表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
12/160

女の子と音楽家と甘いもの

「なあ、優子ちゃん、遊びに行かへん?」

 研究生同期の盆野ぼんの樹里が天出優子を誘って来た。

 近くには同じく同期の安藤紗里、斗仁尾恵里の「サリ・エリ」コンビも居た。


 今は年度末、学生視点では春休み。

 彼女たち研究生も、お試し期間を終えて本格的に芸能活動が始まる。

 新年度から契約が切り替わり、「スケルツォ研究生」として雑誌やテレビへの露出、ファンとのネットでの交流が解禁となる。

 運営からは

「今の内に遊んでおきなさい。

 4月からは、それどころじゃなくなるから」

 と脅かし交じりで言われていた。

 だから、最年長の盆野の呼びかけで、同期で遊ぼうという運びになったのである。


「いいけど、私お金無いよ」


 彼女の前世は、浪費が激しくて金欠だった。

 それを今世でも引きずったのか、と本人は半分冗談として自分に言い聞かせているくらい、現在使える金が少ない。

 天出優子の家庭は、まあまあ裕福である。

 でないと、レッスン料払っての研究生活動は出来ない。

 なのに使える金が無いのは、単に小学生に大金持たせて遊ばせるとろくな大人にならない、という父親の保守的な考えの為だ。


 まあ、同期メンバーも小学生に、自分たちと同じ金遣いを求めていない。

「私がある程度出すから」

 と盆野は言った。


 天出優子は、中の人とか精神年齢とかはともかく、戸籍上は小学生である。

 だから、かなり甘やかされている。

 中の人が女好きだから、色々とセクハラ紛いの行為をするのだが

「小学生だからねえ」

 と、同時シャワー禁止、同室着替え禁止程度で許されていた。

 まあ、スケルツォには、照所美春という割とヤバめのトップアイドルがいるから、優子も見逃されている。

 なお、照所美春はメンバーやファンから「変態X」とネタにされているが、このグループにはそれ以前に「変態1号」「変態2号」「変態V3」が居たからその呼び名になったのだ。

 変態な先輩たちは既に卒業している。

 こういう女性→女性の過度なスキンシップに寛容だから、天出優子も研究生になれたし、最初はドン引きしていた同期たちも慣れてしまい、今はこうして遊びに誘えるようになったのだ。


 なお、同期メンバーが優子を遊びに誘ったのは、セクハラ慣れして何とも思わなくなったとか、同期の絆とか、それだけが理由ではない。

 彼女たちには切実な事情があったのだ。

「なあ、東京の穴場的美味しい店、教えてくれへん?」(大阪出身・盆野樹里)

「あっしら、よう知らんのよ」(石川県出身・安藤紗里)

「わだす、オシャレな店さ行ってみてえっけな」(岩手県出身・斗仁尾恵里)

「なあ、地元の優子ちゃんなら知ってるでしょ!!」(一同)


 という、地方出身者が都民に寄せる期待であった。

 当然、ガイドブックに載ってるお高い店は望まれない。

 優子は溜め息を吐き

「小学生に何期待してるのさ……」

 と言ったものの、心当たりが無いわけでもなかった。




 遊びの日、まずは女の子が大好きなキャラクターと触れ合えるテーマパークに出動。

 千葉県にある巨大テーマパークは、金欠小学生や金欠地方民には手が出ず。

 このキャラクター天国は、三十路(そう言ったら激怒する)灰戸洋子も、年甲斐もなく(そう言ったら激怒する)目を輝かせて通う、女の子の楽園であった。

 中の人が享年35歳のオッさんである天出優子だが、それでも入場したら、それなりに楽しめた。

 普通に女の子として、キャッキャとかしましくはしゃぐ、中身オッさんを含む4人組。

 ひとしきり楽しんだ後、

「お腹減ったね」

 が始まった。


 この「お腹減った」は、男の感覚で対処してはならない。

 間違っても豚骨ラーメンとか野菜マシマシラーメンとか背脂チャッチャラーメンに行ってはならない。

 それを求めている場合は、「ラーメン行こうか」と具体的に言って来る。

 今回の「お腹減った」は、美味しく、かつオシャレで、太らない程度に少量で、かつ満足するお店に連れて行けというプレッシャーなのだ。

 なお、同じ台詞が別のシチュエーションでは、違った意味になるから、それを読めない者は苦労する。


 中身オッさんでも、天出優子の中の人は貴族社会で揉まれた人物。

 きちんと暗黙の要求を理解し、彼女たち好みの店に案内した。


「きゃーーーー!!!!」

 同期が歓喜の黄色い声を出す。

 ちょっと都心からは離れた、隠れ家的なカフェだが、スイーツが手頃なお値段で美味しい店である。

 ショーウィンドウに置かれたサンプルが、既に甘い物好きの心を揺さぶる。


「流石都民!

