(番外)武藤愛照の更なるレベルアップ
「天出さん、ちょっと良いかしら?」
天出優子の同級生・武藤愛照は、改まった感じで声をかけて来た。
「貴女にどうしても聞きたい事がある」
そして彼女は今置かれている事情を説明し始める。
スケル女のライバルグループ「フロイライン!」、老舗のこのグループはスキルの高さが売りだ。
しかし、最近そのアイデンティティが脅かされつつある。
原因は天出優子。
「四次元パフォーマンス」なんて言われる、残像や時間の加減速・逆回しを表現したダンス曲。
アイドルのデュオの最高峰と呼ばれた、馬場陽羽卒業コンサートでの歌。
これらを目にしたフロイライン!の面々は、心を折られはしなかった。
ただただ、凄い刺激を受けて、負けん気に火が点いてしまった。
「自分たちも負けられない。
スキルにおいて、日本に並び立つものは無い、その思いが慢心となっていた。
私たちは、まずはあのレベルに辿り着き、追い越して、新しい自分たちなりのアイドル像を示そう」
そう決意し、メンバーのスキルアップを至上命題とした。
フロイライン!は不仲で有名なグループでもある。
メンバー間がギスギスしている。
それは、個の力を高め、その個が集まってグループとしての実力を発揮するという信念に基づくものである。
故に、メンバー同士でつるんで、合同練習とかと称し、仲良しごっこなレッスンなんかしない。
グループとして教師は用意する、レッスン場も用意する、どこかに行きたいのならフォローもする。
しかし、レベルアップするのはあくまでも個人である。
そんな覚悟でアイドルをしているのだが、これは弊害も生んでいた。
昨年正規メンバー入りしたばかりで、まだ中学生に過ぎない武藤愛照にしたら、どういう鍛え方をしたら良いのか分からないのだ。
武藤愛照は甘ったれた女子ではない。
経営問題で消滅したアイドルグループから、ただ一人生き残って、「蜘蛛の糸よりも頼りない」と言われたフロイライン!研究生途中編入ルートをよじ登って来た女性だ。
外様に冷たい研究生たちや、自助努力をしない者を見捨てる正規メンバーたちの中にあって、昔からのキャラであるぶりっ子、あざと女子を貫いたまま今日に至る。
こんな根性の塊のような女性にして、パフォーマンスのスキルアップについては途方に暮れていた。
身体が十分に出来上がっていない中学生ではあるが、ガッツは負けない。
「普通の女子アイドルはそんな事しない」
と呆れられるレッスンでも、ヒイヒイ言いながら着いていける。
明らかに特殊能力開発のようなものもクリアし、数秒後の未来が読めるようにもなった。
だから、パフォーマンスのスキルアップが上手く出来ないのは、根性とかやる気とかとは違う理由があった。
「パフォーマンスのスキルアップって、そもそも何?」
その根本的な方針が見えて来なかったのだ。
確かに、ライブで見せた天出優子のパフォーマンスは素晴らしかった。
今の愛照では足元に追いついてもいない。
しかし、じゃあ足元に追いついたら、それがゴールなのか?
それは単なる猿真似だ。
小学校の頃から優子を見ていた愛照にしたら、現在の優子に追いつく事に、何の意味も見出せない。
何故ならそれは、優子がその時点で必要な姿に落とし込んだものでしかなく、本来の天出優子という全体像はもっと凄いものだ。
アイドルを好き好んで演じているが、この女の本性は作曲家であり、シナリオライターであり、指揮者であり、演出家でもある事だ。
「音楽の天才」なんて世間は言っているが、それを真に理解しているのは自分だという自負もある。
だから、確かに「伝説のコンサート」の優子は凄かったが、あれを目標にしたのでは「天出優子のライバル」としては残念な限りだ。
その奥にあるモノまで見越して、追いかけねばなるまい。
だが、天出優子の真の才能は余りにも巨大だ。
だから愛照は、どうしたら良いのか途方に暮れている。
ただ身体の強化や、精神力を鍛える、世界のパフォーマンスを身に着ける事で、一歩一歩進む事も考えたが、どうもそれは答えじゃないように感じられた。
現実問題として、コミュニケーションに難があって、せっかく事務所が集めた世界各地の一級のパフォーマーと会話が出来ず、自分が抱えているモヤモヤをぶつけて、聞き出す事も出来ない。
そこで
「だったら、天出優子本人に聞こう」
となったのだ。
本人からしたら「お前は何を言っているのだ?」となるかもしれないが、それでも心の底を日本語で言い残し無く伝えられるのは、天出優子をおいて他に居ない。
「なんか、そういう事を私に言って来たのは、武藤さんが初めてだよ。
前世も含めて、私の一面だけを見て、勝手に挫折したり、無闇に賞賛したりした人ばかりだ。
まあ、私は実際凄いから、賞賛する人は良いんだ。
勝手に嫉妬する方は、迷惑でしかなかった。
でもまあ、私の全てを見て、その上で自分はどうしたら良いか、とか面白い目標の立て方だね。
実に面白い。
流石は武藤さんだ。
小学校の時からの付き合いなだけあって、他の人には感じない愛おしさを感じるよ」
「気持ち悪い事言わないで!
