(番外)差し入れ盗難事件
それはアルペッ女全国ツアー2日目、東京夜公演が終わった楽屋での出来事だった。
アイドルモード、仕事モードで普通の人になっていたアルペッ女メンバーが、後は帰るだけだから、素に戻り始めていた。
そんな時に、事件が発覚した。
……というか、やった人間がアピールしている。
『差し入れはいただいた 美人怪盗参上』
そんなカードが置かれている。
第一発見者である筑摩紗耶が皆に
「変なカードがある。
師匠の関係者が持って来てくれた、オーストリアのチョコレートセットがゴッソリ消えてる!」
と報告し、大騒ぎとなった。
「杏ちゃん。
最近、どんなアニメにハマってるのかな?
白い服で単眼鏡をしたキザな怪盗かな?
それとも猿顔の、希代の大泥棒かな?
または美人三姉妹の美術品・宝石専門の盗賊かな?」
リーダー陸奥清華が、笑顔ながら鋭い殺気を放ちつつ、駒橋杏を問い詰める。
駒橋はとにかく、最近見たアニメや漫画に影響されやすい。
リーダーは、怪盗系のアニメか漫画かを見た駒橋が、彼らを真似てこんな事をしでかしたものと見ていた。
「いや、わしはまだ鬼を切るやつだから、怪盗ものにハマってませんよ。
わしじゃないですって」
否定する駒橋だが、その狼狽え方はかなり怪しく見える。
しかし、筑摩が駒橋をフォローしてリーダーを止めた。
「杏ちゃんじゃないですよ。
杏ちゃん、今日は山梨の実家の方に帰るから、広島のお土産大量に持って来てます。
もうこれ以上、バッグの中に物を詰められません」
見ると、確かに駒橋の持ち物はパンパンで、もみじ饅頭やらレモンケーキやらで、他を入れる余地が無い。
「じゃあ、もう食べてしまったとか?」
「ゴミ箱に空き箱は無かった。
それに、さっきまでライブしてたから、モグモグしてる暇は無いでしょ。
夜の部が始まる前までは有ったから、ライブが終わって、今までの凄い短い時間の犯行だよ」
「そうね。
分かったわ。
皆、集合!
持ち物チェックする……」
「もう遅いわ。
もう帰った人がいる」
「今日はうちら、東京で泊まりじゃない。
全員集合してからホテルに移動だし。
勝手に一人で帰る人なんて……。
あ!」
見ると、長門理加の姿がどこにもない。
筑摩は語る。
「長門理加は東京に仕事用の部屋借りてるから、皆と一緒には泊まんないよね。
それに、りかっちは……」
「過去にもお弁当を五個持ち帰った前科がある!
理由は、食費の足しにする為。
東京で一人暮らしだから、なるべく節約したい。
動機はそんなところか」
「者ども、出会え、出会え!
捕物じゃ!
差し入れ盗賊を追いかけるぞ!」
(これはどういうドタバタ仮面喜劇なんだ?)
天出優子は、何かよく分からないままに、長門理加追跡に付き合わされていた。
長門のマンションに到着。
「火付盗賊改方、陸奥清華の御出座である!
長門の理加よ、神妙に縛につくが良い!」
「え?
早い。
なんでもう分かったの?」
「ドアを開けない気だな。
では致し方無い」
陸奥清華の腕に、異様に力が入っていた。
それを長門が閉じこもる部屋のドアに放った。
すると、ガチャリと音がして、ロックが外れる。
「奥義を使ってみた。
これは表面を破壊する業ではない。
振動を高速で打ち出して、内部から破壊する奥義。
オートロックも、これで故障する……」
そうしてアルペッ女メンバーが部屋に踏み込み、長門を捕えると共に、持ち去られたウィーン土産のお菓子類の箱が数点確保された。
「一個足りない。
食べて捨てたのか?」
「違う」
「どうした?
どこにやった?」
「途中出会った、お腹を空かせた子供に分け与えた」
「そんな事をして、罪滅ぼしでもした気分になったのか?」
「おいおい、紗耶ちゃん、そいつは違うねえ。
人間とは、妙な生きものよ。
悪いことをしながら善いことをし、善いことをしながら悪事をはたらく。
そんなものなのよ……」
(私は一体、何を見せられているのだろう????)
いよいよノリに着いて来られない優子。
長門は結局、持ち帰ったお菓子を全部没収された挙句、ストックしていた食糧を根こそぎ奪われて、今回の差し入れ盗難騒動の片をつけられた。
「すみません、一連の出来事が、全く理解出来なかったんですけど……」
ただ振り回された優子が、陸奥に文句を言う。
「ああ、ごめんねぇ。
ついつい怪盗に対して、推理もので対抗してしまって」
(一部時代劇入ってましたよね?)
