女の子と音楽家と甘いもの
「なあ、優子ちゃん、遊びに行かへん?」
研究生同期の盆野樹里が天出優子を誘って来た。
近くには同じく同期の安藤紗里、斗仁尾恵里の「サリ・エリ」コンビも居た。
今は年度末、学生視点では春休み。
彼女たち研究生も、お試し期間を終えて本格的に芸能活動が始まる。
新年度から契約が切り替わり、「スケル女研究生」として雑誌やテレビへの露出、ファンとのネットでの交流が解禁となる。
運営からは
「今の内に遊んでおきなさい。
4月からは、それどころじゃなくなるから」
と脅かし交じりで言われていた。
だから、最年長の盆野の呼びかけで、同期で遊ぼうという運びになったのである。
「いいけど、私お金無いよ」
彼女の前世は、浪費が激しくて金欠だった。
それを今世でも引きずったのか、と本人は半分冗談として自分に言い聞かせているくらい、現在使える金が少ない。
天出優子の家庭は、まあまあ裕福である。
でないと、レッスン料払っての研究生活動は出来ない。
なのに使える金が無いのは、単に小学生に大金持たせて遊ばせるとろくな大人にならない、という父親の保守的な考えの為だ。
まあ、同期メンバーも小学生に、自分たちと同じ金遣いを求めていない。
「私がある程度出すから」
と盆野は言った。
天出優子は、中の人とか精神年齢とかはともかく、戸籍上は小学生である。
だから、かなり甘やかされている。
中の人が女好きだから、色々とセクハラ紛いの行為をするのだが
「小学生だからねえ」
と、同時シャワー禁止、同室着替え禁止程度で許されていた。
まあ、スケル女には、照所美春という割とヤバめのトップアイドルがいるから、優子も見逃されている。
なお、照所美春はメンバーやファンから「変態X」とネタにされているが、このグループにはそれ以前に「変態1号」「変態2号」「変態V3」が居たからその呼び名になったのだ。
変態な先輩たちは既に卒業している。
こういう女性→女性の過度なスキンシップに寛容だから、天出優子も研究生になれたし、最初はドン引きしていた同期たちも慣れてしまい、今はこうして遊びに誘えるようになったのだ。
なお、同期メンバーが優子を遊びに誘ったのは、セクハラ慣れして何とも思わなくなったとか、同期の絆とか、それだけが理由ではない。
彼女たちには切実な事情があったのだ。
「なあ、東京の穴場的美味しい店、教えてくれへん?」(大阪出身・盆野樹里)
「あっしら、よう知らんのよ」(石川県出身・安藤紗里)
「わだす、オシャレな店さ行ってみてえっけな」(岩手県出身・斗仁尾恵里)
「なあ、地元の優子ちゃんなら知ってるでしょ!!」(一同)
という、地方出身者が都民に寄せる期待であった。
当然、ガイドブックに載ってるお高い店は望まれない。
優子は溜め息を吐き
「小学生に何期待してるのさ……」
と言ったものの、心当たりが無いわけでもなかった。
遊びの日、まずは女の子が大好きなキャラクターと触れ合えるテーマパークに出動。
千葉県にある巨大テーマパークは、金欠小学生や金欠地方民には手が出ず。
このキャラクター天国は、三十路(そう言ったら激怒する)灰戸洋子も、年甲斐もなく(そう言ったら激怒する)目を輝かせて通う、女の子の楽園であった。
中の人が享年35歳のオッさんである天出優子だが、それでも入場したら、それなりに楽しめた。
普通に女の子として、キャッキャとかしましくはしゃぐ、中身オッさんを含む4人組。
ひとしきり楽しんだ後、
「お腹減ったね」
が始まった。
この「お腹減った」は、男の感覚で対処してはならない。
間違っても豚骨ラーメンとか野菜マシマシラーメンとか背脂チャッチャラーメンに行ってはならない。
それを求めている場合は、「ラーメン行こうか」と具体的に言って来る。
今回の「お腹減った」は、美味しく、かつオシャレで、太らない程度に少量で、かつ満足するお店に連れて行けというプレッシャーなのだ。
なお、同じ台詞が別のシチュエーションでは、違った意味になるから、それを読めない者は苦労する。
中身オッさんでも、天出優子の中の人は貴族社会で揉まれた人物。
きちんと暗黙の要求を理解し、彼女たち好みの店に案内した。
「きゃーーーー!!!!」
同期が歓喜の黄色い声を出す。
ちょっと都心からは離れた、隠れ家的なカフェだが、スイーツが手頃なお値段で美味しい店である。
ショーウィンドウに置かれたサンプルが、既に甘い物好きの心を揺さぶる。
「流石都民!