 良いお店やん!」

「早よ、中に入るがし!」

「んだ!

 早よお、ねば!」

 もう素を出しまくりな3人。

「優子ちゃんオススメは?」

「私は『ヴィーナスの乳首』が好きだけど……」

「またアマハラ?」

「はいはい、セクハラ、セクハラ」

「いや、違うって!

 そういう名前のお菓子があるの!」

「はいはい、で、オススメは?」

「無難に、アプフェル・シュトゥルーデルとか」

「何それ、ヤバい名前!」

 この場合のヤバいは、良い方の意味である。

「リンゴとクリームをクレープみたいなので巻いて……」

「まずそれ!

 次は?」

「クグロフとか……」

「え〜?

 聞いた事無いけど、お菓子の名前?

 違く聞こえるけど」

「マリー・アントワネット様の好きなお菓子で……」

「きゃー!

 それ行こう!」

「……この店では生クリームを……って、聞いてませんね」

「聞いてる、聞いてる。

 で、次は?」

「マリー・アントワネットの好きだったお菓子、他には?」

「バニラキプフェルとか?」

「それも行こう!」

「……そんなに食べたら……太るよ」

「シェアするから大丈夫!」

「優子ちゃん、意外ね。

 こんなにスイーツに詳しいんだ。

 早く教えてよ」

「あははは……」


 優子の前世・モーツァルトは甘いもの好きであった。

 いや、モーツァルトだけではない。

 ウィーンに住んだ音楽家は、大体甘いもの大好きだ。

 そもそも、ウィーンの支配者たるハプスブルク家が甘いもの好き過ぎる一族である。

 それは現代でも続いていて、オーストリア航空の機内食はケーキが美味しいし、ホテルの朝食バイキングで

「ケーキが7分で飯が3分。

 繰り返す、ケーキコーナーが7、パンやソーセージやスクランブルエッグなんかのコーナーが3の割合だ!」

 というのを目撃したものだ。

 転生して現代日本に生まれて来ても、前世から引きずる甘いもの好きは、オーストリアのスイーツを提供するカフェを探し出す執念に繋がったのだ。

 それが今回、生きたようである。


 結構胃に溜まる、重いスイーツ。

 シェアしたとはいえ、彼女たちは満腹を覚え、

「やっぱりちょっとヤバいかも」

(この場合のヤバいは悪い方)

 とお腹周りを気にしつつも、皆満足そうだった。




 その後も同期メンバーのお楽しみ会はつつが無く進み、皆楽しんだ後で家路に着いた。


 そして……

「いいなぁ〜。

 ズルいなぁ〜。

 なんで私を誘ってくれないの〜?

 今度連れて行ってよ〜」

 と、天出優子が照所美春にウザ絡みされるまでがセットなのであった。

おまけ:

「ヴィーナスの乳首」は、モーツァルトの生まれ故郷ザルツブルクの伝統的菓子で、栗のガナッシュをホワイトチョコレートで包んだもの。

中々高級品の模様。


おまけの2:

変態1号は、本当は実在するアイドルグループのリーダーだった人なんですけどね。

あそこの集団は、オケツマンとか、ハラスメントなリーダーとか、好きな先輩の弁当のゴミをコレクションするストーカーとか、色々いましたからね。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
1日の食事がお菓子7飯3が常態化してたらパンがなければお菓子を食べろと言われても腑に落ちる。
優子ちゃんはアマゾン(野生の変態)ですか。
あれ? 過去の天才音楽家の変態エピソードで押し続けて行くのかと思ったのにそれに対抗できる現代アイドルの変態性ってなんなの……?
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