「なんかねえ、推理もの、探偵ごっこしたくなっちゃったの。
謎解きね。
そういうの、好きじゃない?」
音楽以外は割と無関心なものが多い天出優子。
一応、探偵ものの漫画を読んだりはするが、基本的にトリックも謎解きも理解出来ていない。
思えば、彼女の前世において「ミステリー小説」なんて娯楽はまだ存在していなかった。
最初の探偵小説はエドガー・アラン・ポーの「モルグ街の殺人」 (1841年) とされる。
彼女の前世、モーツァルトの時代は貴族たちの時代で、晩年にフランス革命が起こっている。
庶民向けの謎解き小説は、流行りようが無い。
だが、ミステリーが無かったわけではない。
モーツァルトが会った事があるフランス王妃マリー・アントワネット。
彼女は「首飾り事件」という詐欺に巻き込まれた。
それは前フランス国王ルイ15世が、愛人デュ・バリー夫人のために、宝石商ベーマーに高価な首飾りを注文した事から始まる。
ルイ15世の急逝により、首飾りは完成したものの、それがデュ・バリー夫人に渡る事は無かった。
そこで宝石商は、現王妃マリー・アントワネットに購入を持ちかけるも、王妃はこれを拒否。
前王の愛人用の宝石を嫌ったのだ。
この首飾りをロアン枢機卿という者が購入する。
ラ・モット伯爵夫人なる女性が、自分は王妃の親友であると言い、放蕩で王妃から嫌われていた枢機卿と王妃の関係改善の為に、首飾りを贈る必要があると説いたのだ。
だが、この夫人は詐欺師であった。
枢機卿を騙して首飾りを購入させると、王妃に手渡すとしてそれを入手、イギリスで転売したのだ。
王妃と関係改善して宰相になりたかった枢機卿。
その出世払いがいつまで経ってもされない為、宝石商が訴えて事件発覚。
王妃はラ・モット伯爵夫人等会った事もなく、無関係を訴えたのだが、庶民は
「王妃の浪費癖が、この事件を生んだ」
「実は王妃による陰謀だった」
と信じ、やがてフランス革命に繋がる王室の信用失墜に繋がる。
天出優子は思う。
もしもあの時に、見た目は子供、頭脳は大人な名探偵だったり、じっちゃんの名にかけて謎を解いてくれる高校生だったり、「さあ、お前の罪を数えろ」な物理的に解決する探偵だったりがいたら、マリー・アントワネットは汚名を被らずに済んだのだろうか?
あの時代の民衆は、複雑に絡んだ謎を解いて楽しむには、純粋過ぎたし無知過ぎるし生活が厳しく余裕が無かった。
しかし、やってもいない事で、浪費家と言われ、信用を失うとかは、旧知の仲だけに可哀想だと思う。
(まあ、今更言っても仕方がない事ではあるが。
それにしても、きちんと謎を解く事で、冤罪や汚名を雪げたのかな?
なんか妙に引っかかるものがあるが……気のせいかな?)
天出優子は妙な所で勘が働く。
流れるように長門理加の犯行が暴かれた事に、少し違和感を覚えていた。
大体、独占して食費の足しにしたいのなら、犯行声明のカードを置いていく必要はない。
どうにも引っかかる。
そして、優子が居ない場所で、アルペッ女メンバー、一人が嘆き、一人がほくそ笑んでいた。
「私が楽しみにしていた、炙りサーモンが無くなってる!
お菓子なんかどうでも良い。
折角のお家から、ご飯をおにぎりにして持って来たのに!
サーモンは何処??」
間宮日菜がおにぎり片手に悲痛な叫びを挙げている頃、筑摩紗耶はタッパーの中にある数枚の炙りサーモンを見ながら、
「第一発見者を疑うのは、推理小説の基本だよね。
木を隠すなら森の中。
ケータリングから炙りサーモン全部持ち帰った事を隠すなら、差し入れ泥棒の事件を目眩しに。
長門理加が差し入れ全部持ち帰った事がバレたから、炙りサーモンもりかっちのせいにされるでしょうね、ウフフ……。
あのカードの筆跡を調べようとか言い出すメンバーが居なくて助かったわぁ」
そう嘯いていた。
……謎解きは、一度出発点に立ち返る事も重要なのである。
おまけ:
筑摩紗耶のモデルのアイドルが
「差し入れ泥棒参上!」
と堂々と宣言して、差し入れ持ち帰りをしていましたので、ネタにさせてもらいました。
ちなみに、他人の弁当5個持ち帰り事件も、ケータリングの炙りサーモン他人の分も食い尽くし事件も、実際にあった話だったりします。
(被害者には決してバラさないでくれとは釘を刺されましたが)




