったかぶりの田舎者』って感じかな」
実は、なんとなくウィーンにもそういう部分がある。
宮廷において、適当な事を言っても貴族たちはムキになって反論はしない。
影で「何も知らない無学者」と嘲り笑うのだ。
優子は、段々呑み込めて来た。
京都の文化は今も多様に変わり続けている。
生きている都市だからだ。
しかし、その「旧帝都」気質は
「自分たちの事を知ったかぶりして、自慢げに話す者を影でとことん軽蔑する」
というもので、それは前世でも覚えがあるものだ。
「京都風アレンジ、私が考えたのを使ったら、アルペッ女が恥をかくところでした」
優子は素直に八橋に礼を言う。
確かに和楽器を使い、和風の音を使ったアレンジは京都っぽく感じられる。
しかし、肝心の京都の観客からしたら
「そんな音楽聞いちゃいないよ」
と鼻で笑うものであっただろう。
優子は速攻で戸方総合プロデューサーに連絡を入れる。
提出していた和風の京都アレンジは、使わないようにしたい、と。
戸方は笑って返した。
「八橋君に頼んでおいて良かったよ。
実際の京都ってのが分かったよね。
僕の方では、最初からこれは使わないものとして、広島のスタッフとは連携していないよ。
だから、あの曲はまた別な機会に使うとしても、今回は無しね」
彼はどうやら最初から分かっていたようだ。
ただ、頭ごなしに「ボツ」とはせず、優子に分かって貰うよう、八橋を通じて京都を見せたのだ。
(久々に自分の未熟さを思い知った。
私の知らない世界がまだまだある。
こんな楽しい事は無い)
そうは思ったが、だからと言ってファンが楽しみにしている「ここでしか見られないもの」がこれでは無くなってしまう。
戸方との電話を終えた優子に、八橋が笑って言った。
「ここはお姉さんに任せなさい!」
そしてこの日は、戸方プロデュースという名目ながら、実際には八橋けいこプロデュースでライブが開催される。
アンコール明けの衣装が、京都ならではの和装だったのだ。
「知ったかぶりした京都を語ると、京都の人は鼻で笑う。
けど、京都を尊重したものなら、田舎者のする事でも温かく見守る。
京都は『着倒れ』の街。
和装にとどまらず、現代の意匠も取り入れた『今風の京都の着倒れ』。
これをアンコール明けにさりげなくするくらいで良いのよ。
しつこ過ぎると、馬鹿にされるからね」
八橋の言葉に、また一つ新しい事を知れて天出優子は嬉しく思うのであった。
おまけ:
和風アレンジの曲は、翌日の奈良公演で使用されたのであった。
なお、奈良風の雅楽を取り入れたものも使われ、とりあえずお蔵入りはさせずに有効活用させたのは、プロデューサーの手腕と言えよう。