良いお店やん!」
「早よ、中に入るがし!」
「んだ!
早よお、食ねば!」
もう素を出しまくりな3人。
「優子ちゃんオススメは?」
「私は『ヴィーナスの乳首』が好きだけど……」
「またアマハラ?」
「はいはい、セクハラ、セクハラ」
「いや、違うって!
そういう名前のお菓子があるの!」
「はいはい、で、オススメは?」
「無難に、アプフェル・シュトゥルーデルとか」
「何それ、ヤバい名前!」
この場合のヤバいは、良い方の意味である。
「リンゴとクリームをクレープみたいなので巻いて……」
「まずそれ!
次は?」
「クグロフとか……」
「え〜?
聞いた事無いけど、お菓子の名前?
違く聞こえるけど」
「マリー・アントワネット様の好きなお菓子で……」
「きゃー!
それ行こう!」
「……この店では生クリームを……って、聞いてませんね」
「聞いてる、聞いてる。
で、次は?」
「マリー・アントワネットの好きだったお菓子、他には?」
「バニラキプフェルとか?」
「それも行こう!」
「……そんなに食べたら……太るよ」
「シェアするから大丈夫!」
「優子ちゃん、意外ね。
こんなにスイーツに詳しいんだ。
早く教えてよ」
「あははは……」
優子の前世・モーツァルトは甘いもの好きであった。
いや、モーツァルトだけではない。
ウィーンに住んだ音楽家は、大体甘いもの大好きだ。
そもそも、ウィーンの支配者たるハプスブルク家が甘いもの好き過ぎる一族である。
それは現代でも続いていて、オーストリア航空の機内食はケーキが美味しいし、ホテルの朝食バイキングで
「ケーキが7分で飯が3分。
繰り返す、ケーキコーナーが7、パンやソーセージやスクランブルエッグなんかのコーナーが3の割合だ!」
というのを目撃したものだ。
転生して現代日本に生まれて来ても、前世から引きずる甘いもの好きは、オーストリアのスイーツを提供するカフェを探し出す執念に繋がったのだ。
それが今回、生きたようである。
結構胃に溜まる、重いスイーツ。
シェアしたとはいえ、彼女たちは満腹を覚え、
「やっぱりちょっとヤバいかも」
(この場合のヤバいは悪い方)
とお腹周りを気にしつつも、皆満足そうだった。
その後も同期メンバーのお楽しみ会はつつが無く進み、皆楽しんだ後で家路に着いた。
そして……
「いいなぁ〜。
ズルいなぁ〜。
なんで私を誘ってくれないの〜?
今度連れて行ってよ〜」
と、天出優子が照所美春にウザ絡みされるまでがセットなのであった。
おまけ:
「ヴィーナスの乳首」は、モーツァルトの生まれ故郷ザルツブルクの伝統的菓子で、栗のガナッシュをホワイトチョコレートで包んだもの。
中々高級品の模様。
おまけの2:
変態1号は、本当は実在するアイドルグループのリーダーだった人なんですけどね。
あそこの集団は、オケツマンとか、ハラスメントなリーダーとか、好きな先輩の弁当のゴミをコレクションするストーカーとか、色々いましたからね。