頼んでおいて暴言吐いて悪いけど……」
「フフフフ……。
言葉使いを変えられたら、それも気持ち悪いし、武藤さんは今のままで良いと思うよ」
そう言いながら、天出優子は首を傾げた。
確かにあの「伝説のコンサート」で、自分はその時の自分の限界を超えるパフォーマンスが出来た。
しかし、あれが全てではないだろう。
自分の本領は作曲等をする音楽家「だった」し、転生後アイドルとして生きている自分は、まだ未完成である。
あれを自分の「最高」と称されるのは、自分に対する侮辱のようにも感じる。
まだ上があるのだろうから。
だが、あれを「馬場陽羽と天出優子による最高のパフォーマンス」と言われるなら、それは受け容れられる。
あの時、あれ以上の相手はまず存在しなかっただろう。
そうなると、何となく分かって来た。
あれは馬場陽羽が、彼女の全力を出し切った姿だったのだ。
だから美しかった。
だから自分もそれに応えようと思えた。
馬場陽羽は、天出優子を超えようとも、凌駕しようとも考えなかった。
彼女は、自分というものを最大限に高めようとしていた。
そういう意味で、愛照の考えは半分正解である。
「天出優子を目標にしてはならない」
ただ、愛照はそれでも優子をかなり意識している。
優子は
(まあ、憧れるのをやめましょうって言ったって、私は凄いから、憧れるのは仕方ないかもね)
と半分冗談で思っているが、一方で自分を目標にしてしまう背景に
(どういう自分になりたいのか、ボヤけてしまったのかもしれない)
というものがあると判断した。
頭の中で整理がつき、優子は愛照の方を向く。
「武藤さんは、どういうアイドルになりたいの?」
愛照が語り出す。
小学校以来の仲の優子に対し、綺麗事は言わない。
目指しているのは、昭和のアイドルである。
ぶりっ子って言われても良い。
スター性と華やかさ、発声が甘ったるいと言われても、歌自体は上手い。
ダンスは単なるステップとかで良い。
そのキャラクターが、令和の時代になり、60歳、70歳を過ぎても
「〇〇ちゃーーん!」
と追いかけてくれるファンがいる。
例え結婚して子供が居ても、永遠のアイドルと呼ばれる、そういう人になりたい。
あざといと馬鹿にされても、それがどうした? と思う。
「だったら、それを極めよう!
その道に、多分私のスキルは落ちていない。
自分の生き様を極めれば良いんだよ」
優子が愛照の手を取る。
「それで大丈夫?
私もその道を行きたいと、ずっと思っている。
でも、パフォーマンスを向上させるには……」
「自分の信じたやり方で、自分の目指すアイドルになろうよ。
それが正解だよ。
もしそれが、フロイライン!の目指す道と違うのなら、辞めれば良いだけ。
アイドルへの道は一つじゃないのは、武藤さん自身が茨の道を切り拓いて証明したじゃない」
「なるほどね」
愛照は自分に言い聞かすように、何度も頷き、
「貴女と話せて良かったわ。
道が見えて来た。
それに合ったレッスンをするわ。
合った指導をしてくれる人を探すわ。
それが良い、きっとそれで良い」
と言っていた。
「だとさ……。
堀井、お前はあのちんちくりんの天才を追いかけているけど、お前自身が目指す音楽家像は、果たしてあいつを追いかけた先にあるのか?」
今回は話に混ざる事なく、遠くから盗み聞きしていた伝統芸能ドラ息子が、若手ピアニスト堀井真樹夫に話を振る。
「問題ないよ」
堀井はサラッと答えた。
「ピアニストとしての僕は、多少世界が見えて来た。
こうありたいって姿が分かるようになって来たように思う。
でも、だからこそ作曲家としての自分が、全然そんな事を言う資格が無い事が分かる。
天出さんがどういう高みに立っているかは、今の僕には全く分からない。
でも、その高みに上った時に初めて、どんな音楽を目指すのかが見えて来るように思う。
そこで分からないなら、更なる高みに。
だから、天出さんを追いかける事に、一点の迷いもない」
「そうか」
アイドル2人が知らぬ所で、男子生徒2人もお互いにしか通じぬような会話をしていたのであった。
おまけ:
フロイライン!のメンバーの代弁
「別に私たちは、闇雲に身体強化とか、精神修養とか、世界のパフォーマンスを習得をしていたわけではない。
色んなものを、一度頭に詰め込みたかったのだ。
あらゆるものを見聞し頭の中に天下を収めて、しかもそれらをすっかり忘れて戻って来るのが目的だったのさ。
それが自分を再発見し、次への飛躍に繋がるのだから!」
なお、その極意を後輩には伝えていない模様。




